晴。
晴。白い筋雲が漂う。
稲田が、青から黄みがかった色に移っていく。
空気が、少しずつ質量を減らしている。
市内の放送が響いた。
商工祭の知らせが、私の耳にも届く。
パソコンを閉じた。
液晶が、黒く私を反射する。
「あや子」
名前を呼ぶ。
子供はテレビから、視線をこちらへ向けた。
目は合わない。
けれど近くには寄ってくる。
靴を履かせる。
大きな公園へ行く。
緑の丘がある公園。
商工祭。どんなものだか忘れてしまった。
行ったことがある、という記憶は残っている。
数年、開催されていなかった。
屋台が並ぶ。
工芸品の小物類が売られている。
大人はそちらへ向かう。
公園の端。とってつけたような遊具。
子らはそちらへ向かう。
まだ空気は温度が高い。
子供も、顔をほてらせながら遊ぶ。
私は、屋台のひとつに目を向ける。
見知った顔があった。
近所の帽子店。その社長。
代替わりをした若い男性。
店を傾かせたことで、有名だ。
屋台で、麦わら帽子を売っている。
若社長が、店先に立っている。
一つ、手に取る。
ペンギンの顔がついた、珍しいデザイン。
小児用。
くる、と裏地を見る。
あ。
ぱちり、と私は瞬きをする。
瞳が映したのは、古い景色。
大きな手。かぶせられる麦わら帽子。レンズが向いた。
あの日も、確か。
空を見上げる。
鬱陶しい青だと思っていた。
別の感情が加わった。
きゃっきゃっきゃっと遠くで子供の声がする。
私は今に引き戻された。
そうか、子供はああやって笑うものなのか。
「あや子」
振り向いた。
汗で、細い髪の毛が張り付いている。
子供に、麦わら帽子をかぶせる。
サイズは、ぴったりだった。
手を伸ばす。
ちっぽけな手。
小さな手は、握り返してくれた。
夏。麦わら帽子。 染谷市太郎 @someyaititarou
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