第38話 家族

「街道に出る盗賊達を倒したんじゃが、賞金はいただけるかの?」


 べべ王の入った詰所では、衛兵達が祭りに浮かれこっそりと酒を愉しんでいた。

 テーブルの料理に盛られたフルーツは、昨日べべ王達が馬車でリラルルの村まで運んだ物と同じであり、それがファルワナ祭の料理である事は明らかだった。


「えええっ、あんな安い賞金だったのに退治してきたのかい?」


 若い衛兵の一人が料理の並ぶテーブルを離れ、酒で赤らんだ顔でべべ王の前に歩いてくる。


「ちょっとした行きがかりでの、奴等のアジトを壊滅させたのじゃ」


「なんか、証拠になるような物は持ってるかい爺さん?」


 べべ王は首を振って答える。


「証拠など持ってはいないが、奴等のアジトに行けばわかる事じゃ。奴等の使ってた馬もそのままにしてある」


「ならアジトの場所を教えてくれよ?」


 衛兵は壁に掛けられた地図を指した。べべ王は腕を伸ばしたが地図にはが届かず、杖を手にして長さを補ってから説明を始める。


「だいたい街道のこの辺りじゃな。仲間が目印になるように大きな岩を運んでおいたから、すぐにわかる筈じゃ。

 そこから森に入れば盗賊達の付けた蹄の跡があるから、それを辿ればアジトも見つけられるじゃろう」


「爺さんの冒険者登録証を見せてくれ。こちらで確認が取れ次第、ギルドの方に賞金を預けておくから。

 ………………冒険者番号は控えておいたからもういいよ。報告ご苦労さん」


 べべ王が床に置いていた酒樽を担いで詰所を出ようとすると、背後から衛兵達の陽気な話声が聞こえてくる。


「あんな賞金でよく退治できたな、最安値記録を更新してるんじゃないか?」


「夏の女神ファルワナ様の、粋な計らいってやつだろ? ハハハハハッ!」


 笑い声を背に受けながら一歩詰所から出ると、そこはより一層祭りの色に染まっていた。街は派手に飾り立てられ、べべ王の目立つ装束よりも更に派手な服で出歩いている者すら、ちらほらいる。

 が、今のべべ王にはその光景すら色あせて感じられていた。


(なぜさっき詰所に入った時、いつものように『王である!』とやれなかったのじゃろう?

 ルルタニアにいた時も、この世界に来てからも、欠かさずやっておったのに……)


 浮かれる人々に混ざりながらべべ王は一人うつむき、そんな事を考えていた。

 自分を作ったマスターは、関西という場所に住むお笑い好きの男だった……べべ王はマスター達のチャットから、それを読み取り知っていた。

 滑っても構わずベタベタのネタをしつこく擦り続け、クランメンバー弄りも迷惑がられるくらいする人物だったが、それがなぜか良い方向に働いてクランのムードメーカーとして機能していた。

 べべ王もまたそんなマスターをならい明るいクラン経営を目指していたし、マスター譲りのしょーもないおふざけも無意識にやってのけていた。が、今それが出来なくなっている事に気づき、珍しく頭をひねっている。


(マスターもギャグが不調な時はあったのだし、わしも自然と治るじゃろうか?

 まぁ、心配してもなんにもならんしのぅ)


 べべ王はそう自分に言い聞かせるも、その不調の原因にまで思い至りはしなかった。

 考えてみればそれも無理からぬ事。ドラゴン・ザ・ドゥームではプレイヤーの心情を鑑み、強烈なショックを与えるようなイベントなど用意されていなかった。

 だからこそべべ王は、初めて自分の心が激しく揺れるのを体験し、その扱いに途方に暮れてしまっていたのだ。


「べべ王さん、その酒樽は売らなかったんですか?」


 振り向くと、そこには見物客を引き連れた東風の姿があった。


「樽を開けてちょっと飲んでしまったからの、これでは値が付けづらいらしい。

 東ちゃんの方はどうじゃった?」


「それが……」


 東風は済まなそうに頭を掻く。


「実はソフィアさんに我々の素性がバレてしまいまして。あの方の事ですから秘密を漏らす心配はないと思いますが、すいません」


「仕方あるまい。

 ガフトの話だと随分と勘の鋭い人のようじゃし、遅かれ早かれ嗅ぎつけられたじゃろう」


「ええ、ソフィアさんにはフレイガーデンの情報収集にも協力してもらうことになりました。味方としては頼もしい限りです。

 べべ王さんの方はどうでした? 商会にフレイガーデンの手がかりはありましたか?」


「こっちはさっぱりじゃよ。

 マークさんは既に旅立ってしまっておったので、仕事仲間に当たってみたのだが、なんの成果も無しじゃ。

 もっと大手の商会ならば話は違うのやも知れぬが、旅商人のつてでは難しいようじゃな。大事な儲け話を仲間内に漏らした旅商人がいたのだそうだ」


「流石にこれは面倒ですね。

 ドラゴン・ザ・ドゥームでは、クエスト対象のNPCを探せば良かっただけでしたのに……」


 東風は腕組をして、悩ましそうに頭を傾げている。


「それから東ちゃん、例の場所がわかったから後で報告に走ってくれぬか? 幸い、このゴータルートから近い街じゃから、東ちゃんならなんとかなるじゃろう」


「ああ、あの方の事ですか……」


「辛い役目を押し付ける事になってしまって、すまんの東ちゃん」


 べべ王は東風に軽く謝りながらも、二人を祭りの出し物と勘違いして駆け寄って来る子供達に笑顔を振りまきながら手を振る事を忘れなかった。



         *      *      *



 冒険者ギルドに到着したのは、カイルとイザネの組が一番遅かった。いち早く彼等の到着に気づいた東風が、二人がギルドの戸をくぐるのとほぼ同時に皆の囲むテーブル席から声をかける。


「どうしたんです? イザ姐の服も買ってくる筈じゃなかったんですか?」


「無理だよ東風、そんな時間なかったぜ。宿はどこも一杯だし、人混みだらけで服を買いに行くのも一苦労だ」


 そう答えるイザネはあからさまにウンザリした顔だ。人波に揉まれるのに、もう辟易としているのだろう。


「この分だと、街中全ての宿屋に当たっても無駄だろうね。

 もう、どっかの馬小屋に泊まらせてもらうしかないかもしれませんよ東風さん」


 カイルは、空いていた椅子を仲間達のテーブルの前に移動させて座る。


「マジかよ。勘弁してくれ~~」


 段は情けない声を上げるが、なぜか不満を漏らすのは彼一人だ。べべ王も東風もカイルの報告を想定していたかのように、まるで動じる様子はない。


「ならば丁度よい。カイルの実家に泊めてもらうとしよう」


「は!?」


 べべ王の一言で、壁に掛かったメニューを眺めていたカイルが動きを止める。

 ハッキリとは言ってなかったものの、自分が親と不仲なのはべべ王達にもそれとなく伝わっているものとカイルは思っていたからだ。


「べべ王さんに代わって私が説明します」


 カイルの動揺を察したのか、東風がこちらに向かって大きな身体を乗り出した。


 「実はソフィアさんに指摘されたのですが、このままだとカイルさんの家族が危険なんです。

 リラルルの村は我々に関わったがため、奴等の襲撃を受けました。であるならば、カイルさんとその家族もまた奴等に狙われる危険があるのではないか、と」


「ちょっと待ってくれ……」


 今度は頬杖をついて聞いていた段が、口を挟む。


「あの盗賊共は確かに俺達を狙っていたが、襲撃は村の食料目当てじゃなかったか?

 それに俺達は、カイルの家族に会った事さえないんだぜ」


「あのベンという男の話が本当ならばそうでしょう。

 しかし今となってはあの男の言葉がどこまで信用できるのか確かめるすべはありませんし、あの盗賊団を壊滅させた我々はフレイガーデンと明確に敵対した事にもなります。

 カイルさんの家族を人質として利用される可能性は、考えねばなりません」


 東風の話に思わず眉をしかめたカイルを見てべべ王も、説得に本腰を入れようというたのだろう、厳しい表情で背もたれから身を起こす。


「カイル、お前が家族と会いたくないのは、わし等も承知しておる。

 だが、事は一刻を争うのじゃ。わしは二度とリラルルの村と同じ過ちを繰り返したくない」


「俺だって分かってるよ、ヤバいって事くらい。

 けど、親父は本当に冒険者嫌いなんだ。覚悟はしといてくれよな」


 いつになく真剣なべべ王に、カイルも首を振ろうとはしなかった。


「よし、では宿の件はこれで良いとして……」


「おい、そっから先は昼飯を食いながらにしよう。もう腹が減って仕方がないぜ」


 ベベ王の服を引っ張って話を中断させた段は、ギルドの不愛想な給仕を大声で呼びつけていた。



         *      *      *



「でよ、その鑑定の爺さんが言うには、この水晶と台座だけでは不完全らしい。だからベンは、もう一つ魔道具を隠し持っていた筈だと言うんだ」


 運ばれて来た料理をつつきながら、段は魔術師ギルドの鑑定結果を報告する。口に物を入れたまましゃべる悪い癖は、未だに直りきってはいないようだ。


「しかし、おかしいですね。あの男にそんな物を隠し持っている様子はありませんでしたが」


 そう言う東風も、空腹に耐えかねたのかスープの皿に手を伸ばしている。


「俺様もそう言ったんだが、見つからないように魔道具を身に付ける手段があるのだそうな。噂話みたいなもんで確証はないそうだが、どうやら魔道具を豆粒以下のサイズで作る技術があるらしい」


 段はエール酒の入ったコップに手を伸ばし、そのまま口を付ける。


「確かにそこまで小さければ身に着けてても気づかれないだろうけど、小さ過ぎてすぐ無くしてしまいそうだな」


 イザネは指で摘まんだフォークをプラプラと左右に振るばかりで、まだ料理の皿には手を付けていない。


「ああ、だがそんなに小さければ体内に埋め込む事だって可能だろ」


 エール酒のコップから口を離し、一息ついた段が答える。


「体内じゃと?」


 肉を口に運ぼうとしていたべべ王が、その一言で食事を中断し、段の方を睨む。


「例えば掌……ほら、親指と人差し指の間にある水かきの部分に手術で埋め込んだりとかな。

 掌に仕込む魔道具内に毒をセットしておいて、命令に逆らう兵士は何時でも殺せるようにしてしまおうという話も、武器商人達の間ではあるんだとよ。そうすれば敵前逃亡せずに、命がけで戦う兵士がいくらでも作れるからな」


 コップを置いた段が、自分の左手の水かきを指で押しながら説明を続ける。


「うげぇぇ~~、本気で言ってんのかよそれ。気持ちわりぃなあ」


 今の一言で食欲を失くしたのか、イザネはまだ食い足らなさそうにしている東風に、自分が食べる筈だったパンの皿を譲った。


「ま、所詮は噂だ。なんの根拠もない話なんだけどよ……」


「ベンという男がそれを使っていたと考えるのなら、鑑定結果と東ちゃんの目撃した光景が一致する。その可能性もゼロとは言い切れない、という訳じゃな」


 先ほどからフォークに刺したまま顔の前に留めていた肉を、べべ王はようやく頬張った。


「けど本当にそんな事をするようなとんでもない組織だとすれば、ダルフに探らせるには荷が重かったかもな」


 ちぎったパンを片手に、今度はカイルが食事の手を止めている。


「ダルフ?

 そういやさっきマジックギルドの犬に会ってくるって言ってたけど、なにかしたのかよカイル?」


 イザネは既に食器を机の上に置き、水の入ったコップの方に手を伸ばしている。


「あいつに”ジョーダンがフレイガーデンについて知りたがっているから、その情報を突き止めれば取引材料になるかもよ”って言っといたんだ」


「おいおい、それじゃますます俺様が魔術師ギルドに付きまとわれるじゃねーか」


 段が魚の乗った皿を自分の前に移動させた。昨日の昼から何も食っていなかったので、段もまだ空腹なのだろう。


「うまくいけばマジックギルドの力を利用してフレイガーデンの情報を得られるんだ、悪い話じゃないだろ」


 カイルはそう言いながら、ちぎったパンをスープに浸す。そのまま食うには少々このパンは堅かった。


「とはいえ本命はソフィアさんじゃな。

 各国を渡り歩く旅商人の情報網にもフレイガーデンは引っかからんのだから、それ以上の情報網を持つ者に当たらねば話になるまい」


 べべ王は、残った肉を付け合わせの野菜ごとフォークで突き刺す。


「ところでイザ姐、先ほどからあまり食べていないようですが大丈夫ですか?」


「さっきの魔道具の話が気持ち悪くて、食欲が失せちまったんだよ」


 東風が心配そうにイザネを見やるが、彼女はそれ以上食べようともせず、水の入ったコップに口を付けるだけだった。



         *      *      *



 ゴーダルートの大通りの裏には、庶民達の暮らす居住区が広がっていた。その古びた建物の並ぶ貧民街の一角、ひと際寂しい小さな通りに槌の音が響き渡っている。


カンッ カンッ カンッ カッ……


 カイルの生まれ育った家は、このあまり日当たりの良くない路地裏にある。

 父の仕事場を外から覗くカイルに気づき、飾り職人のジョージは銅板を叩く手を止めた。


「冒険者は辞めたのか、カイル?」


「俺が辞める訳ないだろ」


「だったら何しに帰ってきた?」


「宿がなくてよ。今晩泊めてくれ」


「宿がないなら馬小屋にでも泊まればいいだろう。冒険者にはそれがお似合いだ」


(俺が冒険者を辞めない限り、家には入れないつもりかよクソ親父め)


「仲間がいるんだ」


 ブスッとした表情のまま、カイルが告げる。


「仲間だと?」


「みんな来てくれ」


 ジョージは急いで仕事場の開け放たれた戸に向かい、カイルの前を塞ぐように立ちはだかる。息子の連れて来た得体の知れない冒険者仲間を、自分の仕事場に踏み入れさせないよう、通せんぼするかのように。

 が、カイルの仲間を見た途端、ジョージの顔には困惑の色が浮かぶ。それは、ジョージの持つ冒険者のイメージから、目の前の四人が大きく逸脱していたためであるのは明らかだった。その困惑は、傍から見ているカイルにもよく分かる。

 少々怪しげだがソーサラークラスの段はまだわかる。だが他のパーティメンバーは王様かぶれのじいさんに半裸の娘、そして酒樽を脇に抱えた3メートルの巨人なのだ。


「ワシはこのクランの……パーティのリーダを務めているべべ王という者じゃ。

 カイルが言ったとおり、この祭りの混雑でわし等は宿がとれずに困っておる。宿泊費は多めに払うから、暫くここに泊めてはくれぬか?」


 べべ王が、まだ混乱収まらぬ様子のジョージに構わず申し出る。いや、もしかすると今のべべ王には、それに構うだけの余裕がなかっただけなのかもしれない。なにせいつもの『王である』すら忘れているのだから。

 ジョージは目を細めてべべ王の金の鎧をしばし眺めていたが、やがて覚悟を決めたかのように仕事場の入口をその体で塞ぐのを止めた。

 そもそも冒険者を警戒する人が多いのは、一部の例外を除き彼等が金に飢えていて、その半数以上が乱暴者であるからだ。カイルが初めて”冒険者になりたい”と明かした時、それは嫌というほど聞かされた。

 だが金の鎧を纏うべべ王が金に不自由しているようには到底見えないし、乱暴者というにも雰囲気が異質過ぎる。皮肉にも、冒険者離れしたべべ王のたたずまいが、結果としてジョージの警戒を解いたのだ。


「俺からも要求がある。

 俺が”出ていけ”と言ったらずぐに出て行く事、あんたの着るその鎧の細工を後で俺にじっくり見せる事、それから……」


 ジョージは東風の方を指す。


「そのデカいのは狭すぎて家には入れんだろう。

 仕事場の隅に雑居寝(さこね)して貰うしかないが、それで構わないか?」


「それくらい構わぬよ。こちらとしては泊めてくれるだけありがたい」


 べべ王がジョージに握手を求め手を差し出したその時だった……


「カイル! やっと冒険者を諦めてくれたのかい!」


 声と共に一人の女性がカイル目掛けて駆け寄ってきた。カイルの母のメアリだ。と、同時にカイルの脳裏には、家を出た時の記憶がフラッシュバックで蘇る。


『そんなに怒らなくても大丈夫だよジョージ。どうせカイルはすぐに戻ってくるんだから』


 母は、そう言って家を出るカイルを送り出した。どうせカイルには冒険者など務まらないからすぐに帰って来ると、母はそう決めつけていたのだ。

 それがどれだけカイルのプライドを傷つけた事か。久しぶりに母の顔を見たカイルの中には、その時の鬱屈した思いが湧きあがっていた。


「うっせーな、辞める訳ねーだろ! 宿が満杯だったから、泊まりに帰っただけだクソババア!」


 カイルが不快そうに怒鳴り返す。


(仲間の前で恥をかかせやがって!)


 今の母の言葉が、カイルにはそんな風に聞こえていた。カイルは怒りに任せ、更にメアリを罵る言葉を吐こうとしたのだが……


「ぐわっ……痛ててててててっ!」


 右耳に裂かれるような痛みを感じ、思わず悲鳴を上げた。みればカイルの耳を、東風が思いっきり摘まみ上げているではないか。


「カイルさん、言霊というものもあると聞きます。

 そのような言葉遣いは慎むべきかと」


「けどよ……」


 尚も反抗しようとするカイルの耳を、東風は更につねり上げる。


「わかった! わかったから!」


 東風はカイルの降参を受け入れて耳から手を離すと、すぐにメアリに対して頭を下げた。


「後輩の教育がなっていなくて、申し訳ありません」


 その光景にジョージはあっけに取られて言葉を失い、メアリは呆れた表情のまま口を開く。


「いや、そのクソガキを十数年間も躾けてきたのはアタシなんだけどさ」


「かわいい後輩をそのように呼ばれると、悲しくなります。

 できれば、やめて頂きたいのですが」


「これは一本取られたわね。アタシが悪かったよ」


 メアリは思わぬ東風の反撃にタジタジとなりながらも、パーティメンバー一人一人を眺め、その値踏みを始めているようだった。


「あら、あなた駄目よ。女の子がそんな無防備な恰好してちゃ」


 一団の中にイザネの姿を見つけたメアリが、その手を引く。


「え? あ、ちょっと。」


 戸惑うイザネをメアリは、仕事場の隣の母屋の方へと連れて行ってしまう。


「息子の彼女にそんな恰好させてらんないわ。あたしが若い頃に来てた服を貸してあげるから、こっちにいらっしゃい。

 あなただったら似合う筈よ」


「彼女じゃねーよ!」


 さっき東風に引っ張られた耳を抑えながらカイルは怒鳴るが、それが聞こえてないかのようにメアリは構わずイザネを家の中に引きずり込み、薄い板でできたドアがバタンと閉まる。


「とりあえず一人頭、銀貨1枚払っておくとするかの。これで泊まれるだけ泊めて貰いたい」


 嵐のような勢いでイザネを連れ去ったメアリを見送ったべべ王は、我に返ったかのように交渉を再開した。


「そんだけ払って、何日俺の家に泊まり込む気だいあんた?

 それと、4枚でいい。一人はこっちの身内だ」


 ジョージは渡された5枚のコインの内、1枚をべべ王に返す。


「それにしても、あんたら何者だい?」


「何者って、冒険者に決まってんじゃねーか?」


 段に向かって、即座にジョージは苦笑いを浮かべる。


「俺の知ってる冒険者には見えないな」


「じゃあ、何に見えるんだよ?」


 それを聞いてジョージは段達をまじまじと改めて見つめるが、すぐに諦めたかように片眉を下げた。


「それがわからないから困っている」


「あー、デブデブ魔人がいるーっ!」


「あれ? 家出した筈の兄貴もいるぞ。

 もう帰ってきたのかよ、根性ねーなー」


 一行の後ろに手提げ袋を持った二人の兄弟が立っていた。

 パッと見、一人は15~17歳、もう一人は11~13くらいに見える。久しぶりの再会だが、この二人はカイルの兄弟だ。

 この兄弟は先ほど東風とべべ王を見物していたという子供達の中に混ざっていたらしく、今も二人を見世物の道化と勘違いしているようだった。


「コラッ! カーム、グリム! お客様に失礼な事を言うんじゃない!

 余計な口をきいてる暇があったら、買ってきた物をさっさと仕事場に運んでおけ!」


 ジョージは怒鳴るが、兄弟は普段から叱られる事に慣れ過ぎているため、あまり堪えた様子がない。


「なんで、デブデブ魔人がお客様なんだよ~」


「とーちゃん、兄貴といつの間に仲直りしたんだよ? 二度と帰って来るなって啖呵切ってた癖にさ」


 文句を言いながらも、二人はジョージの仕事場へ入って行く。


「今のがカイルの兄弟か? 結構かわいいな」


 ワンピースと前の空いた赤いチョッキを着たイザネが、メアリと共に二人の兄弟と入れ違いに出て来た。

 服が照れくさいのだろうか、少しイザネの頬が赤い。


「馬子にも衣装って奴か? お前がスカート履いてるとこなんて、初めてみたぜ」


 段がニヤニヤしながら冷やかすが、後ろにいたメアリの追い打ちの方がイザネには強烈だったようだ。


「その鉢巻は可愛くないわね。リボンに変えた方が似合うわよ。

 ね、そうしなさいな」


「か、勘弁してくれよ! スカートだけでも恥ずかしいのに~~っ!」


 メアリの提案に、イザネは益々赤くなって悲鳴を上げる。


「いえいえ、スカートもよく似合ってますよイザ姐」


 と、東風が間髪入れずにフォローを入れるのも……


「へ~~いっ!」


「ギャアアアアァァッ!」


※ 挿絵

https://kakuyomu.jp/users/tekitokun/news/16818093089417957745


 作業場から飛び出したカームが、イザネのスカートをめくる。


「なに悲鳴上げてんだよ。さっきまで、スカートの下丸出しで歩いてたのに」


 カームの頭を殴りつけながらカイルがイザネに口を尖らす。


「”スカートをめくられるのが”恥ずかしいんだよ。履いてるだけでも恥ずかしいのに」


「痛ってーな、冒険者になって暴力的になったんじゃねーのか兄貴は」


「兄ちゃんの彼女になにやってんだいカーム!」


 頭を抑えて兄を睨むカームを、メアリが叱りつけている。


『彼女じゃないから!』


 カイルとイザネの声は、その時なぜかハモっていた。


「兄ちゃん彼女のできたの? やったじゃん」


 仕事場から出て来たグリムも、ピューっと口笛を吹いて冷やかそうとしたのだろうが、失敗してフューと息が漏れただけだった。


「カーム! グリム! 無駄口を叩いている暇があるなら仕事場を掃除してこい!」


 見かねたジョージが二人をまた怒鳴りつけた。


「わかったよ父ちゃん」


「家出してる兄貴の分まで、親父の手伝いは俺達がやらされてんだぜ。早く戻って来いよな」


 二人は渋々仕事場へと戻っていく。


「随分と賑やかな家族じゃねーか、カイル」


「うっせーぞジョーダン!」


 いつものように段とカイルがやり合うのを見て安心したのだろうか、緊張を解いた東風は顔を緩ませている。


「では、無事に泊まる場所も決まったようですし、私はそろそろ行って参ります」


 東風は持っていた酒樽をべべ王に返し、通りの方に戻っていく。


「東風に何を頼んだんだジジイ?」


「ちょっと近くの街まで知らせに行って貰うんじゃよ。リラルルの村と付き合いのあった者がそこに住んでおったからの」


 酒樽を抱えたべべ王はそう段に答えると、家の中に手招きするメアリに応じてカイルの実家の狭いドアをくぐった。

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