第3話 疾風怒濤
疾風怒濤の3人がララクと別れてすぐのことだった。
「なんだよ、この光」
デフェロットは、自分の紋章が光り輝いていることに気がついた。
モンスターとは対峙していないので、レベルアップでないことは分かっていた。
「私もなんだけど」
「どうやら、みな同じのようだな」
狐人のレニナと守護戦士ガッディアの手にある紋章も光を放っていた。
彼女たちもまた、それに心当たりがなかった。
そしてしばらくすると、輝きが失われるのと同時に、紋章から光の粒が飛び出してきた。
3人の手から出たそれは、宙を舞って同じ方向へと飛び去って行った。
「何が起こったんだよ」
「さぁ? でも、別に問題ないでしょ?」
「一応、スキル画面を確認しておこう」
用心深いガッディアが、念のため異常がないか確かめるように促す。
名前 ガッディア・ブロリアス
種族 人間
レベル 48
アクションスキル 一覧
【挑発】【ディフェンスアップ】【カウンターブレイク】【ギガクエイク】【シールドアタック】【ウェイトアップ】
パッシブスキル 一覧
【斧適正】【盾適正】【重装備適正】【防御力上昇】【身体能力上昇】【体力上昇】
◇◇◇
名前 デフェロット・バーンズ
種族 人間
レベル 45
アクションスキル 一覧
【エアスラッシュ】【フィジカルアップ】【スピードアップ】【スラッシュムーブ】【クイックカウンター】
パッシブスキル 一覧
【剣適正】【攻撃力上昇】【身体能力上昇】【斬撃威力上昇】【俊敏性上昇】
◇◇◇
名前 レニナ・キザラニカ
種族 狐人
レベル 40
アクションスキル 一覧
【サーチング】【ストロングウィンド】【スピントルネード】【空中浮遊】【嗅覚強化】【ウィンドカッター】
パッシブスキル 一覧
【魔力上昇】【風系統効果上昇】【嗅覚上昇】【俊敏性上昇】
スキル画面は依然と何ら変わっておらず、レニナの言った通り3人の体にも異常はなかった。
「おい、空を見てみろ。異様じゃないか、あれは」
光の行方を目で追っていたガッディア。彼は、別方向からも光の球体が集結していることに気がついた。それも大量に。
「なぁ、あの方角にいるのは、ララクじゃないか?」
ガッディアは、光の集まっている場所が先ほどまで自分たちがいた泉近辺だということに気がついた。
「確かにそうね。でも、私たちには関係ないし」
「あーそうだ。分けわかんねぇことはほっといて、帰るぞ」
足を止めていた3人は、デフェロットの合図で再び帰還し始めた。
しかしここで、彼らに予想外の緊急事態が発生する。
「おい、少し止まってくれ」
何かを感じ取ったガッディアは、またすぐにその場で立ち止まってしまう。眉を吊り上げこわばった表情になり、警戒していた。
「またかよ! ガッディア、いい加減……」
なかなか帰れないことにいら立ちを見せたデフェロットだが、彼もすぐに異変に気がつく。
森の柔らかい地面から、強い振動を彼らは感じていた。「ドスン」「ドスン」と、何かが地面に接触して音と揺れが発生しているようだった。
しかもそれは、徐々に揺れと揺れが発生するまでの間隔を狭めてくる。何かが、猛スピードでこの森を走っているのだ。
「……な、何かくるよ!」
狐人であるレニナは嗅覚に優れている。【嗅覚強化】というスキルを所持しているが、それがなくても彼女の鼻孔は発達している。
彼女はその鼻で、異質な匂いを感じ取ったようだ。
「っち、逃げるぞ!」
その何かを警戒したデフェロットは、舌打ちをしながらも素直に逃走を選択した。ある程度のモンスターなら、彼は討伐を選択するだろう。それをしないということは、対面する前の段階で脅威を感じているのだ。
しかし、彼らは逃げることができなかった。
森を抜けようと走り出そうとした瞬間、森の大木をなぎ倒しながら、ある生物が姿を現した。
「グゥォォォォォオ」
その獣は、頭が3つある。熊の形をしており、ぎらついた眼で周辺を確認している。3つの巨大な頭を支えるために、必然的に胴体や脚もそれに比例してがっちりとしている。
パッと見ただけでも、全長、4,5メートルあることが分かる。
彼はここ「魔熊の森」の
名は、ケルベアス。
「はぁ!? デカすぎだろこいつ!」
「ば、馬鹿な。このエリアは、ケルベアスの活動領域からかなり離れているはずだ」
「じゃあどうして主が出るのよ!」
どこからともなく森を突っ切って現れたそれに、驚愕する一同。まだ、両者の間に距離はあるとはいえ、ケルベアスの巨体と獰猛な姿に圧倒されている。
ケルベアスのほうは、何故か3人をすぐに襲おうとしていなかった。
どうやら、彼らを探しにここまでやってきたようではない。
しかし、野生のケルベアスにとって、3人は食料だ。
一度出会ってしまえば、標的を変更する。
3つの頭で、3人をそれぞれ確認している。
「……推察でしかないが、さっきの光を追ってきたのかもしれない」
「え、いっぱい集まってたやつ?」
「ああ。あれは俺が見ても異常だった。それを主であるケルベアスが察知して、確認しに来たのかもしれない」
「ちょっと、それって私たち関係ないじゃん! とっとと、泉まで行ってよ!」
「くそ! 残念だが、もうあいつは俺たちを喰らうつもりだぜ。ヨダレたらしやがって、気持ちわりぃ」
唾液を垂れ流すケルベアスをみて、自分たちが完全にロックオンされていることに気がつく。
そして、デフェロットは背中に携えた両手剣を抜刀した。
「デフェロット、まさか戦う気か!?」
戦闘態勢に入ったデフェロットだが、ガッディアはそれに賛同しないようだ。敵の強さを、戦っていなくても分かっているからだろう。
「はやく逃げようよ! この距離ならまだ……」
レニナも逃亡に賛成なようだ。冒険者パーティー【疾風怒濤】は、何度もこの森で戦ってきているが、主のいるエリアに立ち寄ったことは一度もない。それは、自分たちが一番、まだ張り合えるレベルに到達していないと分かっているからだった。
だから、この状況で逃げることを選択するのは賢い選択と言える。
「ダメだ。俺とレニナなら逃げ切れるかもしれねぇけど、脚の遅いガッディアは無理だ。戦った方が、まだ生存する可能性はあるだろ。
レニナ、お前は逃げたきゃ逃げろ」
口の悪いデフェロットだが、パーティーのリーダーとしての役目は全うするつもりのようだ。
「……デフェロット、すまん。もし、俺が死んだらすぐに逃げてくれ。
そして、出来れば家族に……」
自前の武器である大盾と斧を構えるガッディア。
どうやら、戦う前から勝つ気はないようだ。
長年冒険者をやっている彼は、ある程度は死というものを覚悟しているのだろう。
「あのね。そういうの何ていうか知ってる? 死亡フラグって言うのよ。
あんたが死んだら気分悪いし、やれるところまでやってあげる」
この世には、死ぬ前に人間が言いそうなセリフというのがいくつかある。それを総じて死亡フラグというが、今のガッディアの言葉はそれに該当している。
「3人か。まぁ、やってみるしかねぇだろ。
めんどくせぇが【疾風怒濤】 戦闘開始だ!」
強敵と分かっていながら、仲間を死なせまいとする彼らの戦いが、始まろうとしていた。
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