異世界のやきう民

※第六話の予備知識


トッポ・クルシュ(黒エルフ)


相変わらず王都のスーパーの経営者の日々。

パートのおばちゃんに愛されながら、娘との生活を満喫。


エメル・ラジャン(白エルフ)

相変わらずエルフの森で怠惰な生活を送る日々。

だが最近は発展したエルフの都の歓楽街に出入りする姿が目撃される。

贔屓にしている店は、イケメン獣人がサービスしてくれる飲み屋だとか。

次回に大きく話が動きそう(ゲス顔)


シルバ・ラジャン・クルシュ(白ハイエルフ)


相変わらず実の父親に欲情するヤベー奴

彼女が魔国ねっとの中で建てたスレでは名物コテハンとして暴れている

曰く、近親相姦こそ至上の愛

誰か彼女を止めるのだ(迫真)


ハーメルン


相変わらず越後のちりめん問屋のご隠居、或いは旗本の三男坊ムーブをしながら愛しのトッポをストーキングするやべー女王。

顔も知らぬトッポの妻から寝取ると心に決め、今日も強敵であるトッポの娘、シルバとの無言の争いを繰り返す日々。



 ♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡



 魔国の都はとても広い。

 どれくらい広いかと言えば、街には東西南北にそれぞれ門があるのだが、例えば東から西に徒歩で行こうとすると、一昼夜かかる。

 南北だとさらに遠く、二泊してようやく到着する規模だ。

 それでも一つの街として成立している。


 どうしてこんな事になっているかと言えば、それは魔国の立地に関係する。

 魔国が支配する南の大陸には、大陸を上下に分断する大河が流れている。

 この大河を跨るように街が作られており、そして大河には橋を架けられるどころの幅ではないため、大きな渡し船を利用して行き来するのだ。

 その結果、港のある周囲は宿泊施設や商業施設でにぎわった。


 次に太古から大河を挟んだ北と南では、支配していた種族が違った。

 北は魔族が中心で、南は精霊族が中心だ。

 そしてこの二つの陣営は常に血の歴史を重ねて来た。

 つまり大河を挟んだ戦乱の歴史を持つ。

 これを女王ハーメルンが暴力を持って鎮圧して支配下におさめた訳だ。


 彼女は肉体の欠片さえ残ってれば致命傷でもあっという間に復活するし、特に弱点らしい弱点も無い。

 魔法は使えなくもないが、いや普通の常識で見れば彼女は間違いなく世界一の魔法の使い手ではあるのだが、本人は詠唱という面倒くさい手順を挟む魔法を嫌っており、だったら殴った方が早いという脳筋メンタルである。


 と言っても彼女は根っからのロジカルシンキングの信奉者で、合理的って言葉を何より愛する文官気質。

 それが何故暴力を使うかと言えば、敵対する勢力と対峙した際に彼女は初手でその司令官に近づきぶん殴る。

 殴れば相手は跡形も無く消し飛ぶ。

 そうなれば敵軍は制御を喪い有象無象と化す。

 これが一番コスパがいいからだ。


 ちまちま魔法で戦うよりは、最短距離で敵軍の要となる部分を壊す。

 当然そんな事を、美しい女が微笑みを浮かべてやってのけるのだから、見ている兵士たちは恐怖で心がおられる。

 こうなるともうハーメルンの思うつぼで、彼女が少しずつ配下を増やしながら行ってきた戦争において、自軍は一切の死傷者を出さないまま、敵軍は最初のぶつかり合いでその後の軍事行動の継続が不可能なレベルで消耗する。


 こうしてこの大陸に生きる種族は全て、彼女に忠誠を預けた訳だ。

 その結果が彼女を女王とした建国である。

 当然拠点となる都を作るわけだが、優れた頭を持つ彼女は、全ての種族が満足する場所は作れないが、絶妙に妥協できる場所として現在の都を作った。

 

 魔族の支配地だった北は、年間の降水量は多くともそのほとんどが冬季の大雪と言う北方型気候で、広大な森と地下資源が豊富な場所だ。

 逆に精霊族が住まう南は広大な森こそ拡がっているが、雨の多い熱帯雨林だ。


 どちらの種族も土地に愛着が強いため、だったらどっちもひっくるめて都にしようと女王は考え、それまで一切使ってこなかった魔法を開帳し、大河を挟んだ広大なエリアをまるっと囲む様に土属性魔法で城壁を作り囲んだ。

 この壁は地球でいうところの10階建てビル程の高さがあり、女王レベルの力が無ければ破壊不能。

 それに上に見えてる高さの倍が地面に埋まっており、基礎としては完璧で、想定外の大地震がこようとびくともしない。


 それから女王は全ての種族から知識層を集めて会議を行い、そこから人選した者たちを大陸外の他国へ派遣し、積極的に貿易を盛んにしていった。

 彼女が大河を中心に街づくりを行ったのは、この貿易を念頭においていたからだ。

 街の中に港を作り、大河から外海に出ていく。

 

 魔国製の船は帆船がメインだが、潮に逆らって移動する事も出来る。

 これはに魔力の結晶である魔石を燃料に風の魔法に指向性を持たせて噴射する魔石エンジンが仕込まれていて、大河の荒波をものともせず航行できるため、東西どちらにも行き来が出来るのだ。


 こうして外の国とも商売を通していわゆる三方良しの関係を築き、積極的な文化交流を行った結果、外からも大量の人が流れ込み、都はキャパオーバーになるほどに人口が爆発した。

 結果、税収もエグい事になり、魔国は安定した経済を基盤とした平和な時代を積み重ねて行っている。


 さてそんな魔国だが、数年前からとある競技スポーツが盛んになっていた。

 女王が主導で「国民の健康の向上を目的」という建前で導入された。

 そして「スタジアム」という数万人が観戦できる施設を、東西南北の門の外の平地に建設し、そのスポーツ……ベースボールの試合が行われる。

 

 最初は懐疑的だった魔国民だが、少しずつ触れるうちにどんどん熱狂的になっていった。

 ベースボールはダイヤモンド型に並べたベースがあり、木製のバットと呼ばれるこん棒を手に持ち、相手が投げるボールを打って点を取るという内容だ。

 ルールは安全性、公平性を保つために日々アップデートされていくが、基本的にやってることはボールを投げて打つというだけなので、初見の者もビジュアル的に分かりやすいのが人気の理由だろう。


 自分でプレーしても楽しいし、ファンとして観戦しても盛り上がる。

 娯楽に飢えていた王都民には絶好のスポーツだった訳だ。

 競技として見ればまだ黎明期であり、草野球の域を出ていないが、王都の商家ではどこもベースボールの道具はいつも売り切れなほどに浸透している。


 これには国民も「流石は我らが女王様だぜ!」と大歓喜であるが、これは別に彼女の優れた頭脳から創生されたクリエティブなムーブではない。

 じゃあ何故か。

 もちろん彼女が愛しのトッポに対して行う毎日のストーキングというルーチンの

結果である。


「パパーいくよー!」

「おう! どんとこい!」

「えーーーい♡」


 ある日の夕方。

 トッポの店である「くさまみれ」が店じまいした時間帯。

 近くの空き地でトッポとシルバの親子が対峙していた。

 トッポはしゃがんでおり、左手に革製の大きな手袋の様な物をハメて構えており、シルバはむち♡むち♡の身体のラインが出る扇情的なチュニックワンピ姿。だがトッポのように革手袋を右手にハメ、流れる様なフォームでボールを放った。


 それは凄まじい速度でトッポに向かっていき、彼のすぐ手前でいきなり左側に滑る様な軌道になるとパーン! と小気味の良い音で手袋に吸い込まれた。


「シルバ、いいスイーパーだったぞ! つぎはカッターいってみっか」

「はーい♡」


 スイーパー。

 これはスライダーに似た球種で、130km以上の球速で、だが沈まずに横に25センチ以上スライドする変化球の事だ。

 近年のMLBでトレンドになっている球種で、あの二刀流のジャパニーズの武器としても有名だが、彼の場合40センチ以上もスライドするので参考にしてはいけない。

 

 しかしえっろい姿のシルバは相変わらずトッポに媚び媚びの様子なのに、彼女が投げるボールはその美しさとは真逆の凶悪さだ。

 しかもフォームはセットポジションに構えながら、右足を大きくあげ、一度足先を地面につくかつかないか位の高さに下ろしてホップさせる独特なもの。そこから豪快なオーバースローでボールが放たれる。

 これは彼女に野球を教えたトッポが黒エルフになる前の人間時代に愛していた、LAド〇ャースの名左腕、クレ〇トンカーショー選手のフォームである。

 

 トッポの中の人が何故カー〇ョーを愛していたかと言えば、それは彼が「ちな鯉」だからである。

 ちな〇〇とは、自分の贔屓の球団を会話の中で匂わせる際の言い回しで、「スタートダッシュえぐくね? あかん!このままじゃ優勝してまう!wwwちな虎やけど」等と使うのだ。


 トッポの言うちな鯉とは、広島県を本拠地とするセ・リーグの球団、広島〇洋カープの事で、幼少時家庭の事情で岡山県で育った彼が贔屓の球団である。

 その中でも彼は野手では前〇智徳、投手ならば黒田〇樹を神聖視しており、特に黒田〇樹を心の師と崇めている。


 え? ド〇ャース関係ないやん?

 関係あるのである。

 その黒田〇樹は2008年から2014年までのシーズン、メジャーにいたのだ。

 そして最初の三年間はド〇ャースに所属していた。

 この時にまだ若手だったカ〇ショーとチームメイトとなり、黒田〇樹の野球への真摯な向き合い方や、プレー以外でのトレーニングなど、若手の模範になるべき場所が多いとチームは見ていた。

 そんなカー〇ョーにとあるコーチが「お前は黒田〇樹と一緒にいて学べ」とアドバイスされた。

 素質は高いもまだ粗削りだったカー〇ョーの教育係に選ばれた黒田〇樹である。


 結果、二人の関係はまるで師弟の様で、謙虚でストイックな黒田〇樹をカーシ〇ーは兄の様に思った。

 やがて彼は開花し、MLBで最高峰の左腕に成長。

 サイヤング賞も3回受賞する程のスーパースターとなり、殿堂入りは確実。

 

 その後黒田〇樹はNYヤ〇キースに移籍したが、その話が出た時期には、ピッチャーズミーティングでカーシ〇ーが「このまま一緒にやろうよ」と必死に翻意を促したエピソードもある。

 黒田〇樹はその時にイエスともノーとも言わなかったが、誰もいないロッカールームで人知れず涙を流したという。

 

 それでもキャリアアップを選んだ黒田〇樹は、NYでも厳しい環境の中でローテーションを守り、やがて古巣ド〇ャースとの対決で、弟子であるカー〇ョーと投げ合う事になる。

 試合としてはNYが勝利したが、どちらの先発も失点を許さない投手戦を演じ、二人ともに勝ち負けのつかないまま降板。

 これは本人達もそうだが、両チームのファン達も相当にエキサイトした素晴らしい試合だった。


 そして彼はNYのユニフォームを脱ぐと、義理を果たすべく古巣の古巣、カ〇プに戻ってくると、そこで野球人生を終えたのだ。ちなみに推定年俸は4億プラス出来高払いとメジャー時代から比べると格安である。

 この古巣への帰還の凄い所は、黒田〇樹はまだメジャーで高額契約を勝ち取れる状態だったのを固辞して帰国した事だろう。

 実際にドジ〇ースを含んだ複数球団が1500万ドルを超えるオファーを出していたそうだ。

 トッポはこの男気でさらに黒田〇樹を神格化した。


 要は彼の心からのアイドルである黒田〇樹を師とあがめるカー〇ョーは黒〇ファミリーである、ゆえにカーシ〇ーもまたカ〇プである。QED証明完了という謎ロジックがトッポの中にあるのだ。

 ゆえに黒田〇樹のフォームは自分がやるから、シルバにはカ〇ショーのフォームを学ばせたのである。

 ちなみにトッポもシルバも人外エルフなので、投げるボールは地球の常識では考えられない勢いなのだが、それは野暮なので語るまい。


 そんな感じで仕事終わりの親子のコミュニケーションとして、その頃のトッポたちは、空き地でキャッチボールを繰り返していたのである。

 それをストーキングしていた女王様。

 思わず声をかけてしまった。

 もちろん市職員の制服で、外回りのついでに見かけたので声を掛けました! という体を装ってだが。

 とは言えシルバの優れた嗅覚は、このいけ好かない泥棒猫BBAが物陰から見てると察知していたのだが。

 とは言えそんな事は知らないトッポは「よっしゃ彼女も野球沼に堕としてやろうグヘヘ……」くらいな感覚で、彼女にバットを渡した。

 マナの籠った古木をドワーフの職人に無理を言って作らせたワンオフ品である。


 トッポとしてはキャッチボールだけじゃ物足りなさを感じていたので、女王(トッポは公務員のメルさんと認識している)をバッターにすれば楽しめると考えた様だ。

 シルバが投げる、その棒を振ってボールを打つ、単純にルールを教えたトッポ。

 しかし女王はあざとく首を傾げた。


「トッポ様、こう、ですかね? あれ、なんかぎこちないわ……」

「あー最初だからそうなっちゃいますか。いいでしょう。少しお体に触れますよ? こう、腰のね、位置をキープして、そうです、バットを握る手は、そうです、ギュっと握る必要はないです。ボールに当たる時に握り込むだけで、構えてる時はリラックスです」

「はう♡ 腰、ですか♡ ちょっとわかりかねますね、もう一度おねがいし……まぁしゅ♡ トッポ様、そこは、はう♡」

「このBBAがよぉ……」


 まるでゴルフのスイングを教えるオッサンめいたムーブで女王にバッティングを教え込むトッポ。

 女王と言えばトッポの指導に熱が入るほどに増えて行くスキンシップで目にハートマークを浮かべていた。

 そして呪い殺さんばかりに睨むシルバ。

 酷い地獄絵図である。


 その後和やかなムードでトッポ親子がバッテリー、バッターが女王ハーメルンを務めたのだが、いつしかシルバとハーメルンの水面下の争いに発展。

 熱の入り過ぎた勝負となり、その姿はまるでW〇Cの決勝、9回表二死でバッターがマイクト〇ウト、そして投手が大〇翔平の様だったと後にトッポは回顧している。

 それくらい素晴らしい勝負だったのである。


 なお、現実のW〇Cとは違い、マイクト〇ウトの立場であるハーメルンがパワフルなスイングから完璧にシルバのスイーパーをとらえ、流星と化したボールはとんでもないラインドライブですっ飛んでいき、王都のランドマークとなっているお城の塔に直撃し、憐れ塔は爆発四散した模様。


 そんな訳で、図らずも野球のすばらしさを知った女王が、やがて自分の身分をトッポに打ち明けた際に「おお! 女王陛下はおれのためにスタジアムまで作ってくれたのか! 愛してる! 抱かせてくれ!」となるために売る媚びとして野球を広めたのは余談である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

週刊エルフ 創刊号  漆間 鰯太郎【うるめ いわしたろう】 @iwashiumai

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ