第二話 テイラー家とリグレット
その後、衛兵に会場から摘み出され、王子があらかじめ手配していた馬車に詰め込まれたワタクシは、貴族区画にあるテイラー家の屋敷に強制送還された。
屋敷に入るなり、ワタクシに待っていたのは激昂したお父様と、侮蔑したような目線を向けるお母様と長子のルイス兄様。
ワタクシが屋敷に運ばれる前に、王室から事前に通達があったようだ。
「リグレット、わかっているのか?お前のやってしまったことの重大さを」
「お、お父様!ワタクシはテイラー家の令嬢として、学院で恥ずべき行動はしていませんわ!」
「だったら、何故このような結果になる!!」
雷が落ちたかのようなお父様のお叱りの言葉にワタクシはビクッとしてしまい、その後に続く厳しい叱責の言葉にさらに萎縮してしまう。
王室の次に権威のある三大公爵家の一角であるテイラー家の当主として、一族への影響を最小限にしなければいけない難しい対応を前に、お父様はその苛立ちをワタクシに向けているようだった。それも実の娘が犯した罪だ、計り知れないストレスになっているのであろう。
ワ、ワタクシは間違ったことはしていない。何故聞いてくださらないの、、。
その日、散々叱責を飛ばされた後、自室からしばらく出るなと言い渡され、事実上の軟禁状態となった。
自室に戻ったワタクシは酷い疲労からベッドに崩れ落ち、頬を伝わる雫を感じながら眠りに落ちた。
翌日から、テイラー公爵家長姉であるワタクシ、リグレットの立場は大きく変わっていた。
食事を始めとした一家団欒の場からワタクシは外され、一部使用人を除き、誰とも話すこともなくなった。
「屋敷からリグレット様の肖像画や、リグレット様と縁のある物品は全て無くなっています」
数日経ったころ、唯一の話し相手である専属メイドのシリアからの報告で、ワタクシは屋敷では居ない者とされていることがわかった。
ショックだった。お父様やお母様だけでなく、普段からワタクシを可愛がってくれていたルイス兄様にもそのような扱いをされていることに。
心のどこかでは、ルイス兄様だけはワタクシを救ってくれると抱いていた希望も日を追うごとに小さくなる。
今に思えばワタクシが家族から愛されていたのは、王子であるミカエル様の寵愛を受けていたからだろう。軟禁されてから数日後には、そう考えるようになった。
第一王位継承権を持つ若いミカエル様の存在は、他の公爵家を出し抜き、テイラー家が王国の政の実権を握るために必要不可欠な存在だった。
ワタクシが幼い日に婚約が決まった時、両親は、いやテイラー家そのものが歓喜の歌声をあげた。
テイラー家こそが王国の実権を握る貴族になると。
しかし、その結末がこれだ。
王子からは婚約破棄され、他貴族の子も今回の件を問題として挙げたため、複数の貴族から対応を迫られたテイラー家は、一転窮地に陥っている。
子供がなしたこととはいえ、常日頃からその立場を狙われる大貴族のテイラー家の失態は、他貴族から見れば失脚させるための美味しい材料だ。見逃すはずもない。
ましてや、ワタクシは「失格紋」と言われる能力紋を持つ子だ。公爵家に貴族として能力不足の子がいることを突かれれば、公爵家の立場自体も危うくなってくる。
これまでは王子の婚約者として、あまり目立つこともなかった「失格紋」だが、他貴族はこの事実もテイラー家を失墜させるための材料として使うだろう。
「失格紋」
それは「能力紋」の中でも七大魔素を操ることができない「無属性」の能力紋。能力紋から、魔素を操るための力である魔力は感じられるが、基本的に微弱な力しか感じられなことがほとんどである。
「能力紋」
能力紋とは、自然界のありとあらゆるものの存在の構成の元となる「魔素」を操る力が、模様として具現化したもの。魔素は火/水/地/風/金/光/闇の七種類に分類され、それら魔素を操る力は、1種類の魔素につき一つの能力紋が紐づく。また、魔素を操る力そのものを魔力と呼び、能力紋に宿る。
つまり、能力紋から発現する超常現象の種類と規模は、操れる魔素の種類と魔力の掛け合わせである。
例えば、空気中に存在する水の魔素を操る能力紋は水力紋と呼ばれ、周囲の水の魔素から大洪水を起こすような超常現象を発現することができる。
人間は生まれながらにして能力紋が刻まれる特殊な種族であり、人々はそれを神の恩恵という認識で、その奇跡の力を享受する。それが当たり前で、その力を日々の生活や、争いごとに活用してきたのが人類の歴史である。
ただし、何事にも例外が存在する。
「失格紋」は自然界の魔素を上手くコントロールできないため、何かを発現することもできない。
能力紋の恩恵を受けてきた人類史から見れば、失格紋を持つ彼らは無能であり、役立たずである。
だから人々から蔑まれ、弱い立場となる。
そう、公爵令嬢であるワタクシ、リグレットも失格紋を持ち、そのような立場になるべきだったのだが、王子の寵愛が人々からその忌むべき力を隠し、平穏な暮らしを守ってきた。
だからこそ、ワタクシは恐い。
お父様やお母様、お兄様がワタクシに向けた侮蔑の目線と同じように、多くの人々からその目線が向けられることを、、。
テイラー家を、屋敷を追い出されてはワタクシは生きてはいけない。
日々の生活がまともに送れるのかどうかの心配もあるが、人々は、特に平民の方は貴族を追い出された失格紋のワタクシのことなど相手にもしないだろう。
きっと道端で飢えて倒れて亡くなるのだろう、、。
ブルッ。
そんな不幸な未来を想像したワタクシの身体は震えた。
嫌だ、嫌だと思いつつも、刻一刻とその時が迫っていることを感じる。
屋敷からワタクシの痕跡を無くそうとしているのがその証拠だろう。
近々ワタクシは屋敷も、テイラー家からも追い出される、、。
「お嬢様?大丈夫ですか?冷や汗が出ていますよ」
ワタクシの額に流れる汗をタオルケットで拭う専属メイドのシリア。
「え、えぇ、大丈夫ですわ、シリア。ありがとう」
いえいえとニコッと笑う青髪の少女は、幼い頃からワタクシの世話をしている専属メイドのシリアである。
専属メイドではあるが、歳は近く、立場は違えど幼馴染のようにワタクシは感じている。
このような状況でも彼女の笑顔には周囲を明るくする力があり、今のワタクシの心の支えになっている。
「きっと大丈夫です!お嬢様はきっとなんとかなりますし、お嬢様がどこかにいっても、シリアはどこまでもついていきます!」
ワタクシがどこかにいってしまう時点で大丈夫な状態ではないのだけれど、、。
そう思ったが、彼女の天真爛漫な笑顔を見て、少し救われた気がした、この重い空気から。
「えぇ、そうね、そうであってほしいわ」
リグレットはふふっと小さく笑い、不穏な情勢下の束の間の幸せを噛み締めたのだった。
吸血公女と黄昏の時代 @96krone
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