吸血公女と黄昏の時代

@96krone

第一章 吸血公女誕生

第一話 突然の婚約破棄

ミグランス王国。

大陸の半分を占める超大国であり、王都には世界中の学者、文化人、武人、商人などが集まる世界の中心であった。

その王都ヴォルツグラードは、王城を中心に城壁で四つの区画に分けられ、外周をさらに大きな城壁で囲まれた城塞都市である。

城塞都市の周囲には広々とした見渡しの良い平野が広がり、その先にはシルヴィア公国と国境を成すアルスト大山脈が雄大に聳える。


シルヴィア公国。

アルスト大山脈を国境に王国と隣接する国家であり、武を重んじる貴族達により成した国である。

盟主たる大公には代々強力な「能力紋」が引き継がれ、大公は公国の盟主でありながら「聖騎士」でもあった。

現在は、5年以上続く王国との戦争の真っ只中であり、両国とも過去最悪の関係性にある。



情勢は緊迫した中ではあるが、王都ヴォルツグラードの四区画の一つである学術区では、晴れの日を待ち侘びた若者達で溢れかえっていた。


学術区ヴォルツ王立学院。

王都で唯一王族、貴族の子息令嬢が通う学校であり、子供を介した貴族達の社交界の場でもある。

また、政治、経済を始めとした知識の習得から、「能力紋」の扱いを学べる武の習得まで、幅広い分野を網羅し、王国を支える未来の貴族階級を育成することを目的としている。


そのヴォルツ王立学院は、周囲を「さくら」と呼ばれる木々に囲まれ、現在、淡い桃色の花を咲かせている。


卒業パーティー。

学院に通う学生にとって最後の大舞台であり、その後の人生にも大きな影響を与える社交の場。


学院で最も大きなダンスホールでは、今年の卒業生や在校生が、華やかな食事を囲み談笑を楽しんでいる。

ある者は将来の伴侶を探すため、ある者は将来に繋がる関係性を求め、それぞれの思惑の元に動く様子は、まるで仮面舞踏会のようだった。




「愛しき彼女へのこれまでの酷い仕打ち、もはや見過ごせん!!ミグランス王国第一王子ミカエルの名の下に言い渡す、、、テイラー公爵家長姉リグレット、貴様との婚約を破棄とし、謹慎を言い渡す!!」


楽しげな談笑を遮る、ダンスホールの天井にまで届くような高らかな宣言と、それに反した重き言葉。

ダンスホール中央で取り巻きの男爵家令嬢らと談笑をしていたワタクシに向けられた言葉であると認識するのに、しばらく時間が掛かった。

え、どういうことですの、、?


ワタクシが理解するよりも早く、取り巻きの令嬢達はワタクシから離れ、遠巻きに見守る群衆に身を隠した。

ダンスホール中央にポツンと孤立し、周りを野次馬のような群衆に囲まれたワタクシの前に、1人の男性が近づいてきた。


「なぜ、そのような事を言い渡されたか、理解できていないようだな、リグレット?」

「も、もちろんです、ミカエル様!ワタクシが一体なにを、、!?」


ワタクシの目の前には金髪碧眼の若く美しい男性が立っていた。

ミカエル様、、。ミグランス王国第一王子であり、ワタクシ、テイラー公爵家長姉リグレットの婚約者。

激しく怒りの表情を露わにした彼は、厳しい視線をワタクシに向ける。


「白々しいにも程があるぞ、リグレット!!調べはついているのだ、アイーシャへの数々の非礼をな!」


そう吐き捨てる王子の背後から1人の女性が姿を現す。

淡い茶髪に童顔、美しいというより可愛らしいがよく似合いそうな少女、、マルセウス伯爵家の一人娘アイーシャ。

目に涙を浮かべ申し訳なさそうにしている彼女。

彼女とは学院に入学した頃からの顔見知りで、事あるごとにミカエル様に近寄り親密になろうとしていた。

ワタクシはこの国の王子の婚約者として、節度ある関係であるようにと何度か注意したことはあった。

あったのだか、それが非礼にあたるとは思わない。


「一体何が非礼にあたるのでしょう?ワタクシには心当たりがないのです、、」

「私と親交を深めたいアイーシャに嫉妬し、あらぬ悪評を広めた!さらには、それに飽き足らず、アイーシャを卒業パーティーに参加させぬため、ドレスを切り裂いた!」


王子の側にいたアイーシャはうるうるした目を自身のドレスの裾に向け、その切り裂かれた跡を強調するかのように裾を持ち上げる。

周りの聴衆からは、囁くような声でワタクシへの非難や暴言が挙がる。そして、アイーシャには同情の言葉を。

アイーシャは聴衆の意見をひとしきり聞いた後、こちらにキッと厳しい視線を向ける。


「ワ、ワタクシがそのようなことをするはずが、、。何を証拠にそのようなことを仰るのですか!?」

「フレイズ嬢、あなたはドレスを切り裂いた現場を見た、、間違いないですね?」


王子からフレイズと呼ばれた女性が、聴衆の中から現れ、静かにコクっと頷く。彼女はワタクシの昔の取り巻きだが、今は疎遠になっている。

たしか、ある晩、彼女の父親であるガルド伯がお父様に何かしらのお話に来て以来、彼女は私から離れていったと記憶している。


フレイズさんもミカエル様も静かにそして厳しい目線で私を睨む。

彼らだけではなく、周りの群衆からも1人また1人と名乗り出て、口々にワタクシの悪評を話し出し、厳しい視線を向ける。

もちろん、ワタクシの認識していない悪評、、もしくは大きく話を盛った悪評。

ただ、名乗り出た彼らはいずれも家同士で繋がりのある貴族の子息や令嬢ばかり、、。


も、もしかして、何か嵌めらてしまったですの?

普段の彼らの私へのあたりとはうって変わった態度に、何かしらの思惑が働いてるのではと勘繰ってしまう。

それほど彼らの態度の変わり方に驚きを隠し得ない。


「理解したか、リグレット?貴様の犯した罪の数々を。すでに父上である国王陛下にも話を通してある。法務局からの正式な処遇は追って下されるが、しばらくは謹慎処分だそうだ」

「そ、そんなこと、、。ワタクシは、ワタクシはほんとうに何も恥ずべきことはしていないですわ!」

「まだ言うか。もはや酌量の余地もないな。衛兵!リグレットをこの場から連れ出せ、今すぐだ!」


ハッ!

周りを囲む群衆の外側に待機していた衛兵が一斉に動き出す。

ワタクシを睨んだままの群衆は、静かに衛兵に道を譲り、衛兵がワタクシを取り囲む。

そして、ぐっと腕を掴まれ、体を後ろに引かれる。

い、痛い!


「ぶ、無礼な!ワタクシを誰だと思って!は、離しなさい!」


叫ぶワタクシを無視し、会場からワタクシを摘み出すため、衛兵は力一杯に腕を引っ張る。


痛みで一瞬気を失いそうだったが、群衆の、ミカエル様の刺さる視線が脳裏に焼き付く。

そして、ミカエル様の隣に立つアイーシャがフッと微笑を浮かべたことも、、。



そして、ダンスホールの大扉は閉じたのだった。

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