鮮やかで、眩し過ぎる



「…………」



涙を拭いて、美容院から出る。

ただ、自分の弱さだけが嫌だ。


くすんだ視界。

何もかも投げ出して、消えてしまいたい。



「……帰ろう」



でもそんな事は出来ない。

それをしてしまったら、家族はきっと悲しむから。


俺に出来る事は、もうない。

何もないんだ。

未来の事など分からないが、次の日曜日は最悪だろう。



「……」



――「見てよアレ」「ヤバ」



電車の中、派手な見た目のグループからの声。

今だけは、それがありがたかった。

弱い自分への罰と思えたから。



《次は●×駅、●×駅》



でも、そんな声もすぐに興味を無くして消える。


やがて着いた最寄り駅。

ふらふらと、そのまま帰路につく。



「……あーあ」



俺は一体、何のために美容院まで行ったんだろう。

そもそも、何のために変わったんだっけ。


ああ……如月さんに何も覚えられてなかったからだったか。


今じゃ家に泊まりにいくぐらいに仲良くなった。あの頃の俺に言えば、失神ぐらいはしてしまうかもしれない。



「せっかく“変われた”と思ったのにな」



その声は、暗い新月の夜に消える。


出来た新しい友達。

出来た楽しい思い出。


このまま、“変わる”ということは、自分にとっては良い事続きなんだと思い込んでいた。

そんな事は全然なかった。

大事だった家族を、悲しませてしまったわけで。



「……なんで、なんだよ……」



だからこそ、腹立たしい。

どっちつかずのこの世界が。

どうしようもない、答えのない選択肢が。


そして、その上で決めたはずだったんだ。

掲示板からも離れた。

無理やり終わらせた。


黒に戻す。

家族が知っている自分に、少しでも戻れるようにって。



「……なのに、なんでだよ……!」



夜道。

家には帰りたくないが、帰らないと補導される。

警察の人に迷惑はかけたくない。


速足。

散歩はメンタルに良いとか言うが、今日に限っては嘘だ。

歩けば歩くほど、今日の自分の選択が嫌になる。


到着。

慣れ親しんだ、“親”のおかげで住めているタワーマンションが見えた。

そして、見えたのはそれだけじゃなかった。




「……あ……」




白色のブラウスに桃色のカーディガン。

少し長めのショートカット。

身長が、俺より10センチぐらい高い女の子。



「……初音さん」




今。一番会いたくない人だった。



「……えっと……」

「どうかした? 連絡は……してないよね」



何でもない様に、彼女に疑問符を投げかける。

携帯の通知には何もない。


だからこそ、不思議ではあった。



「……ことばにすると変だけど~。その、ちょっとした迷信、みたいな」

「??」


「いっちにメッセージ送ったら、いっちに悪い事起きちゃう気がして……」

「え」


「あはは。だから、あえて何も連絡せずきちゃった」

「……何だそれ」



笑ってそう言う彼女。

一体、いつからそこに居たのか分からない。



「あっ。学校終わってからずっとここ居たわけじゃないよ?」


「20時前ぐらい……柊さんから連絡来て。そこからかな?」


「大丈夫だから!」



一人でしゃべる初音さん。

何が大丈夫なのか分からない。

柊さんが何を?

意味が分からない。


そもそも、



「その迷信、多分信じない方が良いよ」

「あはは。そうかな~」



悪い事なら、もう起きてるから。


とびっきりの、最悪が。



「……それで、何か用あった?」

「え、えーと。用っていうか……ただ話したかっただけ、みたいな」


「……」

「いや、ほら! 最近色々タイミング合わなかったから!」



本当に、合わなかった。

でも――そのおかげで気付けた。


俺が“黒”に戻る決心が出来たのは、それのおかげだ。



「ごめん、今日は話したい気分じゃないんだ」

「っ!」


「でも……送っていくよ。夜道、危ないから」

「……うん。ありがと」





「……」

「……」



時刻はもう21時過ぎ。

女の子には遅すぎる時間。


そんな中、沈黙がこの場を支配している。

されど、それがありがたかった。


今は何も話したくない。



「……」

「……」



それでも。

彼女にとっては、この沈黙が嫌らしかった。


そわそわとする初音さん。



「……いっち」

「?」


「妹さんとは……どう?」



耐えきれないといった様子で、彼女は口を開く。


最悪の質問だった。



「……仲良くやってるよ」

「うそつき」


「っ」

「いっちのばか……なんで、相談してくれないの」



足を止める彼女。

相談? 相談してどうなるんだよ。


家族の事だ。

これは、俺と二奈と両親の問題だ。


初音さんは優しいから、きっと俺に味方する。

“虹色”のままで良いって……甘い言葉を掛けてくる。



「ごめん。大丈夫だから」

「全然だいじょうぶじゃない!」


「っ」

「わたしがあの時、あんな格好にさせて、家族に会わせちゃって。きっと、“昔”のいっちを知ってるお父さんとお母さん、妹さんはショック、だったんだよね」



たどたどしく言う彼女。

ああ。当たりだ。


だからなんだっていうんだ。

初音さんは何も悪くない。

隠し続けた自分のせいだ。



「ああ……そう、だよ」



何も、変わらない。

彼女がそれを“知っている”といって、今の状況がどうにかなったわけじゃない。



「この容姿だけじゃない、新しい趣味とか散らかった部屋とか。全部全部、家族にとってはショックだったよ」


「昔の俺の方が良かった。そりゃそうだよ、“こんなの”だし」


「だから、戻るつもりだったんだ。そうすれば家族とはうまくいくんだから」



俺の灰色の背景を、彼女が知っていようが知らないが関係ない。

どうでも良い。



「いっち……」



俺を“知っている”かのような雰囲気の彼女。

心配そうに覗き込む初音さんを、俺は真っ直ぐ見つめ返す。


どこか、無性にイライラした。


……ああ、もう。

こんなこと――




「初音さんに、何が分かるんだよ」




――言いたくなかったのに。



嫌な男だ。

最低だと分かっていても、その言葉は出てくる。

押し寄せる濁流の様に。


仕方ないだろ。

彼女が、それを引き出したんだ――





「――何も、わかんないよ」




でも。

まるで突っぱねるかの様に、彼女は吐き捨てる。



「……は?」

「わたし……何も知らない。いっちと妹さんの関係も、昔何があったかも。お父さんとお母さんのことも」


「……」

「“今”のいっちしか知らない。“昔”のいっちのこと……わたし全然知らない」

「なんだよそれ」



ただただ、気持ちをぶつけるだけ。

見つめ合っているが、何も通じあっちゃいない。



「それでも、わたしは……っ」




されど彼女は口を開く。


通じ合わないなら、強引にと――





「――わたしは、“今”のいっちが好き!」





その声が、新月の夜に響き渡る。

魂まで届かせるように。




「……な……んだよ……それ」



どうして。

なんで今、そんなこと言うんだ。



「……そんなこと……俺だって、そうだ……!」



留めていた何か。

あの時、黒に染められなかったのはどうしてか?


簡単だ。

大切だったからだ。

“虹色”の自分が。

仮初の、安価で決めた己だっとしても。


手放したくなかったんだ。



「……じゃあ、そのままで居てよ」

「っ」


「わたしは今のいっちが好き。いっちも、今のいっちが好き」

「だから、家族が――」



まるでダダをこねる子供。



「――来て!」



だからか、彼女はまるで子供の手を取るように。



「……は? ちょっ!」

「良いから!」



訳が分からない。

気付けば、彼女に手を繋がれて走り出していた。


一秒。十秒。一分――どれぐらいかは分からない。


理解不能のまま。

ただただ、彼女に連れられ向かって。




「「……はぁ、はぁ……」」



息切れが両者を襲う。

辿り着いたのは、今や見慣れた如月さんの家。



「な、なにを……」

「こっち!」



そのまま、彼女は玄関へ。

インターホンが押され、合図かの様に鍵が開いて。


そのまま、なすすべなく家の中へ――




「――え」



そして。



「連れてきたよ!」



見慣れた照明が、“彼女達”を照らしていた。



「一君!」



小さな、長い前髪の彼女。



「とーまち、さっきぶり☆」

「だな」



夕方ごろ、遊んだ派手な二人。



「東町君、待ってたわよ」



俺の高校、初恋の人も。




「……なんで、皆がここに」




“今”を象徴する、俺の大事な友達がそこに居た。



「言えなかった事を言いに来た」

「ぼ、僕もです……」


「でも遅くなりそうだったから、私の家で待ってたのよ。桃が連れてきてくれるからって」

「あの美容院の電話、間に合ったみたいだね☆」



……美容師さんを呼び止めた着信は、彼女だったようだ。


でも、どうして?

なんで今。



「え、えっと……ぼ、僕から……」



分からないうちに。

それが、口々を開いていく。



「僕は……やっぱり、虹色の一君が好きです!」



次々と。



「リオも! 見てて面白いし!」

「アタシもだ」



俺に、真っ直ぐ目を向けて。



「私も好きよ。もう東町君は、虹色じゃないと落ち着かないわね」



四人。

突っ立ったままの俺に、容赦なく告げていく。



「お、お父さんとお母さん、あと妹さんで三人だから……」


「リオ達で“五人”! 人数で言えばリオ達の勝ち!」

「な」




自信満々で言う彼女達。

……そんなフザけた理屈が、通るわけがない。



「っ――」



そう言おうとしても声が出ず。


鮮やかで、眩し過ぎる。


そんな彼女達に圧されてしまって。



「……ああ」



そして知る。


怖かっただけなんだ。

家族に、この姿を見せる事が。

全てぶちまけて、知られて。

“今”を否定されるかもしれないって。


黒にすれば、否定されることもないから――



「――そう、か」



“変わる”事には痛みが付き纏う。

俺はそれを、子供のように怖がっていただけだ。


妹を泣かせてしまったのは、そんな俺の弱さからだ。何も言わず、何も説明せず。ただ不安だけ増幅させた俺のせいだ。


独りよがりで、独りで考えて。

それがあたかも正解の様に思い込んで!



「いっち?」



響く彼女の声。


さあ言えよ、自分。

ここまでしてくれる彼女達に。


応えてみせるんだ。

今こそ、腹をくくる時だろうが!




「ありがとう。みんな――」





前を向け。


背筋を伸ばして“今”を見ろ。


この、かけがえのない友達と一緒に。




「――三対五なら、“五”につこうか!」




この“虹色”で、家族に向き合うんだ。





















「――いちにー!!!!!」

「ゴフッ(会心の一撃)」


「わ、わぁ」

「ロケットみたい☆」

「大丈夫か……?」


胸に掛かる衝撃。

どうやら、三対六だったみたいだ……。



「(瀕死)」

「いっちー!」



その前に死んじゃいそう!


















▲作者あとがき


これにて本章は終わり。

上、下編と続いていますが、もうすこし家族編は続きます。次回以降はイッチが死ぬほど頑張る予定。


作者のリアルが落ち着きしだいどんどん書いてどんどんアップしていきたい(願望)。


いつも応援ありがとうございます!!

それでは!

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