第9話「喪女×魔王」
今までの襲撃2回を、ベクターフィールドが難なく守り切った理由は、ベクターフィールドという存在がイレギュラーだったからだ。
場を作ってエネルギーを充填する事で存在している霊は、当然、実態を持っていない。脳という思考を司る器官を持たない事が、新たな知識の習得や閃きというものを生み出せなくしているため、唐突に現れたベクターフィールドに対処できず、また「傷つける」と「殺す」というコンフリクトしてしまう命令を受けている事も原因に繋がる。
しかし今、霊は女悪魔直々に命令を受け、変更もその都度、受ける事ができる。
「私がいる。私のいう事だけ聞いてなさい」
女悪魔は声を
「ポーンに後退があるか!」
対するベクターフィールドは無言。
――俺のする事は変わらないぜ!
数が多いから、敵が強大だからと、そんな理由で戦う事を放棄しないのが、契約を司る魔王の
――どこに書いてあるんだっていうだろうけどな。
明文化されているところは、ベクターフィールドも見た事はない。先輩にいわれた事も同様に。
「ポーンに後退があるかっていうのは、いわれた覚えがあるな」
魔王の力を得るまでの道程で、散々、やられてきた覚えがある。何度か盾にされた事すら。
「いや、俺の場合は歩が後ろに下がれるか、だったぜ」
ベクターフィールドの攻撃は縦か横一文字に振るか、突くかの3つしかないが、その全てが最短距離を奔る攻撃だ。一度の剣閃で霊は3体から5体、消していく。
「今は飛車角とでもいうの? ふーん。まあ? 頑張ったらいいんじゃない? いつまで続くか知らないけど、応援してますよ~?」
――まぁ、当たってんだよな。
女悪魔の挑発が身の程知らずの言動でないのは、ベクターフィールドも判断できる。哀の感情と引き換えにベクターフィールドが得た力は、冗談ではなく、隕石を呼んでこの一帯を火の海に変える程のものがある。竜巻を起こして、何もかもを粉砕するという力もあるのだが――、
「ここじゃ、使えないぜ」
軍隊とでも戦えるベクターフィールドが持つ弱点は、ベクターフィールドの眼前に立てる勇者ならば勝機があるという所である。
――でも、こいつを勇者っていう訳にはいかないぜ!
霊を斬り伏せ、
「歩ってのはな――」
少々のダメージがどうしたとばかりに突進し、女悪魔へ切っ先を向ける。
「敵陣に入れば、金なんだぜ!」
頭を両断してやるとばかりに剣を構えるベクターフィールドだったが、しかし女悪魔は必勝の笑みで出迎えた。
「はい、お終い」
女悪魔がパチンと指を鳴らすと、周囲の亡霊が一斉に消える。
「!?」
続いてきた衝撃は、ベクターフィールドだからこそ耐えられたというべきか。
霊は自らの身体を守る場を解放し、自分を形作るエネルギーを直接、ベクターフィールドにぶつけてきたのだ。
――自爆指示かよ!
足が地から離れてしまった感覚すらある。
そして身体が浮いてしまっているという事は、容易に組み伏せられるという事。
「クッ」
息が詰まる程、霊にのし掛かられたベクターフィールドを、女悪魔が見下ろしてくる。
「さぁ、私が依頼を果たしてくるところを、そこで見てるといい」
ベクターフィールドへ向ける笑みの意味は、勝利宣言か。
――いや、振りほどけるぜ!
全身に力を込めるベクターフィールド。
しかし霊を振りほどいても、また振り出しに戻るだけだ。
――いや、
ポジショニングは最悪だった。
***
その光景を、亜紀は見ていた。
ベクターフィールドが今夜、興津邸に泊まる事を選んだのは、この女悪魔を討つ事で解決を図るため。
亜紀が待機しているのだから、こういう状況に追い込まれる可能性は二人とも考えていた。
――割り込む?
亜紀は掃除用のモップに手を伸ばすが、それで踏み込むかどうかは迷わされる。悪魔と霊も、本質的には同じだ。実体という程の密度があるが、場を作って存在している事に変わりはなく、モップの軽金属は場を切り裂ける物質である。
――奇襲?
奇襲の訓練はした事がないし、モップを武器として扱う練習とて同じ。ぶっつけ本番で、亜紀が女悪魔を圧倒する武力を発揮できるかは怪しいところ。
だから亜紀はモップから手を離した。
――でも一瞬だけ隙を作れたら、それでベクターフィールドが逆転の一手を出す可能性は……。
闇夜ではベクターフィールドの表情までハッキリと見る事はではないが、どんな状況でも仕事を放棄する男でない事だけはハッキリしている。
「やるしかない……」
決意を呟き、亜紀は別の武器を手に取った。
それは昼間、興津少年と遊んだ興津翁手製の輪ゴム鉄砲。
霊の場を貫通させるのは不可能であるが、輪ゴムの樹脂もマイナスの電荷を帯びる。
顔面に当たればダメージを与えられ、今、ベクターフィールドが求めている一瞬の隙を作り出せるはずだ!
「よし!」
銃を構えた亜紀は、玄関の引き戸を開け放った。
「おや、まだいた」
女悪魔は、亜紀の登場にそれ程の驚きはない。
霊を差し向けようかと手を伸ばす動作は冷静で、ベクターフィールドが突ける隙はない。
――人間に何ができる。しかも銃? 鉛の弾は電荷的にマイナスじゃない。私には効かない武器!
間抜けと思っていた。
間抜けと思ったから、亜紀は賭に勝った!
「はッ!」
短い気合いの声と共に取った亜紀の行動は、飛び込み前転の要領で女悪魔が放った霊を回避する事。
くるりと前転して起き上がり、銃口を女悪魔の額へ――、
「これは練習した!」
亜紀が憧れた刑事ドラマで見たアクションだ。
輪ゴムは女悪魔に致命傷は与えられない。
「!?」
しかし女悪魔の意識を十分に逸らせる攻撃にはなった。
「おお!」
ベクターフィールドは力と体格に任せて霊を弾き飛ばし、魔王の剣を
「ふざるな!」
それは、女悪魔がこの世で発した最後の言葉になった。ベクターフィールドの剣は、女悪魔の胸を貫いていたのだから。
「ベクターフィールド!」
駆け寄ってくる亜紀に、ベクターフィールドは「来るな」と手を
「見てるよな、依頼人の二人」
この光景を遠巻きに見ていた男女に声をかけるため。最後の瞬間になる、と女悪魔にいわれ、見逃さないためにやって来た興津少年の両親だった。
まず男には――、
「息子に怪我をさせ、未成年者監護権を怠った事にして親権を取ろうとした」
そして女には――、
「再婚に邪魔だから、始末してしまおうとした」
ベクターフィールドから投げかけられた言葉は、即――既に夫婦ではないが――夫婦げんかが始まる。
「
頼むといいながらベクターフィールドが下がり、亜紀が前へ出た。
「どちらも、法律では裁けません。しかし――」
スッと息を吸い込む亜紀は、彼女にしては珍しく声を荒らげる事になる。
「子供の事よりも、元配偶者に自分が正しいとマウントを取りたいだけの親権ならば、あなた方二人は、どちらも必要としないでしょう!」
黙らせるには、十分な怒声だった。
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