第22話 手立て
結弦たち天野家を、紅たち灰屋家を、頼れば頼るほど当然、一族からの風当たりはきつくなる。
『それでも構わない』
『そんなん、かまへん』
結弦たちは、そう口をそろえてくれる。
けれど、正しさや秩序を前に、抜け出た一歩は確実に、優しい彼らを追い詰める。
その度に立場が悪くなっていく様を、これまでいやというほど体感してきた。
辰巳としての役割と、俺の意思が相反して、心がねじ切れそうだった。
だから、自分から距離をとった。…ごめん。
俺は、治癒力を受け継ぐ辰巳家当代だから、どんな我儘も許される?
いや、違う。
これ以上の我儘は、俺の甘さは、自分で拭って突破できなきゃ、意味がない。
でも、その手立てがない。
いつもここで息詰まる。
どれだけ努力しても、圧倒的に力が足りない。
救えない。
正しさを貫くならば、全力で治療することすらままならない。
それでも…!
仕方ないと、諦められない。
俺にもっと、力を!
誰かもっと、圧倒的な力をくれよ!!
朝方、ナオは浅い夢を見ていた。
今と昔を交互に行き交い、走馬灯のように場面が瞬時に入れ替わった。
結弦と受験勉強した夏の図書館、銀色の折り紙で作ったティアラ、ばあちゃんが死んだ日の名残り雪、凛とした当主の瞳、血のついた結依の袴、そして、黒髪がなびく華奢な後ろ姿…
「ナオ~、逆立ちばっかしてないで、こちらに来なさい」
少ししゃがれた声の主が、16歳になったばかりのナオを呼んだ。
袴姿でグレーヘアー、優しそうな笑いじわが刻まれた老人、今は亡き結弦の祖父•佐吉が、本家道場の戸口でナオを手招きした。
ナオは身体を回転させ、素足でタタンッと足をつくと、佐吉の元へ駆け寄った。
「佐吉さん、どうしたら、もっとバーンと力が出せるようになる?」
ナオは佐吉を見上げて、唐突に聞いた。
中学生であるナオは、佐吉の肩ほどの身長だったが、態度だけは一丁前で、毎日結弦から注意を受けていた。
「辰巳の技以外、習得する気ないんか、お前は…。段々にしか、できるようになっていかんよ」
佐吉は、少し呆れた顔をしたが、いつものように優しく言い聞かせた。
「こんな、ちまちました修行じゃなくてさ、結界とか言霊とか、できなくてもいいから俺、伽奈のこと治したいんだよ。いつになったら、できるようになる?」
「そんなこと、分からんなぁ~」
焦る様子のナオに、佐吉はのんびりと答えた。
「分からんて…。一年後には絶対できるから頑張れ、とか言ってよ」
「そんなこと言えんなぁ。じいちゃんなだけで、神様じゃないよ~。当主だって、そんなこと言えんわ~」
佐吉はかすれた声で笑ったが、ナオは苛立つように両手で横髪をつかんだ。
分かっていても、焦りが先走る。一分一秒が惜しかった。
心身を鍛える、基礎的な修行を繰り返す日々に、ナオはたいした意味を見いだせないでいた。
「俺の家は、治癒力の専門家なんだろ? もっとさ、奇跡みたいな力が欲しいんだ。先代のばあちゃん超えるようなさぁ」
「辰巳の家は、いっつも大きなもんを背負うなぁ」
「天野も、灰屋同等の結界師でしょ。そんなん、同じだよ」
ナオは強い口調で言い返した。
「同じもんか。結弦と俺でも、全然違う。段々、と言ったろ? なにかを実現したいと思ったとき、その可能性は、成長の先にしかない。成長は、なだらかな曲線ではなくて、段の形状を描く。しかも、一段上がったらずっと踊り場。進めていないんじゃないかと疑う。だから苦しい。違うか?」
佐吉の言葉に、ナオは唇をへの字に曲げ、反抗的な瞳を向けた。
「そんなん、俺はずっと…!」
「ナオ、聞きなさい。お前は、よく頑張ってる。伽奈を治せなくても、その過程で得ていものは、ずいぶんと大きいはずだよ」
佐吉は、シワだらけの右手で優しくナオの頭に軽く触れたが、ナオは激しく左右に頭を降った。
「違うんだ! みんな、俺の力ありがたがるけど、治った人は、辰巳の介添えなんかなくても治る。辰巳…俺じゃなくても!」
ナオの表情は真剣そのものだったが、逆に佐吉は面倒そうに首を傾けた。
「はぁ~、イヤになるよねぇ~」
「…?」
「結界師は、奪われないように身を挺して護る。だから、傷つく。その傷を辰巳が治す。また治った者を奪われないように護る。その繰り返しだねぇ」
佐吉は遠い目をしてつぶやいた。
「佐吉さ~ん、もうすぐ天国行きそうなこと言わないで~!」
「ナオ、一人で抱えるのはやめときな。疲れてしまうよ。結弦もそう。二人して、俺が俺が~て、暑苦しい。もっと周りに頼りなさいな。結界できちんと身を護れば、傷つく者は減る。ほら、治す人減るから、辰巳も楽できるわけよ~」
「俺はっ、楽がしたいわけじゃねぇ! 俺は…!!」
ナオは、そこでハッと目が覚めた。
「俺は…」
ナオは肩で息をしながら、暗闇でうっすらとしか見えない、自分の両手を見つめてつぶやいた。
―俺は、もっとおっきな光で、伽奈を治すんだ!!―
夢と現実の、口の動きが完全に一致している感覚があった。
「…光?」
(これ…。このタイミング…。まるで導かれてるみたいな…? 考えろ。逃すな。偶然じゃない。何かある。確実に、繋がってるはずなんだ)
ナオは布団から勢いよく起き上がり、結弦の横に、あぐらで座った。
背筋を伸ばして目を閉じ、ふぅ~と大きく息を吐いたあと、眼光の強い目を開いた。
「結弦、勝手して悪いな」
ナオは言うと、両手を胸の前で合わせ、二本指を残して組むと、一つひとつ、手順を丁寧に追うように、結弦に治癒術をかけていった。
次元解放〜ナオの物語〜 kei @kei_mizki
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