#025 予言

「死ぬかもしれない、ねえ……」

「マミさん、普段はそういうことを言う人じゃないんだよ。でもその時は何かがおかしくて、本当に全部覚悟しているみたいだった」

「ということは、よほど確信めいた何かがあったのだろう」

 三栗屋は、死ぬという言葉を聞いて、少し後ろに身を引きたくなったが、冷静へと持ち直し、こほんという咳払いの後にそう答えたのだった。桃瀬はそのことに全く気にかける様子もなく、おずおずと、三栗屋の顔を覗き込む。

「ミクさんも、そう思う……?」

「そうだねえ、ええ、そう思うよ」

 当然だろう、という意味を言葉に込めながら三栗屋はそう答えた。すると桃瀬は、大きく息を吐きだして、胸をなでおろした。

「マミさんは、強い女の人で、絶対そんな弱音を吐く人じゃないんだよ」

 そうして、強くそう言い放った。

「マミさんは、何を抱えているんだと思う?」

「それは、天見さんの過去の話かい」

「まあ、そんな感じ?」

 三栗屋は、ふうん、と興味なさそうに鼻を鳴らして、すっかり湯気の小さくなってしまったコーヒーの入っているカップを持ち、静かに飲み口を食んだ。そして少しだけ角度をつけ、口へと流し込む。目立たない喉仏が静かに上下した。そうして、カップを離して、ふう、と一息ついた。

「ふつう、人には隠し事があるものだよ。それこそ君にもわからないような過去の話などね」

「でも、あんなに明るくて、お店に来る人みんなに好かれていたマミさんが死ぬなんて、ゆめには考えられないんだよ」

「それこそ、君の思いこみが過ぎるね」

「それならね、ミクさん。ゆめに協力してほしいの」

 すっと、三栗屋は目を細める。あまりにも真剣な声に、少しどころではない嫌な予感がしてきたからだ。

「……取引というわけかい。それなら、具合が悪くなりそうなパンケーキかこれかどちらかで」

 三栗屋は、そうして女子ばかりが訪れるパステルカラーの店内装飾と、気持ち悪いほどのホイップクリームの乗ったパンケーキを想像して、吐き気を催した。慌てて口を押える。

「もう! べつに一緒に理由を探してっていうわけじゃないよう! だからこれとそれは別! ……ミクさん、どうしたの?」

「いいや、なにでもないよ。気にしなさんな」

「なんか、とっても顔色が悪くなったよ」

「しいて言えば、自業自得ということだ。続けておくれ。引き受けるかどうかは、それを聞いてからにしよう」

「うん……」

 桃瀬は、三栗屋に対して何らかの違和感を持ったが、その違和感の正体に気付くことなく、話をつづけた。

「ミクさんは、警視庁捜査一課にいる“死神”の噂、知ってる?」

「死神……?」

「うん、多くの相棒を失ってきて、多くの犯人を自殺にまで追いやったっていう刑事さんなんだけど」

 相棒を失っている、という言葉を聞いて三栗屋は、不幸なことに幸運な彼のことを思い出した。なるほど、彼が相棒を持たずに一人で行動していた理由がようやくわかった、と三栗屋は思考を一致させたのだった。

「その人物が、どうしたんだい」

「その人なら、マミさんのことがわかるんじゃないかなって思うの」

「そんなの何を根」

 何を根拠に、そう言いかけて三栗屋は、声を止めた。

 彼の幸運は、彼女に真相を与えるのかもしれない。そうか、“死神”か――。

「死神、って言われるくらいだもん。死にそうな人のこと、わかったりしないのかなって」

「それは、異能力のようで現実的ではないねえ」

 桃瀬は、左右に二回ほど首を振り、周囲を確認した後に、わずかにテーブルの方へ身を乗り出した。そして、声を遮るように手の側面を口付近にあてて、言う。

「ミクさん、一週間前くらいに、その死神さんと歩いてたよね。恋人さんなんでしょ? お願い、ゆめに会わせて」

 ひそめた声で、ささやいた。さぞや真剣に考えて、そういったんだろう。

 いろいろ言いたいことがある。言いたいことがありすぎて一言にまとめられない。三栗屋は、眉をひそめた。おいていた眼鏡を再び手に取り、そしてかける。そして、とりあえず訂正しなければならないことを一つだけ選んで、言い聞かせるように語気を強めた。

「恋人じゃあ、ないよ……」

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リバース・プロバビアル 夜明朝子 @yoake-1201

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