第39話 神の名のもとに

「あんたはドワーフなのか?」


 薄汚れ、薬品臭う飾り職人の仕事場で、鎧の下から出て来たべべ王の肉体を見たジョージは、思わずそう尋ねていた。

 背が低くずんぐりむっくりな体系にも関わらず、筋肉に覆われたべべ王の体つきは、なるほどドワーフの特徴を全て備えている。しかし、その服装と貴族達の流行を模したかのような髪型はドワーフの趣味から逸脱しており、つい先ほどまでジョージはその可能性を見落としていた。


「いや、ドワーフではないぞ」


 けれど、べべ王はあっさりとそれを否定する。


「本当か?

 いやしかし、あんたの年齢でその肉体を維持するのはさぞや大変だろう。にわかには信じられんよ」


 今しがた机の上に置かれたべべ王の鎧の方に、ジョージは目を向ける。


「それに、この鎧の素材はなんなのだ?

 金箔すら塗らずにどうやって、ここまで金に近い光沢を……」


「確かそいつはカトプレパスの皮を素材に使っていた筈じゃ。素材集めの周回クエストに、随分苦労したのを覚えておるよ。

 色は染粉を使用して付けたものじゃよ」


 懐かしそうにべべ王は、厚い眉毛に隠れがちな目を細めている。


「魔獣を素材として使うこともあると噂には聞いていたが、見るのはこれが初めてだ。

 それに、単なる染粉でここまで金の色合いに近づけるとは信じられん。これを作ったのはどんな職人なのだ」


「あ、それワシがクラフトで作ったんじゃが」


「え?」


 自分を指さすべべ王を見て、またまたジョージは思考を一時停止させざるを得なかった。


「あんた、本当にドワーフじゃないんだよな?」


「そうじゃよ」


 鍛冶を得意とするドワーフが作ったというのならまだ腑に落ちたというに、べべ王は尚も否定し続けている。


(参ったな、ますますこいつらの正体が掴めない。只者ではないのは確かだが……)


 鑑定を諦めたジョージは、鎧をべべ王に返した。


「残念だが、どうやらこの鎧は俺の手に余るようだ。

 ところでさっきから、クエストだのクラフトだの聞きなれない言葉を口にするが、いったいあんたらはどこの国の人だい?」


「ルルタニアじゃよ。ここから遥か東にある国じゃ」


 べべ王は重い金鎧を、軽々と着こなしながら返事する。


「聞いた事のない国だが、遠い異国の者なら、あんた達がこの国の常識に疎いのも仕方ない事なのだろうな。

 この鎧の見事さもそうだが、やはり俺には只者と思えない。もしかして、そのルルタニアとかいう国の英雄なんじゃないのかい?」


「ただの冒険者じゃよ。

 確かにわし等の事を英雄と呼ぶNPCもいるにはいたが、そう特別な事でもないしのぅ」


 が、ジョージはべべ王の言葉の全てを額面通りには受け取らなかった。


(なるほど。おおかた遠い異国の英雄が、現役引退する間際に他国をお忍びで見聞しようと、このイラリアスに来たという訳か。

 となると、もしや……)


 ジョージはべべ王に期待の眼差しを向けて尋ねる。


「もしかしてあなた方はこの国の事情に明るくないので、案内役として丁度良かったカイルをパーティに入れたのではないですか?

 そうでなければ英雄と称えられる程のお方が、カイルのような半端者を仲間に誘う筈がない」


 が、あからさまに態度を変えたジョージを見て、べべ王は少し困ったような表情を浮かべている。


「確かにカイルが居なければ、わし等は右も左も分からぬ状況じゃった。しかし、別にカイルを案内役として仲間にした訳ではないぞ」


 カイルに気を遣ってそう言ってくださるのか、とジョージはその言葉を解釈し、胸を撫でおろす。


(カイルが冒険者になった理由の一つは、物語の英雄に憧れての事だ。異国の老いた英雄がこの国に来たと知り、仲間になりたいと願い出たに違いない。

 そしてこの老人は、しつこくせがむカイルを弟子にでもしてやったのだろう。そのついでとして、不慣れなこの国の案内役をカイルが務めさせているという訳だな)


「カイルはあなた方と出会えて、幸運でした」


 物見遊山の英雄の案内役であれば、普通の冒険者とは大分事情が変わってくる。


(例え冒険者としてカイルが如何にどうしようもなかろうと、この老人達について行くのなら当面の間は命が保証されているようなもだ。なにせ英雄と呼ばれる程の豪傑と一緒にいるのだし、案内役なら戦いを強いられることもない。

 あのバカ息子め、親に余計な心配をかけおって)


「幸運じゃったのかのう?」


  べべ王はキツネにつままれたかのような微妙な表情をみせたが、今のジョージには気にもならない。いや、それどころかジョージは、バタバタと走る音が母屋へ続く扉から聞こえてきた事に気を取られ、もう上の空でしかべべ王の話を聞いていなかった。


「父ちゃん、母ちゃんが”買ってきた菓子を出すからこっちに来い”って」


 開け放たれたドアから顔を見せたのは、末っ子のグリムだった。


「ああ、すぐ行こう」


 ジョージを見たグリムが少し驚いた表情を見せたのは、先ほどまでありえないほど機嫌が悪かった父が、満面の笑みで返事をしたからかもしれない。が、それも一瞬の事で、グリムの興味はすぐにべべ王の方へと向いていた。


「ねー爺さん、どうして王様みたいな恰好してるの?」


『王である!』


「ハハハハハッ!」


 条件反射で胸を逸らせて名乗りをあげるべべ王を見て笑ったのは、グリムではなくジョージの方だった。

 別にその一発ギャグが面白かった訳ではない。長く我が身を締め付けていた不安の楔から解き放たれた今ならば、箸が転げたとしても腹をよじってジョージは笑うことができたろう。


「どこが面白いんだよ父ちゃん。この爺さんどう見てもおかしいぜ」


 グリムは怪訝な顔でそう言放つと、母屋に大慌てで駆け戻る。どうやら買って来た菓子に、よほど御執心のようだ。


 べべ王とジョージが、そんなグリムを追うように母屋へ入ると、イザネと大上=段、そしてカームとカイルの話声が、狭く短い廊下の向こうから聞こえてくる。

 メアリの声が聞こえないところをみると、彼女は子供達に見つからぬように戸棚の奥に隠した菓子の箱を空けている最中らしい。

 それにしても狭い家の中で、段の大きな声は呆れるほどによく目立つ。


「で、どんな兄貴だったんだカイルは? 俺様にも教えてくれよ」


「一言で言えば、ヘタレかな?」


「わははははっ」


「ヘタレって言う程じゃなかっただろカーム!

 だいたい、それは俺が魔法の才能に目覚める前の話だ。今の俺とは関係ねーよ」


「いや、お前は今でも結構ヘタレてるぞ」


「どこがだよジョーダン!」


「一人で大猿退治に行かせた時の事を忘れたのか?」


「そういや、あの時は大猿にビビッて随分渋ってたよなカイル。あれはヘタレと言われても仕方ねーよ」


「なんだよイザネまでっ!

 そもそも、お前等が湯冷めで風邪ひくようなマヌケをしてなければな……」


(カイル一人で大猿退治だと……)


 それを聞いた途端、ジョージの腰から力が抜け、思わずよろめく。


「どうなされた?!」


 べべ王はジョージを支えようとしたが、彼はその手を払いのけるかのように腕を振るい、足に力を込めて体を床に固定した。ジョージの足が古い床板を踏みしめるダンッという音が、廊下から部屋まで届くと同時に皆の話声が途絶える。


「俺のせがれに、なんて無茶な真似させやがんだ貴様等ぁーーっ!!!」


 飾り職人の家に頑固親父の怒鳴り声が響き渡った。



         ◇      ◇      ◇



「おかしいな」


 ファルワナ祭の夕方、街道で荷馬車を走らせていた旅商人はそう呟いて馬を止める。荷台には軽い物しか積んでいない筈なのに、妙に馬の足取りが重かったのだ。

 男は御者台から降りると馬車の車輪に異常がないか確認してから、後ろに回って荷台を覗く。


(この程度の荷物で……まさか、馬が病気にでもかかったんじゃないだろうな?)


 積み上げられた麻袋で半分埋まった荷台をホロの隙間から覗いた男は、そのまま首を捻りながら御者台へと戻る。麻袋の中身はいずれも乾燥した薬草類で、重量はさほどない筈であった。


「もう少しがんばってくれよ!」


 男は再び鞭を入れたが、やはり馬の足取りは重いままだ。思うように速度が出ずに苛立っているせいだろうか、雨よけに付けているホロが風になびくバタバタという音が、今日はやけに耳障りだ。


(参ったな、街に着いたらすぐ馬医者を訪ねなければ……)


 そんな事を考えながら馬車を走らせ、スレエズへ続く街道への分かれ道に差し掛かった、その時だった。


「私はもうここまでで結構です。乗車賃はここに置いておきます」


 荷台の方からそう静かな声が響き、馬車が途端に軽くなった。


「だ、誰だ!」


 男は慌てて後ろを振り向いたが、御者台から荷台の中を覗いてみても、積み上げた麻袋に視線を阻まれ見渡す事はできず、チャリチャリという金属音が馬車が揺れる度に響いてくるばかりだった。


(なんだ? 一体なにが起こった?!)


 旅商人が馬車を止め荷台の後ろに回り込むと、積み上げられた麻袋の脇に先ほどまではなかった銅貨が、なぜか数枚転がっていた。



         ◇      ◇      ◇



 スレエズの街の大通りから少し外れた場所に、東風が探していた小さな教会はあった。祭りを祝っているのだろう、中から楽し気な笑い声が漏れる度、東風はその覚悟を鈍らせ、戸の前で立ち尽くしていた。


(なるべく早くゴーダルートに戻らねばならないというのに、グズグズしていてどうするのだ……)


 意を決した東風は、ようやく夕闇に沈む教会のドアを叩いた。


「はい、ただいま……」


(似ている……)


 ドアの向こうから現れた牧師の姿を見た途端、覚悟を決めた筈なのに心臓の鼓動が早くなり、東風は思わず服の上から胸を押さえた。なぜか息までがひどく浅く苦しい。


「あ、あの……」


 自分を見上げ困惑の表情を浮かべたまま、牧師は途中で言葉を失った。一方東風はゆっくりと息を吸い、なんとか自分から話を切り出そうと重い口を動かし始める。


「ロバート牧師さん、ですよね?」


「はい」


「私は……、その、リラルルの村から……その……」


 言い淀む東風とは対照的に、ロバート牧師の表情は途端に明るくなっていく。


「ああ、リラルルの方でしたか。母の事でしたら、今朝マークさんという商人が手紙を届けてくれましたよ。

 それで母は、いつごろスレエズに越してくるのですか?」


 東風は気づかぬ内に、服の上から自身の心臓をギュッと握りしめていた。


「リ、リラルルの村は、昨日盗賊達に襲われました。

 マーガレットさんも……その……盗賊に襲われ……襲われて……な、亡くなられました」


「え……」


 牧師の顔から血の気が引き、そのまま崩れるようにドアに寄りかかる様を見て、東風の両膝からも力が抜け、そのまま地に額を付いていた。意識してやったことではない、自然と体が動いていたのだ。


※ 挿絵

https://kakuyomu.jp/users/tekitokun/news/16818093090854646736


「申し訳ありません!

 我等はリラルルを守る役目を任されていながら迂闊にも村を離れ……その隙に盗賊が村に……村を襲ったのです。

 あの日、盗賊が襲撃しているとも知らず、我々は街で浮かれ……浮かれて……、盗賊達が村に来たのは、私達を狙っての事だったというのに……」


 もう東風に、ロバート牧師の顔を見上げる勇気すらなかった。ただひたすら、地に額をこすり付け許しを請う他、今の彼にできる事はなかった。東風の目から流れ落ちた涙は地を濡らし、湿った土をゆっくり泥へと変えていく。


「………………」


 まるで死刑宣告を待つかのように、そのままロバート牧師の返事をただただ涙で歪む地面を見つめながら東風は待っていた。

 長かった……、牧師のすすり泣く声を聞きながらただひたすら待つだけ時間は。それはほんの数十秒だった筈なのに、東風にとっては数時間の事のようにさえ感じられた。


「……神の名のもとに、あなたの全てを許します」


 果てしなく続くとさえ思えた時が終わり、やがて頭上から東風に掛けられた牧師の言葉は、救いだった。殴られる事も罵られる事も覚悟していたというのに、涙に震える声でロバート牧師は精一杯の救いを東風に与えようと喉を振り絞っていた。

 東風は、また泣いた。声を上げて地に伏せたまま泣いた。

 母を亡くした悲しみを堪え、ロバート牧師が自分のためにどんな気持ちでその言葉を口にしたのか、それに彼は思い至ってしまったのだから。

 覆いかぶさるように、そしてまるで夜風から守ってくれるかのように抱いてくれたロバート牧師ぬくもりの中、鼻水を垂らした東風は、まるで幼子の様に地に伏したまま共に泣き続けた。



         ◇      ◇      ◇



「おい、そろそろ起きろよ」


 ファルワナ祭の翌朝、カイルが目を覚ますとイザネが上から見下ろしていた。

 ジョージの家ではベッドの数が足らなかったのでカイル・べべ王・段の3人は床に寝て、イザネはかつてカイルが使っていたベッドで寝ていたのだが、慣れない場所で寝たせいなのかイザネは早く目が覚めてしまったようだった。


「うなされてたぞ」


「うなされてた!?」


 イザネにそう言われても、カイルは自分がどんな夢を見ていたのか覚えていない。おかしな夢でも見たのだろうかとカイルは天井を仰ぐが、コンっと軽くイザネに頭をつつかれた。


「そんな事より、ほれ」


 どこから見つけてきたのか、イザネは手に木の棒を持っていた。その手頃な大きさから、イザネが木剣代わりにそれを使うつもりなのは、すぐ理解できる。


「稽古する気? 今から?」


「当たり前だろ」


 一昨日の夜は盗賊退治の後、すぐ街へ向かったのでほぼ徹夜状態だった。だからその疲れを抜くためにもカイルはもっと寝ていたかったのだが、昨日からいまいち元気がなかったイザネが張り切っている事もあり、断る気にもなれなかった。


「わかったよ」


 カイルはそう言うと身体の上の毛布を跳ね除け、隣の床でまだ寝ているべべ王と段を起こさないようにまたぐと、イザネの後に続いて家の近くの空き地へ向かう。


「ほら、カイルの分」


 そう言ってイザネは、空き地の隣の壁に立てかけてあった棒をカイルに投げてよこす。


「いつの間に探してきたんだよ、これ」


 カイルは投げ渡された棒をパシッとキャッチしながら、イザネに問う。


「今朝だよ。みんなまだ寝てたから暇でさ」


「随分早起きだったんだな、今日は」


「まぁ、そうかな。じゃっ、早速はじめるぜ」


 カイルが棒を構えると、イザネが勢いよく打ち込んでくる筈だった。


カンッ!


(おかしい……)


 イザネの攻撃を防ぎながらカイルは違和感を感じる。打ち込みにいつもの鋭さはあるし隙もない。けれども不思議と勢いと重さが感じられなかったのだ。

 イザネの武道の腕が衰えている訳では決してない。むしろどこか体の調子が悪い部分を庇いながら技を繰り出しているような、そんな印象を受ける。


カンッ……カカカカッ……カンッ!


(手を抜いてるって、訳じゃないよな?)


 いつもの勢いでイザネが打ち込んできたのなら、カイルは防戦一方になる筈だった。が、今のイザネに対してなら、そのまま反撃に移れるだけの余力がある。


「せいっ!」


カンッ!


 が、カイルが打ち込んだ一撃は弾かれ、逆にイザネの持った木の棒がカイルの目前に突き付けられた。


「今のはなかなか良かったぜ。腕を上げたなカイル」


(俺が強くなった訳じゃない、お前が弱ってるんだよ)


 もうカイルには分かっていた、イザネの調子が良くない事も、その原因が何であるのかも。


「おい、昨日お前寝たのかよ?」


 イザネに棒を眼前に突き付けられたまま、カイルは尋ねる。


「なんでそんな事を聞くんだよ。別にいいじゃねぇかよ」


「いいわけないだろ! 誤魔化さずに言えよ! 昨日どのくらい寝れたんだ!?」


 カイルは突き付けられていた棒を手で払いのけながら、イザネに詰め寄る。


「それが、ぜんぜん寝れなくてさ……」


 途端にカイルの表情が曇った。


(2日もろくに寝ずに、飯も殆ど食べてなかったんだろ。弱って当たり前じゃないかバカ!)


 カイルはリラルルの村が襲撃されて以来、イザネの様子がおかしい事に気づいてはいた。しかし、なまじイザネの無限とも思える体力を知るが故に、それを特段気に留めようともしていなかった。

 カイルにとっても帰るべき村が消えた事はショックであり、自身の心の内がぐちゃぐちゃだったのだから、それも無理からぬことであったろう。


「寝ろ! 今からでもいいから寝てこい!」


 詰め寄ったまま、カイルはイザネに怒鳴る。


「なんで眠くないのに、寝なきゃいけないんだよ」


「でないとお前が弱っちまうからだよ!

 頼むから言う事を聞いてくれ! 今度は風邪どころじゃないくらいヤバいんだ!」


 カイルは無意識にイザネの手を引いていた。


「……わかったよ」


 イザネは素直に従ってくれたが、その手を引くカイルからは更に血の気が引いていく。それは掴んだイザネの腕から、普段の力強さを感じる事ができなかったからだった。



         *      *      *



「なぁ、本当に目をつぶってるだけでなんとかなるのか?」


 ベットの中から、イザネがカイルに問いかける。カイルは嫌がるイザネの傍を離れようとせず、さっきからずっとベッドの横に居座ったまま一歩も動いていない。


「大丈夫だから、無駄口を叩かずちゃんと休んでくれ」


「でもよ、さっきも寝たと思ったら嫌な夢を見てすぐ目が冴えちまったし……」


「俺が付いているから悪夢なんて見ない。大丈夫だから安心して寝ろ」


「カイルがいると悪夢は見ないのか?」


「俺じゃなくても人が傍にいると、それだけで安心して悪夢は見ないものなのさ。

 たぶんな」


「ふーん」


「だから安心して寝てくれ」


 イザネは黙ってうなずいてそのまま目を閉じ、暫くするとおとなしくなった。


(なんだ、あっさり寝れるじゃないか。本当は疲れていたのに、緊張が解けなかったのかな?)


 カイルはイザネが寝るまで例えどんなに時間が掛かろうがそのまま居座る覚悟でいたのだが、もう彼女は寝息をたてはじめている。

 しかし、カイルが胸を撫でおろしたのも束の間、部屋のドアがノックもなしに開かれメアリが顔を出した。


「なんだい、まだ寝てるのかい? 朝ごはんだから、イザネちゃんも起こしといで」


 カイルは慌ててメアリを部屋の外に押し出した。


「今やっとイザネが寝たのに起きちまうじゃねぇか、このクソバ……お袋!」


 カイルがビクッと一瞬体を震わせ言葉を選びなおすのを見て、メアリがクスリと笑う。


「少しは上品な言葉遣いが様になってきたじゃないか、カイル。

 どころで、今寝たってどういう事だい? 昨日は徹夜でなにをしてたっていうんだい?」


 そこまで口にして、メアリはハッ息を飲んだ。


「まさかカイル……もうイザネちゃんとそこまで……」


「んなわけねーだろ、変な想像してんじゃねーよ!

 ちょっと前の冒険で、その……あまり良くない事があったんで、少しショックを受けて体のリズムを崩してんだよ。

 たぶん、食欲も無くしてるから、起きたら消化にいいスープでも作ってやってくれよ」


 メアリは相当意外に思ったのだろう、目を大きく開けパチクリしている。


「そういや昨日の夜もあまり食べてなかったみたいだし、女の冒険者ってのも大変なんだねぇ。

 早く結婚して、イザネちゃんに楽させてあげた方がいいんじゃないか、カイル」


「もう黙ってろよ!

 お袋はあいつの化け物じみた強さを知らないから、そんな呑気な事を言ってられるんだよ」


 カイルはそう毒づくと、朝食の待つ古ぼけたテーブルへと向かい歩きだしていた。

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ゲームが終わった後の冒険譚~消えゆきし世界とそこに住まう数多のアバター達に捧ぐ~ 蝉の弟子 @tekitokun

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