コール・ミー・メイビー

「ーーくんじゃん」

 私ってヤツは超チキン野郎だ。自壊を求めるくせに煙草も酒もやらないし、ピアスの穴は耳にすらない。自分を壊すのは爪先と髪の毛だけだ。それ以外に消耗したものは全部丁寧に復元しようとしやがった。

「育ちよかったの? アンタ」

 数十年ぶりに出会った同級生は随分とグレていた。あんまりに自分勝手な言い回しだけれど直感でそう感じたのだ。腕に刺青と耳たぶ以外にもピアスの穴がしこたま空いていて、ボルトみたいにでかいピアスが刺さってる。爪は鋭く尖って、不吉の権化みたいな黒色にしてある。瞳は誰が見ても一瞬でわかるうっすいカラコン。ただ髪の毛だけが真っ黒で綺麗に手入れされて、優雅に毛先だけ波打っていた。日本人のノーマルカラー。痛みのないエンジェルリングを纏った大和撫子みたいな黒髪だった。だからすぐにその人だと気がついた。

「え......。そう見える?」

「超見える。まじで、アンタってそんな感じじゃなかったじゃん。めっちゃ老けた? ウケる」

 彼女はウケると言ったのにぴくりとも笑っていなかった。若者言葉の古臭さ、自分の同年代しか言わない音と仕草。まさかが確信に変わっていった。そんな話し方をする人ではなかったと思ったのに。

「どうして」

 彼女は優等生みたいな人だった。先生やクラスメイトからの扱いからも優秀であることはわかっていた。賢くて何事にも生真面目に取り組む、器用で明るい良い子なんだと思っていた。お洒落に敏感で学校ではポニーテールで、休みの日はその綺麗な髪をおろしていて、大人みたいに甘い果実の香水のにおいをさせていた。当時の私はそんなことを知っていた。

 だからどうしてと聞きたかった。

「ねえ、アンタって育ちがよかったの? って」

 片手に酒缶とスマホを持って突っ立って、華奢な体にビニール傘をひっかけている。オーバーサイズのシャツにスキニーデニムのパンツ、偽物のクロックス。化粧をしているくせに誰を待つつもりの服装なのかよくわからない。

「私の育ちは普通だよ、そんなふうにみえる?」

「うん。だってさ、自分のことを私、なんて普段から言うなんてお仕事みたいじゃん? 男の人はよく俺って言うし。それともアンタは例外だったっけ?」

 学生の頃は私は自分を俺と呼んでいた。いつの頃からか、私は私になっている。

「あは。まあアンタは例外だよね。生真面目だもん」

「それは私のセリフだよ」

「サッカー部でキャプやってたやつは真面目君っしょ。腕前より人望って感じ。テストも部活も頑張って、同級生、先輩、後輩、先生のみんなから一目置かれて。そういえばなんか委員会もやってなかったっけ?」

「......忘れた」

 学級委員を点数稼ぎでやっていた気がする。

「んふ、嘘っぽい」

 同級生は手元の酒缶をあおって、音もなく500ミリ缶を呑んだ。アルコール度数が一番高い焼酎ハイボールだ。

「それよか、そっちはなんでそんなふうに?」

「そんなふうって?」

 会社帰りの駅を出て帰路に着こうとしたら名前を呼ばれた。そうしたら同級生が激変して手を振ってきた。理由を聞きたくてたまらない。

「その、あの時は真面目だったじゃん。校則守って、テストも良い点取って、受験も上手くいっててさ。なんか崩れたみたいな格好じゃん。なんかイメージ変わった」

「そうだったかも? まあ、お互い様じゃない? 寄る年波には勝てないってかさ。どっかで狂ったのかもしれないけれど、アンタじゃないわ」

 つまり原因が私ではないと言われた時に、突き放された気がしたのはどうしてなのだろう。もう二度とお互いの物語にはお互いは出演しないと言うことを思い知ったからだろうか。

「アンタもアタシももう壊れちゃったんだろうね」

 当時の私達の関係は何かを教えてもらったし、何かを教えた気がするのだけれど。お互いに何の役にも立てられなかったのだろう。

 いつ自壊をするのかと思っていたが、彼女の前で私はとうの昔に壊れていたみたいだった。僕の中の彼女が壊れたように。もう元には戻らない。

「それじゃ、そのうちまた連絡するね」

「ああ、時間ができたら連絡するよ」

「うん、いつかね」

 そう言えば、もう二度と会わない確約なのを私達は知っている。言葉の意味を共有している。

 それだけが彼女との間に残ったことを虚しく思うよ。

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付け焼き刃 @higashigawa

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