強右衛門の登場


馬場 「あれが亀山城か」


室賀 「はい、このあたりは奥平氏が治めております」


馬場 「奥平といえば、徳川との繋がりも深いと聞くが…」


室賀 「はい、各地を転戦しております。

    とくに姉川の戦いでは相当の武功を挙げたようです」


馬場 「我らの勢いが強く、一時従ったというわけか」


室賀 「武田の力の前に屈するしかなかった、

    というところでしょう」


馬場 「奥平の兵数は」


室賀 「500から600と」



一行は周辺を見回る。



馬場 「この道はどこに続くのだ」


室賀 「左に曲がれば岡崎に」


馬場 「そうか、岡崎まではどのくらいだ」


室賀 「朝早くでれば夕方には着きます」



街道沿いの、ひとつの小さな山を指さす。



馬場 「城を築くのはここだな」


室賀 「街道の真横ですね、監視にはもってこいです。

    ただ、小さな山なので、防御力が…」


馬場 「案ずるな、強固な城を築いてみせよう」



馬場はぐるっと山を回る。

いくつもの山城を築いてきただけに、

山を見れば、城の完成した姿が頭に浮かんでくる。


その小さな山には「お宮」があり、そこで水を飲む。

飲料水の確保も問題ないだろう。


3分も登れば、山の上にでた。

そこからは、亀山城も見える。

目と鼻の先という距離・近さだ。




そんな様子は、亀山城からも見えている。

ただ、武田の馬場信春一行への遠慮もあり、

見ているだけであった。


頃合いを見計らい、亀山城から迎えが来る。




馬場一行は亀山城に入り、奥平の親子3代と顔を合わせる。

奥平貞勝(さだかつ)貞能(さだよし)貞昌(さだまさ)

貞昌の顔には幼さが残る。



貞勝 「武田さまの右腕と言われる馬場さまにお出でいただけるとは」


貞能 「恐悦至極にございます」


馬場 「城の普請に参ったのじゃ」


貞勝 「城といいますと、どのあたりに」


馬場 「さっき見たところが良さそうだな」


貞能 「どのあたりでございましょう」



そういうと、立ち上がった馬場は城の外を指さす。



馬場 「あそこじゃ」


貞勝 「あそこは小さな山ですぞ」


貞能 「山といっていいいか…」


馬場 「反対か」


貞勝 「いえ、そうではございませんが、武田さまの城が、

   あれほど小さな山でよいものかと…いや、驚きました」


馬場 「奥平衆からも人を出してほしいのだが」


貞能 「かしこまりました。すぐに手配いたします」


馬場 「明日からじゃ」


貞能 「あ、明日でございますか」


馬場 「無理か」


貞能 「いえ、承知いたしました」



翌朝6時には、大勢の人が亀山城に集まってきた。

皆、作業着、手には鋤や鍬が握られている。

どこから見ても、農夫である。


奥平の動員兵数は500ほどであるが、

そのほとんどが、普段は田を耕す農民である。

だから、農夫に見えるのは当然だ。



貞勝 「皆、ご苦労」


貞能 「武田さまの城が早く完成するよう励んでくれ」



そう送り出すのだが、皆の足取りは重い。



兵  「なんで我らが亀山城の目と鼻の先に城を作るんだ?」


兵  「決まっておるだろう、我らを監視するためじゃ」


兵  「くそ、武田に協力なんてしたくないわ」


上役 「おい、声が大きい、そういう話は小声でしろ」



兵だけでなく、上役も不満が顔に出てしまう。

武田軍の猛烈な強さに従うしか選択肢はなかったが、

自分たちの城の目の前に、監視用の城が作られるのは、

あまりにも露骨ではないか。


それくらい、距離が近いのだ。


亀山城を出発して10分、現場に到着。

そこには馬場信春が待っている。



馬場 「奥平衆、朝早くからご苦労」

   「私が城作りを任された馬場である」



一同、武田の馬場信春の名を知っているが、見るのは初めてだ。

(これが武田の筆頭家老、馬場信春か…)

(きっと、おそろしいに違いない)



馬場 「この山を、城に作り変える」

   「本国甲斐から城作りの一団がくるまでひと月」

   「それまでにここをハゲ山にしてほしい」


一同 (1か月かぁ、こりゃ大変だ)


昌能 「皆の衆、力を合わせて頑張ろうぞ」


一同 (お、おお)


馬場 「よし、それではいざ!」


甘利 「あ、馬場さま、この城の名前を」


馬場 「そうだった、城の名前は…

    ここに古いお宮があるので、この城は古宮城と呼ぶ。

    ふるいおみや…だから、ふるみや城だ」


一同 「古宮城…」


甘利 「では、まずは木の伐採から始める」


初鹿野「10名一組になってくれ、持ち場はこの図の通りじゃ」


馬場 「さア、がんばってくれ」



300名が持ち場に分かれ、伐採を始める。

小さな山の至るところで、コーンコーンと音が響く。


木を倒し、切り分け、運搬する作業は、案外時間がかかる。

根も深い。

小山といっても、木は全山を覆う。

(いったい何本あるのやら…)

かなりの重労働だ。


自分たちの田畑を作るなら、苦労とは思わない。

自分たちの山城を作るなら、喜んで木を切ろう。

でも今は武田の城の為に木を切る。


わかっちゃいるが、気が乗らない。


ときおり武田の監視役が来て、

様子を見られるのもイヤなものだ。


すぐに昼となった。



甘利 「おーい昼だ」


初鹿野「休息の時間じゃ」



皆々、握り飯をほおばる。

肉体労働のあとの握り飯はうまいが、

これだって奥平から出しているコメだと思えば、

どうしようもない感情がわいてくる。

(武田に負け、屈服したのだから仕方がない)

そう、仕方がないのだ。



甘利 「おーい、時間だ」


初鹿野「作業に戻れ」



日が傾きかけてきたころ、

馬場が現場を見回った。

ある1班の持ち場だけ、多くの木が取り除かれている。


馬場はその様子をしばらく見ていた。

そして、奥平昌能(まさよし)に班長はだれかと聞く。



昌能 「あぁ、これは鳥居強右衛門の班です」


馬場 「奥平の武士か」


昌能 「武士ではございますが、普段は農業をしております」


馬場 「武田も同じじゃ、皆普段は農民よ」



次の日も、鳥居の班は作業ペースが速い。

そして、強右衛門を中心に楽しそうに作業をしている。



鳥居 「おいシゲ、もっと腰を入れろ」


シゲ 「昨日がんばりすぎて、腰がいたいんじゃ」


鳥居 「奥さんと夜に使ったからじゃろ」


シゲ 「ばれたか」


一同 「ははは」


ケン 「いてててて」


鳥居 「おいケンゾウも腰が痛そうだな、どうした?」


ケン 「おれだって夕べ使ったんじゃ」


鳥居 「何言ってんだ、ケンゾウは一人身じゃろ」


ケン 「ふん、言ってみたかっただけじゃ」


鳥居 「悪かった、悪かった、冗談だよ」



強右衛門(すねえもん)は現在の豊川に生まれた。

どういう流れで作手の奥平氏に仕官したのかはわからない。


この土地を気に入り、奥平に仕官後、妻(ゆき)と出会ったのか、

それとも、

妻(ゆき)の美しさに惚れ、奥平に仕官することになったのか、

彼はこの部分を「昔のことで忘れた」と言わない。


彼も31歳になり、子はふたり。

夫婦仲は良い。



鳥居 「ただいま」


ゆき 「おかえりなさい」


鳥居 「今日は暑かったから、くたくただよ」


ゆき 「武田さまのお城作りも大変ね」


鳥居 「でもな、馬場さまっていう城作りの名人がきてるんだ」

   「その人の城作りを近くで見る機会なんて、めったにないだろ」

   「体はきついけれど、ついつい張り切ってしまうんだ」

   「まぁ、俺たちは木を切っているだけだけど」


ゆき 「楽しそうに話すのね」


鳥居 「馬場さまは、あの山本勘助から城作りを伝授されたそうだ」

  

ゆき 「その名前なら、私も知ってる」


鳥居 「おれはさ、武田に負けてくやしいのだけれど、

    敵から学ぶこともあると思うんだ、それが今の城作りだと思う」


子供 「おとーちゃん、風呂入ろ」


鳥居 「おー、一緒に入ろう」



3週間後、木を切る作業が終わり、

次は石を取り除く作業だ。

かなり大きな石もあり、これまた重労働。


その中でも鳥居の班は、

せっせせっせと、根や石を取り除く。

やらされているのではなく、進んでやる。

見ていてもわかるほど、楽しそうにやる。


作業が終わり、家の前で泥をぬぐっていたところ、

ふと馬場信春が、鳥居の前に現れた。



馬場 「強右衛門とやら、これを奥さんにやれ」



そういうと、馬上から風呂敷に入ったものを渡した。



鳥居 「なんでございましょう」


馬場 「近ごろ甲斐で評判のよいものだ」


鳥居 「ありがとうございます」


馬場 「黒蜜がはいっておるから、それをかけて食べるんじゃぞ」


鳥居 「わかりました、でもなぜそれがしに」


馬場 「頑張ってくれているからだ。

    奥平衆の多くは、そりゃ不満もあるじゃろう…

    そんな中でも、頑張ってくれる者があれば、

    他のものも体を動かさなきゃ、という気持ちになる」


鳥居 「私は馬場さまの城作りが早く見たいだけです」


馬場 「城作りが好きか、そうか」


鳥居 「はい、あの山がどんな城になるのかと楽しみで」


子供 「おとーちゃん、これだれ?」


鳥居 「こら、馬場さまになんて失礼なことを、申し訳ございません」


馬場 「そちの子供も元気でけっこう」

   「ははははは」



ハゲ山になったところで

いよいよ「縄張り」作業が始まる。


「縄張り」とは、縄を使って

陣地の設計図を作っていく重要な作業である。




































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