若殿

 ◆亀山城◆


 貞能 「父上、とうとう武田の城ができてしまいました」


 貞勝 「本当に目障りじゃのう…して今後のことじゃが」


 貞能 「今後と言いますと」


 貞勝 「決まっておろう、奥平家の身の振り方よ」


 貞能 「武田の勢いが強いと思います」


 貞勝 「わしもそう思う、だから我らも武田に下ったのだが、

   これがいつまで続くかは誰にもわからん」


 貞能 「確かに今川が織田に負けるなど、考えもしませんでしたからな」


 貞勝 「わしはな、徳川との関係も切らないほうがいいと思うんじゃ」


 貞能 「徳川の後ろには織田がついていますからね」


 貞勝 「そうじゃ、だからこそ、その時に備えておきたいんじゃ」

   「この話、孫の貞昌にも聞かせたいのだが…」


 貞能 「あれは、今、あんなふうでございます」



  (ぼんやりと遠くを見る貞昌)



 貞能 「武田の人質として送られた仙千代のことを心配しているようで」


 貞勝 「心配はいらん、武田に与している間は、大事に扱われるのだから」


 貞能 「武田に属している間は、確かに心配はありませんが…」



   (ふーと聞こえる貞昌のため息)



 貞能 「あんな状態では、話になりません」


 貞勝 「何か気晴らしになることでもないのか」


 貞能 「あ、こんなときはあの男がおりました」



 翌朝、貞能(さだよし)は強右衛門を訪ねた。



 貞能 「おーい、強右衛門」


 鳥居 「あ、殿」


 貞能 「実はな、貞昌の気が晴れるような遊びに連れていってほしいのだ」


 鳥居 「若殿、をですか?」


 貞能 「仙千代が人質に取られてから、うつうつとしておってな…

    そちは姉川の戦いで一緒にいたから、顔は知っておろう」


 鳥居 「お顔はもちろん知っていますが、私でいいのですか?」


 貞能 「なんとなく、そちが良いと思ってな」


 鳥居 「わかりました。ひとつだけお願いですが、

   若殿の食べるものは、私どもと同じものでもよろしいですか」


 貞能 「うむ、同じでよい」


 鳥居 「わかりました、お引き受けいたします」



 若殿と強右衛門は

 お互いに顔を知っている。姉川の戦いに従軍したからだ。


 父(さだよし)に言われるまま、

 若殿、強右衛門、シゲ、ケンボウの4人は、山に入っていく。


「若、これがタラの芽です」

「へ~」

「若、これはコシアブラ」

「へ~」

「これはワラビです」

「これは知ってる」


 初日はたくさんのワラビを取った。

 次の日は川遊びをすることを約束した。


 最初に強右衛門が川に入り、

 しばらく様子を見ていた若も、

 ふんどし一丁になって、続いた。


 シゲやケンも、慣れたもので、

 上手に魚を網へと追う。


 火をおこして、魚を焼いていると、妻の声。


 大きな握り飯に、昨日とったワラビと漬物。



 ゆき 「若様が昨日とったワラビですよ」


 貞昌 「はむはむ、これはうまい」


 鳥居 「一晩でアク


 貞昌 「少し苦みがあっていいね」


 シゲ 「そろそろ魚もいいですぞ」


 ケン 「じゃあ、いただきます」


 シゲ 「ばか、大きい魚は、若様がとったもんだ」


 ケン 「あ、おれのは小さいのだった、すいません」


 貞昌 「よいよい、ケンにあげるよ」


 ケン 「お許しがでたので、遠慮なくいただきます」


 ゆき 「もう、ケンちゃんたら」



 こんなことが幾度かあり、

 城からの誘いも少なくなっていった。

 貞昌の気分も、少しは良くなったのだろうと

 強右衛門は思った。



 強右衛門が心にのこった事がある。

 釣り糸を垂らしているときに若が言った。



貞昌 「仙千代はま13歳なんだ」


鳥居 「まだ子供ですね」


貞昌 「おじい様や父は、やれ武田だ、徳川だと、

    毎日のように話し合っている。

    もし、再び徳川が強くなって、武田が弱くなったら、

    奥平は徳川に戻るのであろう」


鳥居 「徳川贔屓が多いから、そうなるでしょう」


貞昌 「私も徳川のほうが好きだ」


鳥居 「若様も徳川贔屓なんですね」


貞昌 「そう、だから仙千代がかわいそうで…」


鳥居 「先のことをあまり考えすぎても、どうすることもできません」


貞昌 「そうなんだ、だから心が苦しくなる」


鳥居 「…」



貞昌は、今でいう高校生の年頃。

多感である。

もう、世の中のことも分かっている。

だから、強右衛門は軽口を言えなかった。


仙千代は、おそらく殺されるであろう。

貞昌は、なんとなく未来が分かってしまう、

そういう展望のきくひとであった。


強右衛門は、

この若殿の抱える苦しみを知り、

これまで以上に、

この若殿のことが好きになった。



























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強右衛門(すねえもん) @fujimura-narumi

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