古宮城完成

いよいよ城作りの肝【縄張り】が始まる。

歩きながら、馬場が指示を飛ばす。



馬場 「ここから、あそこまで、横に掘る」


甘利 「ここでしょうか」


馬場 「もう少し先、そう、そのあたりまでじゃ」


初鹿野「こちらはどういたしましょう」


馬場 「うむむ、ちょっと待ってくれ、そこまで下りていくから」



3人とも大まかな城の構造は頭に入っているのだが、

城作りは現場勝負。

小山を登り、あるいは下りながら、縄をはっていく。


縄が張られたら、

奥平衆が鋤や鍬をもって、堀や土塁を作っていく。

馬場の近くには強右衛門の姿も見える。



馬場 「強右衛門の班を近くにおいてくれ」


能昌 「鳥居強右衛門でございますか」


馬場 「そうそう、作業が早いから側に置きたいのじゃ」


能昌 「馬場さまのご指名とあれば、そのようにいたします」



縄張りが始まる前、

馬場は奥平能昌に依頼していたのだ。



馬場 「強右衛門、ここから、そこまで掘ってくれ」


鳥居 「わかりました。皆、ここからそこまでじゃ」


みな 「よっしゃ、掘るぞ!」


馬場 「強右衛門の班の人数を増やしてくれんか」


能昌 「は、ただちに。おーい!こっちに来てくれ」



奥平衆としては、馬場は怖い。

「何か言われるのではないか」とビクビクしていたところ、

強右衛門が馬場に気に入ってもらえたことで

場が和んだように思えた。


(なんだか知らんが、強右衛門に任せておこう)

(馬場さまの機嫌がよければ、それに越したことはない)


奥平衆の上役たちも、

強右衛門の存在によって、城作りが円滑に進むことを願った。


(確かにあいつはよく働いている)

(あれは、なかなかの男だ)


彼は末端の兵ではあるが、

皆に一目置かれるようになっていった。



数日がたったころ

馬場は強右衛門に聞く。


馬場 「おい強右衛門、この下の曲輪に立ってくれ」


鳥居 「はい、わかりました」


馬場 「どうだ、登れるか」



そう言われて、壁をよじ登る。

急ではあるが、少し時間があれば登れそうだ。



馬場 「敵が登れるな、こりゃダメだ」


鳥居 「もう少し角度をつけましょうか」


馬場 「そうしてくれ」



別の土塁では、鳥居を敵に見立てて、杖を向ける。



馬場 「そこに死角ができているな」


鳥居 「ここですね、削り落とします」


馬場 「そうしてくれ」



こんな感じで、ひとつひとつ確認していった。

奥平配下の者に接するという感じではなく、

城作りに情熱をもった者同士、師弟関係のようにも見える。



甘利 「また強右衛門とご一緒だ」


初鹿野「なんだ、面白くないのか」


甘利 「敵方に城作りを教えて、どうするんだ」


初鹿野「馬場さまは城作りが本当に好きなんだよ。強右衛門も」


甘利 「あいつは奥平衆だぞ、あとで後悔することにならないといいが」


初鹿野「強右衛門の身分は低い、そんな心配は不要さ」


甘利 「確かにな、馬場さまもそれを知ってやっているんだろが」



城の中心地に立って強右衛門が聞く。



鳥居 「馬場さま、このように大きな堀で仕切るのは、なぜですか」


馬場 「強右衛門は籠城戦を経験したことがあるか」


鳥居 「ありません」


馬場 「敵はな、四方八方から攻め込んでくる。

    ハチの巣をつついたように、そりゃもう城の中は大混乱じゃ。

    そんなとき、城が2つに分かれていれば、

    片方が落とされても、立て直すことができるかもしれん。

    だから城を2つに割ってみることにした」


鳥居 「一度冷静になれるということでしょうか」


馬場 「そう、落城を少しでも遅らせる時間かせぎだ」


鳥居 「時間かせぎ…」


馬場 「城の大きな役割のひとつが、いかに時間をかせぐか、にある。

    いいか、敵が城を取り囲むじゃろ、

    その知らせを本国が受け、援軍が出てくるはずだ。

    援軍の到着時間まで、城を持ちこたえることができれば、

    皆の命が助かる」


鳥居 「間に合わなければ…」


馬場 「皆、死ぬ」




土木作業3か月、古宮城は完成した。

石垣もない、土だけで成る、山城ではあるが、

その威容は、見る者を震え上がらせる。


本国から武田の軍兵がやってきた。


彼らは旗を並べ、

馬場の前で配置につく。



それを、奥平衆も見て、息をのむ。



甲冑を身に着けた武士が

鉄砲・弓・槍をもって、土塁に並ぶ。


土塁は3重、4重になっており、

下から見上げると、

それはそれは恐ろしい光景であった。



馬場はニコリと笑って、強右衛門に近寄ってきた。



馬場 「どうじゃ、この城の出来は」


鳥居 「いや~武田さまの軍兵が並ぶと、壮観といいますか」


馬場 「おぬしならどう攻める」


鳥居 「この威容もさることながら

    中の構造を知っているので、恐ろしくて攻められません」


馬場 「城の大事な役割はな、まず見た目で相手を威嚇することだ。

    この城に手を出したら、痛い目に合うぞ、

    そう思わせないとダメなんじゃ」


鳥居 「馬場さま、いろいろと教えていただき、ありがとうございました」


馬場 「また共に城を作りたいものだ。

    今度は、もっと大きいのをな」


鳥居 「お言葉、うれしゅうございます

    そんな日が参りましたら、夢のようでございます」


馬場 「また会おう」




◆徳川の城◆



古宮城の完成は、

徳川にとって大きな衝撃であった。


いままで頼りにしてきた

かの地域の豪族を「山家三方衆」(やまがさんぽうしゅう)と呼んでいたが、


その中心的な存在である奥平衆の、

ど真ん中に拠点を作られたのだから、たまらない。


物見の報告によれば、

その威容は、ほかに例を見ない城だという。


奥平に入るためには、

街道沿いにある古宮城のチェックを受けることになる。



家康 「イヤな所に城を作られたな」


酒井 「はい、痛いところを押さえれました」


家康 「馬場信春の築城とのことだ」


酒井 「これで山家三方衆は、完全に武田の支配下となりました」


家康 「手をこまねいているわけにもいかぬ。

    どんな手を使っても、

    奥平をもう一度取り戻さねば…」


石川 「私に一計がございます」


家康 「数正(かずまさ)、申してみろ」


石川 「奥平は表面上は武田に属しておりますが、

   徳川に心を寄せる者がほとんどでしょう」


家康 「そんなことは分かっている、今川から独立後、

   我らは助け合って、この三河を守ってきた」


石川 「はい、野田城の菅沼定盈(さだみつ)が武田に抵抗したのも、

   今川や武田の支配ではなく、

   徳川との関係を望んだからでしょう」


家康 「我らは今川の圧政に苦しめられたからな」


酒井 「して妙案とは」


石川 「実はですな…」


家康 「な、なんと、わしの亀姫を、奥平の若が慕っていると!」


酒井 「まことなのか?」


石川 「あれは、織田の要請で姉川に出陣のおり、

   奥平衆も岡崎城に参りました」


家康 「覚えておる」


石川 「奥平の若が来るということで、私も待っていたのですが」


酒井 「確か初陣だったな」


石川 「はい、そのとき亀姫と合い、しばしうっとりするのを、

    それがしは見ました」


家康 「なるほど、亀姫を奥平の若にやるということか」


酒井 「しかし、亀姫さまならば、もっと良い縁談があるかと…」


石川 「ここは試案のしどころです。

   今、武田の勢いはすさまじく、とても太刀打ちできません」


家康 「わかっておる」


石川 「奥平をはじめとする山家三方衆、これを取られたのは、

   岡崎の首元に刃を突き付けられているようなもの」


酒井 「確かに」


石川 「奥平の心をつなぎ留めておくには、姫との縁談を進めるしかありません」


家康 「むむ…それしかないか」


酒井 「殿、縁談の話いいかもしれません」


石川 「今は武田の新たな城ができたばかりで、警戒厳重のはず。

   時期を見計らって、進めましょう」







   





















    



















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