宇宙開発の行末
結騎 了
#365日ショートショート 310
宇宙開発競争は激化の一途をたどっていた。
各国の緊張感が高まるにつれ、無尽蔵に桁が投じられていく国家予算。いくら技術の発展が軍事に転用できるとはいえ、エス国の博士は強い危機感を覚えていた。
「このままでは国の体力が保たない。宇宙開発が加速するほど国が貧しくなってしまう。しかし、もし開発を止めたら他国に先を越されてしまう。ティー国に潜り込んでいる我が国の諜報員によると、あの国は月面調査まであと僅かというではないか。ああ、どうすればいいのだ」
その時、研究室に光が降り注いだ。
「蝨ー逅?ココ繧」
「なんだこの声は。耳からではない。頭の中に響いているようだ」
「縺昴?騾壹j縲ょッ溘@縺後>縺?↑」
「ま、待て。察するに、これはとうに人智を超えている。きっと他星からの交信だろう。私の国の言葉で話せないのか。それくらいの技術はあると見た」
不思議な声は鳴り止んだ。かと思えば、聞き取れる言語が脳に流れ込んでくる。
「聡いな、地球人よ」
「おお、この声は。まさか宇宙人か」
博士は思わず立ち上がり、目を輝かせる。
「君たちの言葉を借りるなら、その通りだ。最近、この地球という星では宇宙進出が盛んに議論されているというではないか。その実態を探るため、内情を知る生物とコンタクトを取ったのだ。それがたまたま、君であった」
「確かに。各国の威信をかけて、宇宙開発は激化している」
「ふふふ。しかしねぇ……」
「おい、なんだというのだ」
含みのある声に、博士は顔をこわばらせた。この宇宙人は何を伝えようとしているのか。
声は語る。「宇宙へ進出するということは、物理的にそこへ到達できるための速度を操るということ。そして、速さとはつまり時間のことだ。君にそれが分かるかね」
「もちろん、理論は理解できておる」
「よろしい。君たちよりはるかに発展した我々の宇宙技術は、遂に時間を操る領域にまで達している。つまり、未来を知れるようになったのだ。だから、先ほどはつい笑ってしまったのだよ」
未来を知れる……。博士は目を丸くした。しかし、不思議と説得力がある。きっと、彼、あるいは彼女の言っていることは、真実なのだろう。
「分かったぞ、宇宙人よ。つまり地球人の宇宙進出は失敗に終わるのだな。このままそれが成し遂げられることはないと、あなたは知っている」
「やはり聡いな」。声は感心の声色を見せた。「その通り。果たせない目標に向かって努力する非効率な生物の生態を調べるのが、私の目的だ。君たちはまだまだ、宇宙に出られる器ではない」
博士は黙っていた。名も知らぬ宇宙人に唐突に馬鹿にされ、怒りに手を振るわせていた。しかし、これはむしろ……「では聞こう、それはどれほどの未来だ」
「ほう」
「どこまで先の話だと訊いているのだ」
「まあ、ざっと百年だと言っておこう。もちろん、君たちの単位でだ」
「ありがとう。それだけ分かれば十分だ。もう私の頭から出ていっていいぞ」
口元を緩ませた博士は、程なくして研究室を後にした。
ティー国の諜報員は、血相を変えて上司に無線を送った。
「大変です。エス国が有人月面旅行を半年以内に達成するとの情報が入りました。もう一刻の猶予もありません。我々も更に予算を投じるべきです」
宇宙開発の行末 結騎 了 @slinky_dog_s11
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