第11話 フラクタルな彼女①
「身体……あぁ、臓器。なるほどな、確かにそれなら割に合う。だが、良いのか? 返せないと分かった瞬間、俺はちゃんと取り立てる。見ず知らずの他人のためにそんなことをして」
「構わないわ。それより処置をするなら早くして、時間が無い」
「言うようになったな、あぁ、分かった。行くぞ、ついてこい」
山吹はお姫様抱っこの要領で、少女を抱え上げるとゆっくり歩き始めた。
歩き始めてから五分くらい。
「アレが俺の車だ、乗るぞ」
と指差した。
海岸沿いに一台車が停まっていた。アウディRS6か。黒の外車……こいつらしい。闇医者の癖にこんな目立つ車に乗ってるのか。
「乗るならもっと地味なのに乗りなさいよ。警察に捕まっても知らないわよ」
「問題ない。俺は闇医者。別に薬物を運んでる訳じゃない。車内を探しても何も出てこねえよ。それに大半はこいつを見せて、緊急のオペがあると伝えれば終わりだよ」
「こいつ?」
後方座席の扉を開けて少女を横に寝かせると、こちらに一枚の紙を見せてきた。
「医師免許証のコピー?」
「あぁ、偽造だが。あとは顔写真だけ変えた他人名義の運転免許証を見せれば納得だ」
「そこまでするって準備良すぎない?」
「緊急時に捕まることがあるからって言えば納得するんだよ。早く乗れ」
「えぇ」
言われるままに乗り込む。若干煙草くさい車内。だが、ゴミなども落ちてなく、案外綺麗だ。
「空き缶とかはこれで運ばないの?」
「馬鹿言うな。車は男のロマンだよ。ゴミなんか乗せるか」
「ロマン……ね」
女の私にはよく分からない単語だな。ポカンと空を見上げていると、深いエンジン音が鳴り出した。
「何、馬鹿みたいな顔してるんだ。お前も俺と同じ人種だろうが」
「同じ人種って」
失礼な事を言いやがる。私は一切、黒いことには手を染めていないはずだ。
……いや、そうでもないか。
「このえにどんな顔すりゃ良いんだろ」
ボソリと呟いた。山吹が何も言わないから、きっと聞こえなかったのだろう。
山吹の病院はここから車で十分くらいの所にある。
その間、後部座席で横たわる少女を気にしながら、後は外を眺めていた。強くなってきた雨を車窓から。パステルカラーの傘が通りを埋め尽くしている。夏休み中の学生だろう。私と同じくらいの年代の子達がメロンフラペチーノ片手に写真を撮っていた。最近流行ってる奴だ。雑誌の特集記事を書いた記憶がある。ま、全部想像で書いたが。
「羨ましいのか?」
「……別に」
「ま、それが一番だな。別に食わなきゃ死ぬようなものじゃない」
「羨ましくないって言ってるでしょ、それより急いで。当たり前だけど、助からなかったらさっきの約束もチャラだからね」
「分かってる。それに安心しろ、もう着いた」
カチカチと左にウィンカーを散らすと、地下駐車場へと入っていく。
「地下一階と二階は普通の駐車場だが、実は三階まである。入るにはちょっと勇気がいるけどな」
「勇気?」
「まぁ、見てれば分かる。ちびるなよ」
「こっちは臓器までかけてるのよ? 今更、ビビる事なんて」
「じゃあ安心だ」
そう言った瞬間、ギュルルルルとエンジン音が鳴り響いた。アクセルを強く踏んだのだろう。外車ならではの重たい排気音。これから地下駐車場に入るんだぞ? カーブしながら下に降りて行くはずのこのタイミングでどうして――。
そう思った時には遅かった。
「きゃああああっ!」
喉仏が外れそうなくらい叫びが上がる。
気づけば時速は二〇〇キロ。メーターがこれ以上、上がらない所まで来てしまってる。しかも――いや、何より片輪が浮いている。なんでこれで転倒しないんだこの車!
「はははっ! 楽しいだろ!」
満面の笑みでこちらを見てくる。こいつ頭のネジをブラジルにでも捨ててきたのか。無論、そんなツッコミをしている余裕が今の私にある訳が無い。
「前見て! 前見て! ひゃあああああっ!」
情けない声しか出てこない。
「安心しな!」
「何が!」
「漫画は××D、映画は××スピードで育ってきたんだ」
「馬鹿ったれぇ!」
「はっはっは! ファイヤー!」
山吹の楽しそうな声が聞こえてきた。
魔法少女の死んだ街 御伽草子ここな @Mono_mee
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