極道お嬢との昼食


 次郎が弁当箱の蓋を開けると、そこには色とりどりの料理が詰められていた。


 白米の上にかけられたふりかけと海苔が敷かれた上に鎮座しているのは梅干しだろう。他には玉子焼き、ウインナー、唐揚げなど定番のものから、きんぴらごぼうなどの和風な物まで用意されている。そして中央に陣取っているのは鶏のから揚げだった。どれも丁寧に作られている様で、見た目だけでも美味しそうなのが分かる。


「……」


 それを見た次郎は無言のままその中身を見つめていた。そしてそんな彼の様子を不安そうに見つめる智絵の姿があった。


「……もしかして、嫌いなものでもあった?」


 恐る恐るといった様子で聞いてくる彼女に、次郎は慌てて首を横に振って答えた。


「いや、そういう訳じゃ無いんだ。ただ……」


「……ただ?」


 恐る恐るといった様子の彼女に問われた次郎は正直に思った事を言う事にする。


「……うん。凄く、普通だ」


「へ……?」


 彼の言葉を聞いた瞬間、智絵は思わず呆けた声を出してしまった。


 そんな彼女の反応を見た次郎は首を傾げていたが、直ぐにその理由に気付いた。


「ああ、悪いな。お前の作った料理を貶した訳じゃないんだ」


「じゃ、じゃあ、何なのよ。何であんな事を言ったのよ」


 納得がいかないといった様子の彼女に対して、次郎は自分の素直な気持ちを話す事にした。


「……この間に見た弁当と比べたら、余りにも普通の弁当だなって思ったんだよ」


 その言葉に、智絵はきょとんとした表情を浮かべる。


「あぁ、普通だ。とても普通だ。でも、いい。これでいいんだ」


「え? え?」


「そうだ。そうなんだよ。何だったんだよ、あの弁当は。マムシとかすっぽんとかウツボとか入ってたり、やたらと精力剤的なものが入っていたり、何か凄い変な食材ばかり入っていて……」


「ちょ、ちょっと待ってよ! 何の話をしているの!?」


 次郎の言葉に、思わずと言った様子で智絵が割り込んできた。智絵の声に次郎はハッと我に返る。どうやら無意識に思っていた事を口に出してしまっていたらしい。そんな次郎の様子に智絵は怪訝な表情を浮かべていた。


「あ、いや、何でもない……この間に食べさせられたゲテモノと善意という名の悪意の詰め合わせの様な弁当の事を思い出していただけだ」


「だからそれは一体何の話なのよ!」


「本当に気にするなって」


 そう言うと、彼は箸を手に取って弁当を食べ始めた。その様子を智絵は黙って見つめていた。


(……まさか、お弁当一つでこんなに褒められるなんて)


 智絵はそんな事を考えていた。彼女からすれば特に手の込んだものを作ったつもりは無かったのだが、次郎は予想以上の反応を見せてくれたのだ。しかもそれが自分の作った料理に対してなのだから尚更嬉しいものがある。


(けど、安心した。ここまで喜んでくれのなら、頑張って作って良かったと思えるわ)


 彼女は内心そう思いながら嬉しそうに笑うのだった。


 そして次郎はあっという間に智絵の作ったお弁当を平らげてしまった。


「ふぅ、ごちそうさまでした」


「お粗末様。どう、美味しかったかしら?」


「ああ、普通に美味かったぞ。正直、驚いたくらいだ」


 素直に次郎が感想を言うと、智絵は満足そうに頷いた。


「そう、それなら良かったわ」


「しかし、意外だったな。峰岸にこんな家庭的な一面があるだなんてな」


 次郎の言葉を聞いて、智絵は思わず苦笑した。


「何よ、それ。あたしが料理するのが、そんなにおかしい?」


「いや、そういう訳じゃないんだが、何て言うか、その……俺はここにいる時の峰岸しか知らないから、ついな」


「ふーん、まぁいいけどね」


 智絵はどこか拗ねた様な態度でそう言ったが、すぐに機嫌を取り戻した様だった。


「けど、あたしからすれば、これくらいは普通の事よ。うちでは家事全般はあたしの仕事だから、寧ろ得意分野だし」


「そうなのか? 誰か他の奴らが手伝ったりとかはしないのか?」


「無理無理。力仕事や掃除ぐらいなら手伝わせるけど、みんなに料理や洗濯みたいな細かな作業が出来る訳ないじゃない」


「みんな、か」


 次郎はそう口にしながら、智絵が指すみんなというのが誰を指しているのかを理解する。


 それは間違いなく、彼女の実家である峰岸組の構成員の事だろう。


「そうよ。この間だって信じられないのよ。若い衆の何人かにカレーの仕込みを手伝わせたら、じゃがいもは皮を厚く剥きすぎて身がほとんど無くなっちゃったし、玉葱の皮を剝かせたら実が全部削れちゃうし、人参の皮むきさせた奴はピーラーで指を切るし……ほんと、呆れちゃったわ」


 智絵が心底うんざりした様子で言っているのを見て、次郎は思わず苦笑してしまった。


「そいつは大変だったな……」


「全くよ。別の刃物の扱いは長けてるくせに、包丁はろくに使えないなんてどういう事なのよ」


 そう言いながらぷりぷりと怒る智絵ではあったが、その表情は言葉とは裏腹に笑っていた。


「そういえば昨日、峰岸の家で会った時もなんか組員に怒っていたよな」


「あれは別に怒ってるって訳じゃないわよ。ただ単に注意してただけ。せっかくあたしが昼ごはん作ったのに、嫌いな野菜がーとか、ピーマンが入ってるーとか、文句ばっかり言うから仕方なくよ、仕方なく」


「なるほど、そういう事だったのか」


「そうなのよ。全くもう、失礼しちゃうわよね」


 文句を言いながらも、智絵の表情はどことなく嬉しそうであった。そんな様子を見て、次郎は思う。


 きっとこれは、彼女が普段見せないだけで、本来の彼女なのだろうと。彼女の顔はいつもより輝いていた。


 そうして話している内に、やがて校舎に取り付けられたスピーカーから予鈴が鳴った。それを聞いて、二人は教室へと戻る為に歩き始める。


「ねぇ、今度また作って来てあげよっか?」


 不意に、彼女がそんな事を言い出したので、彼は思わず足を止めた。彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべながら続ける。


「あれだけ美味しそうに食べてくれたらさ、こっちも作り甲斐があるのよ。それにね、ああいう風に喜んでもらえると嬉しいのよね」


「……そういうものか?」


「ええ、そうよ」


 彼の言葉に対して、彼女ははっきりと頷いて見せた。どうやら嘘偽りのない本心らしい。


「まぁ……気が向いたらでいいぞ。峰岸も家事や勉強とか、色々とやる事があるだろうしな。無理に作ってくれなくてもいいぞ」


「ん、分かったわ。じゃあ、その時はちゃんと残さずに食べてよね」


「任せろ。好き嫌いが無いのが、俺の取り柄だからな」


「あら、それは頼もしいわね」


 そんな会話を交わしながら、次郎と智絵は教室に向けて歩みを進めていった。


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深窓令嬢な生徒会長様は、不良な彼に恋してる。 八木崎 @yagisaki717

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