朔北の瘋狗・赫連勃勃前史
真珠の白苺改
朔北の瘋狗・赫連勃勃前史
「なあなあ君達。これを何と名付けようか」
その声色は、偶然拾った仔犬を飼うと決めてはしゃぐ
高さ数丈になんなんとする、巨木のような「これ」は、彼らの眼前のみならず、見渡す限り焦土と化した山野にも幾本か屹立していた。その異様さは、不気味を通り越して滑稽ですらあった。
「……」
伏し目がちの家臣達が無言で目配せし合ったのは、答弁に相応しい言葉を探すべく知恵を総動員させているためである。
まかり間違っても、諫言は言語道断である。酸鼻を極める
さりとて、黙秘も通用しない。とにかく、癇に障れば命取りなのだ。
「つまらんのう。
勃勃は口を尖らせ、相変わらず後ろ手の格好のまま、沈黙の木立の間を行きつ戻りつした。首を巡らせていたが、時おり歩みを止めると、「あー」だの「ふむふむ」だのと、独り合点めいた嘆息を漏らしはじめた。
「うん! そういうことだな」
しばらく立ち止まっていた勃勃は、やにわに納得顔を上げた。
「所詮飾りの頭や口なれば、無くても構わんだろうかのう」
「ひっ」
家臣のひとりが、たまりかねて息を詰まらせてしまった。ちらと顔を上げたときに彼の眼に映ったのは、手がかけられた、勃勃の腰の物であった。
大夏龍雀と刀身に彫られたそれは、勃勃のお気に入りである。
それは数多の人間の血を吸って鍛えられた曰く付きの代物と噂されていたが、あながち嘘ではない。辻斬り紛いに斬れ味を試したり、死罪の刑徒を手ずから処断するために用いられることもあった。何となくそうしたかった、などと身勝手極まりない動機で振るわれた例は、枚挙に
「『ひ』? どうした、何ぞ妙案が思い立ったか。忌憚は無用ぞ、言うてみよ」
相好を崩した勃勃は、長身を窮屈そうに折り、家臣の顔を下からのぞきこんだ。
しかし家臣は、それを詰問の端緒と受け取ったらしい。総身をわななかせ、もとより色の良くない顔を一層青ざめさせた。
「陛下、そこまでになさいませ」
沈黙が破られた。
「おお、
勃勃が見やった先には、気心の知れた家臣の姿があった。
鮮卑の
勃勃の父・
「お手がかかっています。それでは皆さんが怯えるのも無理はありませんよ」
「ん? ああ、これか。つい、習い性でな」
慌てたように、勃勃は刀の柄から手を離した。習い性、などと放言したが、阿利の指摘通り、多くの家臣には恐怖でしかない。
極めついて不幸なことは、勃勃の性情の危うさへの理解と認識が最も乏しい、というより無自覚なのが、他ならぬ勃勃自身であることだ。
「卿はどうだ」
二人称の使い分けは勿論、不躾に諱を呼ぶことも、勃勃なりの親愛の表現である。阿利の方でもそれを
「それはご自身の心におたずねください。きっと素敵な名前が浮かびましょう」
「む……。確か『京観』などと呼んでおった気がするな。あれはいかん。漢族どもは何かにつけて華美な言葉を使いたがるからな。迂遠な言い回しは好かん」
勃勃は苦りきった顔をした。
彼に言わせれば、漢族はうわべばかりを飾り付け、儒だの礼だのと煩瑣でしかつめらしい些事に拘泥したがる惰弱な種族である。馬に跨がることすらままならぬ連中が、勃勃ら匈奴を蛮夷と蔑むのも、虚栄の表れに他ならないと思っている。
「よし!」
「お決まりになったようですな」
今度は阿利が相好を崩した。
「『髑髏台』がよかろうな。だってそうだろう、この土塊の中には、あの阿呆に率いられた愚兵どもが山を為してくたばっておるのだぞ。明瞭で良いではないか」
耐えきれずに嘔吐する者が出る家臣達のことなど一顧だにする様子もなく、勃勃は再び孺子然とした無邪気さを爆発させた。
「我ながら良い名を付けられたものだ。諸君、大儀であった!」
我々の役目は一体何だったのだ。それが家臣達の総意であったが、口にする気力さえ、誰ひとりとして残していなかった。
「それにしても、
「得られたものも少なくありません。城の着工も控えている今となっては、時宜にかなっているといえましょう」
「うむ、その通りだ。おい君達、何をぼさっと突っ立っておる。帰れば宴だ。存分に楽しもうではないか!」
勃勃の高笑いが、我が物顔にけたたましく響いた。
朔北の瘋狗・赫連勃勃前史 真珠の白苺改 @White_Strawberry
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