金髪不良、帰路につく


 それから二人は峰岸組の敷地から出ると、そのまま繁華街の方へと向かって歩いていった。


 その道中、会話は特になく、黙々と歩き続けるだけの時間が続いた。


 そして繁華街へと到着した後、しばらく歩いたところでようやく彼女が口を開く。


「次郎さん。本日はお付き合いして頂き、ありがとうございました」


「……あ、ああ」


 彼女の感謝の言葉に対して、どこかぎこちない返事をする次郎。そんな次郎の反応を見た雪乃は首を傾げる。


「どうされましたか? もしかして疲れてしまいましたか?」


「まぁ、ちょっとな……」


 心配そうに声を掛けてくる雪乃に、歯切れの悪い返答をする次郎。しかし、それも無理はないだろう。何せ人生においてまず関わる事の無い場所に行ったのだから。


 ヤクザが住む屋敷へ赴き、そしてその中で行われた会合に参加したという体験は、次郎の精神を大いに削っていたのだ。


「で、この後はどうするんだ? もう用が済んだのなら、解散でも良いんじゃないか?」


 これ以上は付き合っていられないといった様子で、早々に帰宅しようとする次郎。しかし、そんな彼を雪乃は引き止める。


「お待ち下さい、次郎さん」


 雪乃はそう言いながら、次郎の服の裾を摘まむ。そして、彼を見上げる様な形で視線を向けた。


「……なんだよ」


 そんな彼女の行動に対して、若干戸惑いながら言葉を返す次郎。すると、彼女は嬉しそうに微笑む。


「ふふ、何でもありませんよ」


「……なら、離してくれないか。動きにくいんだが」


 服の袖を掴んでいる雪乃にそう言うと、彼女は素直に手を離す。そして、再び歩き出した彼の隣を歩き始めた。


「……はぁ」


 それを見た彼は小さく溜め息を吐く。そして、諦めた様に彼女と歩くのだった。


「今日は楽しかったですわよ、次郎さん」


「いや、何でだよ。ヤクザの屋敷に行って、そこの組長と話して、どこに楽しい要素があったんだよ」


 雪乃の発言に対して、思わず突っ込みを入れる次郎。だが、それに対して彼女はキョトンとした表情をするだけであった。


「何を言っているのですか、次郎さん。こうして日曜日の休日に次郎さんと二人で出掛けたのですから、これはもうデートと言っても過言ではありませんわ」


 自信満々といった表情で言い切る彼女を見て、次郎は呆れた表情をしながら大きな溜め息を漏らす。


「馬鹿言ってんじゃねえよ。どこの世界にヤクザの屋敷へデートに行く奴がいるってんだ」


 次郎はそう言って、彼女に反論する。しかし、それでも彼女は引く様子を見せず、むしろより一層熱を込めて話し始めた。


「確かに世間一般では普通ではないかもしれません。ですが、そうした価値観というものは誰かの物差しによって決められるものですわ。ですから、私は私の思うままに考えて行動するだけです」


 そう言って力強く宣言する彼女に対して、次郎は頭を抑える。そして、諦め気味に言葉を発した。


「あー、もういい。お前の好きにしてくれ……」


 投げやり気味な発言ではあるが、それを聞いた雪乃の表情は明るくなる。そして、満面の笑みで喜びを表した。


「はい! ありがとうございます!」


 その眩しい笑顔を向けられた事で、次郎は思わず視線を逸らす。そして、そのまま顔を背けた状態で歩き続けた。


(……ったく、本当に面倒な奴だ)


 そう思いながらも、どこか憎めないと思ってしまう自分がいる事に気付く次郎であった。


「ところで……これからどうなるんだ? 相手の出方を待つ方針でいいのか?」


 唐突に話題を変えてきた次郎に対し、少し驚いた表情を見せる雪乃であったが、すぐに真剣な表情に戻る。


「ええ、それで構いませんわ。下手にこちらから動いてしまえば向こうの思い通りになってしまいますもの」


 雪乃がそう答えると、次郎は納得した様子で頷いた。そして、続けて質問をする。


「分かった。それじゃあ、いつ頃に仕掛けてくると思う?」


「そうですね……手筈通りならおそらく、来週中には何らかのアクションを起こしてくると思いますわ」


 顎に手を当てながら、そう断言する雪乃。それを見て、次郎は少し考える素振りを見せる。


「来週中……出来れば、平日よりかは週末の方が助かるんだがな。授業中やジジイの店の手伝いをしている時に来られても、俺は対応出来ないんだが」


「別に私はそれでも構いませんわよ。そもそも、次郎さんの手を煩わせる必要もありませんし、護衛の皆さんで対処出来ますでしょうから」


「……まあ、確かに。あいつらならそれも出来るだろうな。それを否定出来ないのが末恐ろしい限りだが」


 そう言いながら、次郎は雪乃の護衛である洞島や相良といった面々の事を頭に思い浮かべる。


 腕っぷしに自身のある次郎であっても、彼等の相手は厳しいと考えている。実際にやってみなければ分からないが、それでも彼らには得体の知れない凄みがある様に感じていた。


「けど、何かあったら教えてくれ。俺も関わった以上は無関係じゃないしな」


「ええ、分かりましたわ」


 二人は歩きながら会話を続ける。そしてある地点に辿り着くと次郎は足を止めた。


「じゃあ、俺は帰るぞ。お前も気をつけて帰れよ」


 そう言うと踵を返してその場から立ち去ろうとするが、その様子を見た雪乃が途端に寂しそうな表情をしてみせた。


「ねぇ、次郎さん。こういう場合……私を家まで送り届けるのが、普通ではありませんか?」


「……はぁ?」


 突然の要求に困惑する次郎であったが、そんな様子などお構いなしといった具合に雪乃は話を続けた。


「ここからなら、私の家まではそれほど遠くはありませんの。そして今日は護衛を誰も引き連れていません。ですから……」


 そこまで言うと、彼女は少しだけ頬を赤らめる。それを見た次郎は嫌な予感を感じずにはいられなかった。


「もしよろしければ、私と一緒に帰りませんか?」


 雪乃はそう言いつつ、上目遣いで懇願してくる様な眼差しを次郎に向ける。しかし、それを受けても次郎は動じなかった。


「嫌だ。断る」


 あっさりと断りの言葉を次郎は告げるが、雪乃は諦めずに食い下がってくる。


「どうしてですか? 私は今日、一人なのですよ? もし、襲われたりでもしたら、私はどうなるのでしょう?」


 わざとらしい口調で言う雪乃を見て、次郎は面倒臭そうに頭を掻く仕草をする。


「どうもならないだろ。というか、お前はその辺のチンピラに襲われたところで、どうこうなるほどの奴じゃないだろうが」


「あら、そんな事ありませんわよ。私はこう見えて、か弱い乙女なのですから、誰かに守って貰わないと不安で仕方ありませんわ」


「嘘つけ。か弱い乙女が不良が集まるアジトに潜り込んで、挙句の果てにそこで大暴れなんて真似はしないだろ」


 次郎はこの間の雪乃が起こした大立ち回りを思い出しながら、呆れた様子で彼女を見る。


 あの時に不良達を前にしても一歩も引かず、拳銃やスタンバトンを振り回して無双していた姿は今でも次郎の目に焼き付いている。


「それに……護衛がいないってのも嘘だろ。本当はどこか遠くから見ているんじゃないのか?」


 次郎は周囲に視線を配りながら、雪乃に質問する。すると、雪乃は薄く微笑んでみせた。


「さぁ、どうでしょうね。それよりも、一緒に帰りましょう。それから……ついでといってはなんですが、私の家に上がっていきませんか? 四条家の総力を挙げて、精一杯のおもてなしをさせて頂きますわ」


「しなくていい。絶対にいらないからな。だから、これで話は終わりだ。それじゃあな」


 そして次郎はこれ以上は付き合っていられないといった感じに、速足でその場から立ち去っていった。


 その後ろ姿を見送りつつ、雪乃は少し残念そうな表情を浮かべていた。


「……ふぅ、振られてしまいましたわね。本当に、つれないお方ですわ」


 少し寂しそうな様子を見せる雪乃だが、その表情は直ぐに笑みにへと変わる。


「けど、そうしたところがまた、素敵ですのよね」


 雪乃はうっとりとした表情で呟く。


「さて、私もそろそろお暇しましょうか」


 雪乃はそう言いつつ、携帯電話を取り出すとある番号へと連絡を掛けた。


「相良。これから帰宅しますので、護衛を頼みます」


『はい、かしこまりました』


 電話から相良の声が返ってくると、雪乃は通話を切った。すると、少しすれば相良が音も無く雪乃の傍に現れる。そして相良は恭しく雪乃へ向けて頭を下げた。


「お待たせしました、お嬢様。ご命令通り、周囲への警戒をしておりましたが、今のところ怪しい人物は見当たりません」


「そうですか、ご苦労様でした」


「いえ、仕事ですので」


 淡々と答える相良に対して、雪乃は特に気にする様子は無い。こうしたやり取りはいつもの事だからだ。


「それでは行きましょうか」


「はい」


 雪乃が歩き出すと、相良はその少し後ろに着いて歩き始める。そうして雪乃も次郎に続いて帰路に着くのであった。




◆◆◆


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