第10話「イドとエスの方程式」
翌日、亜紀とベクターフィールドは
「では、手続きは進めておきます」
興津少年とその祖父に一礼した亜紀に、祖父は一層、深々と頭を下げた。
「はい、すみません。ありがとうございます」
昨夜、家の前で繰り広げられていた大決戦は、二人の知るところではない。ベクターへフィールドが戦った相手は霊と悪魔――生者が関わる必要のない事だ。
二人にとって、また亜紀にとっての真に戦いと呼べるものは、正にここからだ。
「きっと、いい結果になりますよ。努力します。できる限りの」
ベクターフィールドがどんな状況でも契約を完遂するように、亜紀は自分の仕事に
「元気で、長生きしろ」
愛車の窓から顔を見せたベクターフィールドは、今まで散々、見せてきた薄笑いを浮かべていた。
その笑みには、契約を完遂したのだから、興津少年の魂は自分のモノだという意味があるのだが、当の興津少年は「はい」と返事をして、ベクターフィールドにも頭を下げている。
「また、遊びに来て下さい」
興津少年の本音だ。
「またね」
亜紀も笑顔を残して助手席に乗り込む。
「分かってないぜ、あいつ」
窓を閉めて発車させたベクターフィールドは苦笑いを顔に貼り付けているが、
「ベクターフィールド。ちょっと教えて」
助手席からかけられた亜紀の声は、その種類を変させる事になった。
「あん?」
軽く視線だけで
「例えば、AさんとBさんって二人がいて、AさんはBさんを助けて欲しいって契約をしたとする」
「ん?」
眉根を寄せるベクターフィールドだが、その顔を亜紀は見ていない。
見ずに続けた質問は――、
「で、Bさんは、自分を助けてくれって契約をした。この場合、どうなるの?」
難しい話ではなく、簡単に答えられる。
これを一石二鳥とするのは、ベクターフィールドが最も嫌う事だ。
「Aさんの契約が優先だぜ。Bさんの契約は無効だ」
一挙両得や一石二鳥といった言葉を、仕事に関してだけはベクターフィールドははねつける。
「なら良かった」
そこで亜紀は初めてベクターフィールドを振り返り、
「私がベクターフィールドに協力させる仕事は、興津くんを信頼できる保護者の元へ届ける事。興津くんと契約したのは、お祖父さんの家に連れて行く事だったのよね?」
この場合、亜紀との契約が優先され、興津少年との契約は無効である、とベクターフィールドは自分で説明したのだ。
「あー、クソ!」
バンッとベクターフィールドはハンドルを叩くのだが、その顔にある表情に、苦いものはない。
眷属が一人もいない魔王らしくない魔王のベクターフィールドは、人好きだ。
「まぁ、いいぜ。タダ働きじゃない」
一瞥したベクターフィールドの視線の先には、興津翁謹製の弁当箱がある。
中身はベクターフィールドがいった通り、おにぎりとたくあんだ。
「一個、くれ」
「はい」
おにぎりを取った手を伸ばした亜紀へ、ベクターフィールドは顔だけ寄せて一口、囓る。
「うまい。最高だぜ」
悪魔に青い空は似合うまい。
しかし青い渚に、白いクーペはよく似合う。
喪女×魔王-Wo Es war , soll Ich werden.- 玉椿 沢 @zero-sum
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