アロハ男、出張に出る
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次郎達が住む街から遠く離れた場所。位置的に言うならば関西圏にその都市はあった。そこは所謂、日本の経済を支える大都市の一つだ。そんな場所に一人の男が訪れていた。
「あー、もうやだ。くそ面倒。何で護衛職の俺が、出張なんてしなくちゃなんねぇんだよ」
そう言いながら賑やかな街の中を歩いていくのは、雪乃の護衛である洞島だ。彼は普段とは趣きの違うスーツを着て、伊達メガネを掛けて、更には髪をオールバックにして固めた格好をしている。
周りから見れば、単なる普通の営業用の鞄を持ったサラリーマンにしか見えない。黒服サングラスのいつもの護衛スタイルとは大きく違っていた。
洞島を知っている人間、例えば次郎とかであれば、一目見ても彼が洞島である事には気づきはしないだろう。それほどまでに今の彼の姿は普段の彼とはかけ離れていた。
「全く、お嬢にも困ったもんだぜ。なんだって俺にこんな仕事をさせやがるんだか……」
ブツブツと文句を言いながら、彼は街中を歩く。そんな彼の視界に居酒屋や風俗店が映る。
(……そう言えば、ここら辺って結構有名な風俗があるんだっけか?)
ふとそんな事を思い、足を止めてそちらの方を向く。しかし、すぐに頭を振って考えを改めた。
「……いや、流石にそれは駄目だろ。幾ら何でも、お嬢や相良とかにバレた時の言い訳が出来ないしな」
もし仮に見つかった場合、確実に言い逃れが出来ない様な事態になる事は間違いないだろう。それ故に自重をする事にした様だ。
「はぁ、さっさと帰って酒飲みてぇな……キンキンに冷えたビールが恋しいぜ」
洞島は深い溜め息を吐くと、再び歩き始めた。そして目的とする場所まで辿り着くと、そこにはスーツに身を包んだ女性が立っていた。彼女は彼に気づくと深々とお辞儀をして出迎える。
「お待ちしておりました、じん―――いえ、洞島さん」
「……おう、相変わらず元気そうだな」
「ええ、お陰さまで」
そう言って洞島と女性は握手を交わす。その後、二人は近くにあった廃屋にへと足を踏み入れる。そして互いに壁に背を預けると会話を始めた。
「それで、どうだった?」
「はい、こちらになります」
そう言うと、女性が懐から封筒を取り出してそれを手渡した。受け取った洞島は中身を確認する為に封を開けて、中に入っている書類に目を通す。
「……うん、上々だな」
一通り目を通した後に、洞島は満足気な表情を浮かべる。そして渡された封筒を鞄の中に仕舞い込むと、女性に向けて笑みを浮かべてみせた。
「流石は情報屋だ。仕事が早いな」
「ありがとうございます」
そう言うと女性は洞島に頭を下げた。彼女は実を言うと、洞島が懇意にしている情報屋の一人であった。特に西の地方の情報に精通している為、何か知りたい事がある時には彼女に頼る事が多いのだ。
「しかし、こちらも依頼をされましたから、何も考えずに情報を集めましたが……そんな情報を調べてどうするつもりなんですか?」
「どうもこうも、俺個人としては全くといって必要な情報じゃないんだよ。本音を言えば、関わりたくもない」
「はぁ。なら、何故?」
「今の雇い主がどうしてもっていうから、こうやって必死こいて調べ物してるんだよ。社畜を嘗めるなよ」
「そうですか。お疲れ様です」
「本当にな」
疲れた表情を浮かべながら溜息を吐くと、洞島はスーツのポケットから煙草を取り出した。そして口に咥えてからライターで火を点けると紫煙を燻らせる。
「……ふぅ」
一息吐いてから携帯灰皿に灰を落とすと、煙草を口元に運ぶ。そしてゆっくりと吸い込んで肺の中を満たしていく。すると口の中に苦みのある味が広がり、鼻腔を通って抜けていく。その感覚に心地よさを感じながらも、洞島は口から離して天井に向かって白い煙を吐き出した。
「とりあえず、情報ありがとうな。報酬については、今度うちの上司から払われる事になるから安心してくれ」
「分かりました」
洞島は女性に礼を言うと、そのまま彼女と別れて廃墟を後にする事にした。
それから洞島はしばらく惰性で歩いていき、ある程度の距離を取ったところで足を止める。
周囲に誰もいない事を確認すると、彼はその場で携帯電話を取りだして何処かに連絡を入れ始めた。
電話を掛ける先は勿論、彼の雇用主にして現在の職場の主―――雪乃であった。
『もしもし?』
コール音が数回鳴った後、電話に出る声がスピーカーを通して聞こえてきた。その声に反応してか、彼は思わず背筋を正してしまう。
「お疲れ様です、お嬢。頼まれていた仕事が完了しましたのでご報告をさせて頂きます」
『 ご苦労様です、洞島。それで、どうでしたか? 結果は……』
「はい。とりあえず、必要な情報は全て得られましたよ。今後のスケジュールも含めて余すことなく、ですね」
『そう。それは良かったですわ』
通話先からは機嫌の良さそうな声が聞こえてくる。その事に安堵しながらも、洞島は次の言葉を続けていく。
「ですが、正直言って俺は今回の事は乗り気ではありませんね」
『あら、どうしてですか?』
「こちとら仕事ですから、やれと言われればやりますけども、今回の件については正直、気が乗らないんですよ」
『その理由を聞いてもよろしいでしょうか?』
「そうですね……」
洞島は言葉を続けずに一息入れる。そうして少し間を置いてから、洞島は口を開く。
「喧嘩を売る相手を間違えているからっすよ。山城会とやり合おうだなんて、正気じゃない」
『確かにそうですね』
洞島の呟きに対して、雪乃は静かに同意の言葉を返す。しかし、その声色には一切の動揺は無く、いつも通りの調子であった。
「そうでしょう?」
洞島は相手の平静さに呆れながらも、話を続ける為に言葉を続ける。
「お嬢は相手の一派だけとやり合うだなんて言いますけど、相手はこの界隈で名の知れた武闘派ですよ。そんな連中に真っ向から挑むなんて馬鹿げていますって」
『あなたがそう言うのであれば、そうなのでしょうね。ですが、今回ばかりは譲れませんわ。相手は随分と嘗めた真似をしてくれたのですから、その報復はしておかなければいけませんもの』
「……そうですかい」
淡々とした口調で語られる言葉に、洞島は溜息交じりの言葉を漏らす。
『という事ですので、あなたは早くこちらに戻ってきてくださいな。先方を歓待する為にも、色々と準備をしなければなりませんからね』
「……了解しました、お嬢」
『それではよろしくお願いしますわね、洞島』
その言葉を最後に通話が切れる。それと同時に深い溜息を吐く。
「全く、面倒な事になったもんだなぁ……」
携帯電話を懐に仕舞いながら呟く。そして、そのまま足を動かしてその場から立ち去っていく。
「……はぁ。これまでもだけど、これからはもっと忙しくなりそうだ」
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