第10話 二人法師の人生⑤
「助からないって……でも、さっき急所は外れてるって」
「弾の方――な。あぁ、そうだよ。他の怪我が酷い。特に腹部。途中で折れているが木の枝が刺さってる。下手すれば臓器移植も……な。まぁ正直、こっちはそこまで大きい問題じゃない。すぐに救急車を呼んで正しい処置をすれば助かる。せいぜい五〇パーセントって所だがな」
「でも、呼ばないでって。あんたにその理由が分かるの?」
「あぁ。むしろ、お前は分からないのか? このご時世、銃――ましてやショットガンなんか持てる人間、限られてるだろ」
「あっ」
目が開く。
そっか、そりゃそうだ。確かに限られてる。その手の輩か、もしくは――。
「「国家」」
山吹と重なるように私の口が動いた。
確かにそれなら、救急車に乗りたがらないのも納得がいく。でも――おかしい。納得がいかないことが一つある。
「……なんでそこまで分かってて、私に救急車を呼ぶように言ったの?」
責め立てるように睨む。
おかしいじゃないか。そこまで分かっていたら普通、他の方法を考えるだろ? 考えなきゃおかしいだろ? 人間なら。
だが、山吹の表情は変わらない。
「――他に方法があるのか?」
と、今度はこちらを睨み返してきた。
「えっ?」
「さっきも言ったが、弾は急所を外してる。偶然か、敢えてかの確証まではないが十中八九、後者だろう。だとしたら殺す気まではないと考えるのが自然だ。救急車に乗せればちゃんと処置は受けられるだろ。十分じゃないか? こいつの希望は叶わないかもしれないが、死ぬよりはな」
それは……確かにそうだけど。
山吹の言う事は何も間違っていなかった。むしろ、私の考えが間違ってる。
でも、本当にこれで……良いのか? いいや、おかしいだろ。
視線を下に向ける。先程までいたはずの猫はどこかへ消えていた。
「……分からないじゃない。たまたま弾が急所を外れたのかもしれない。そもそも急所を外しても多量出血で死ぬことだって。そんな奴らから治療を受けるなんて――」
そこまで言って気づく。いつの間にか、山吹は私の前に立っていた。
「いい加減にしろ、綾崎」
顔を見上げた瞬間。一発、平手打ちが飛んでくる。
パァンと、残響が耳に入った後、自分が叩かれた事に気づいた。涙? 目からうっすら、それらしきものがこぼれてきた。
「お前、要は俺に助けろってそう言いたいんだろ? あぁ、出来るさ。これくらいの怪我。治せる。でもお前、その金をどこから出すつもりだ? まさか、俺に全負担しろとかそんな馬鹿な事は言わないよな?」
「そんなつもりは……」
「つもりはなくてもそう言ってるんだよ。お前の態度が、お前の腐った思考が」
言われっぱなし。こいつ腹が立つ。歯を食いしばって、もう一度。睨み返した。
「えぇ悪いわよ! なんでもかんでも金、金、金! 心があるんなら、いいえ、せめて人間だったら、少しは慈悲ってものがあっても良いじゃない」
はぁ、はぁ、と息が漏れる。こんなに大声を出したのはいつぶりだっただろう。流石に何も言えないだろう。そう思っていた。だが、山吹の表情に変化はなかった。ただ一言。
「――お前を責め立てる奴らも、きっと同じような事を思ってるんだろうな」
静かに言って続ける。
「どう思う? 魔法少女が金を取ってたら、多分お前はここまで責められなかったんじゃないか? 変な話だ。綺麗か? そんな善意が。自分達は何もしない癖に立派に責だけはなすり付けてくる。そういうのが気に食わないんだ。どこを探しても覚悟がない。猫が鳴いたから助けたい? その程度なら救急車で助けられれば十分だ」
そう言うと、山吹はこちらに背中を向ける。
「さっさと呼んでこい。何も間違っちゃいないさ」
さっきと打って変わって優しい声だ。
「……うん」
私も山吹に背中を向ける。
猫が鳴いた程度……か。
言葉が反芻した。間違いない。間違いないけれど――それだけじゃないんだけどな。
何かが見えた気がしたんだ。光というか、希望というか――言葉で言い表せない何かが。でも、じゃあそこに覚悟が持てるかというと話は別だ。
何も変わらない。
自分はもう変えられない。
あぁ、やっぱりダメな奴だ、私。
もう猫はいない。
いいや、言い訳だ。最初から猫なんていなかった。声が聞こえてきたんだ。
助けを呼ぶ声が。
一度、振り返る。少女が倒れている。助けてくれと私に言った少女が。
「……覚悟、か」
それで変われるのか? 私の生活が変わるのか?
ドクドクと鼓動が響く。多分、狂ってしまった。信仰のように――夢を見ているんだ。彼女を助けたら何かが変わる。きっとそんな直感が私を狂わせているのだろう。
ゆっくりと目を開く。視界は広がり、光が輝いている。
もう一度、どこかで猫が鳴いた。
「いくらかかる?」
「……は?」
あっけに取られるように、山吹はこちらを見る。少し馬鹿にしたように、
「そうだな、少なくとも五百万ってところだ。普通の人間でも躊躇する金額だ。お前には出せないだろ」
「そうね、そんな大金持ってないもの。でも百万円なら現金ですぐ出せる。前金ってことじゃダメ?」
「足りねえな。前金だけ払って逃げるなんて珍しい話じゃない。それくらいじゃ信用できないな」
ここまでは予想通り。私はゆっくりと息を吐き捨てた。
「じゃ担保を出す」
「担保って、お前に何がある? 家か? 土地か? 笑わせんな。殆ど国に差押される直前じゃねえか」
「違うわよ。一個だけあるでしょ? 国にも差押えされない唯一の資産が」
そう言うと、親指を自分の胸に差し向ける。気分が良い、笑顔満開で私は一言、口にする。
「——担保は私の身体で良い」
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