なまやけ定食
最上仮面
本文
「僕をハンバーグにして食べてくれないか」
彼は私に淡々と告げた。12時を告げる鐘が鳴る。カミングアウトというべきその発言に私は頭を抱えることしかできなかった。
「性癖?」
私は訪ねた。
「否。対象者が君だと僕の欲は満たされない」
さらっと酷いことを言葉が返ってきた。
彼との付き合いは15年にものぼる。隣の家に住み一緒に学校に行くいわば幼馴染という間柄だ。しかし15年の中でこのような頓珍漢な発言をしたことは一度もなかった。
「そうだな。耳は軟骨だからつなぎにでも使えばいいんじゃないか?」
彼の戯言は続く。
「あぁ、ハンバーグにして食べて欲しいと言ったが小麦粉とかは使ってはいけないよ」
どこかに頭を打ってしまったのだろうか。と思い
彼の瞳を見つめる。真っ直ぐな迷いのない眼をしていた。
「僕を食べる前に君には一つお願い事があるんだ」
私が彼を見つめている間も彼は止まらない
「一緒に肉切り包丁を買いに行こう、解体は君に任せたいけど罪には問われるのかな?」
いつもとは違う少しだけ辿々しい、だけどいつもよりやけに大きな声で私に話しかけてくる。彼に何か幽霊でも付いたのかのように。
「バカなことをぬけぬけと吐かすな」
私はため息をついた。
隣にいるこの変人、幼馴染はピアノの才能に秀でており全国でも名を轟かせている。がその中身は真面目で勤勉で冗談を許さない石頭だ。
そんな勤勉で生真面目で石頭がなんでこんな常識外れのことを願ってくるのか理解ができない。
「お前どうしたんだよ。前まで冗談言うような奴じゃなったじゃないか」
ホームセンターに歩みを進めている途中、私は彼に尋ねてみた。彼からの返事はない。前を見つめる彼に私は首をかしげることしかできなかった。
高い天井。無数に並ぶ葉物。私たちはホームセンターにある刃物コーナーへと歩みを進めていた。彼の眼は輝いている。
「これとかどうだろうか?」
そう言って取り出したのは刃が四角になっているいわばナタのようなものであった。
私は何も口にすることができなかった。
いつもと変わらない帰り道。少しだけ彼と話してみることにした。
「お前、心療内科とか受診したか?普通にめっちゃ心配してるよ。私」
彼は私の言葉を遮って震える声で語った。
「僕はどこもおかしくない...昔も今も変わっていない。自分の言っていることを理解している。だから僕の意図を汲んでくれよ...」
私の家に到着し暫くが経つと、やがて彼が立ち上がる。
「僕は君を信頼してる。頼む。」
そう一言だけ告げて私に刃渡り6フィート程の刃物を差し出してきた。
息を吸って吐く。これはきっとため息か。
「可食部もそんなに無い癖にさ」
沈黙は古い血の味がした。
彼が居なくなった初めての休日。彼の母親が家を訪ねてきた。
「息子の姿が無いんです」
と。
私は彼の母親を自分の家に招いた。
お茶を淹れる。
「気を使わなくて良いのに」
なんて上品を気取る態度が少し気に食わなかった。
「家出でしょうか?貴女なら何か知ってるかなとか思って」
私はそう言った幼馴染の母親の座るテーブルに一つのハンバーグを出した。
「お母様。貴女がお腹を痛めて産んだ子ですよ」
その時の母親の表情をよく覚えている。現実を受け入れられないというかそんな顔。ハンバーグは小麦粉、塩を使っていないせいか全体的に身がボロボロになっている。
湯気がほんのりたっており、脂の匂いが鼻をくすぐる。見た目は少しだけ崩れたハンバーグだ。
「生前。息子は死ぬのなら誰にも痕跡が残らないように死にたいと言っていました」
彼の母親はハンバーグに手をつけないまま俯いている。が、話は続いた。
「息子はピアノが弾けなくなったんです。耳を悪くして。あの子にとってピアノは自分の全てでしたから」
そう言葉を残し、彼の母親は逃げるように私の家から立ち去った。
テーブルに残ったのは一つのハンバーグと付け合わせのにんじんだけ。私はナイフを手に取る。
「粘土のような味がする」
口に残るのはまだ、充分火の通っていないのハンバーグの味だけだった。
なまやけ定食 最上仮面 @mogami_kamen
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます