魔法少女としての能力が「身体能力強化」だった件について

@Conb

第1話 魔法少女

「意外性なんだよ、この世界が求めているのは!」

そういうや否や、興奮している様子の彼は手に持っている棍棒を私に投げてよこした。

「そう、そうだ!君がその得物を手にした時点で世界は決まった!決まったんだ!」

もしかしたら私は、もっと真っ当な人間になれていたのかもしれない。今から振り返ればチャンスはいくらでもあった。それらを振り払い、なぎ倒し、あまつさえ足蹴にしてきたのだからいやはや、掛ける言葉もない。欠ける言葉もない。

「さあ、さあさあさあさあさあさあ!その棍棒で、彼女たちをぶっ殺すんだ!」

デニムジャケットがはためく、風が強い夜だった。


「かはっ...」

腹を殴られ、朦朧とした意識の中、フリルの着いた袖で口元を拭う。漏れだした息と唾液が、ロリータファッションのようなきらびやかな衣装に身を包んだ彼女の意識を、目の前の脅威へとを向けさせる。デニムジャケットを着た、野蛮そうな脅威に。

虚ろな目をした彼女は震える手でステッキを握りしめ、悲鳴をあげるように叫ぶ。

「ランド・スライド!」

ぱっくりと地面が割れ、目の前の脅威―棍棒を持った少女―はその隙間へと落ちていく。フリルの彼女は宙へ浮き、大袈裟な素振りでステッキを振り下ろす。刹那、凄まじい地響きとともに地面が移動し、勢いよくぶつかった。およそ普通の人間が穴に落ちていたらひとたまりもなかったがしかし、少女は普通の人間ではなかった。

「...!」

ぜえぜえと肩で息をしながら地上に降り立った彼女は、真下から突き出た爪先に顎を蹴られ、後ろに倒れ込んだ。

「死ねよ、クソロリ」

風に煽られて、顔にまとわりつく髪の毛を鬱陶しそうに払い除けながら、ゆっくりとフリルの少女に近づき、顔面に棍棒を叩き込む。

「ぐしゃり!」

あっけらかんとした音とともに、脳や頭蓋骨、そしておびただしい量の血が飛び散った。しかし彼女は、まだ頭の形を保っていたのが気に食わなかったのか、そのまま2発3発と打撃を叩き込む。4発目を入れようと手を振りあげたその時、

「そいつはもう死んでるんだから許してやれ」

と声をかけられた。

「あなたの言う通り、『地ならし』雲名咲名うんめいさなをぶっ殺してやりましたよ。」

両腕をだらりと垂らしながら、まるでそれが日常茶飯事であるかのように言う彼女を見て、

「やるじゃないか。やはり君は主人公だ。主人公が主人公たり得るためには強固な精神力と圧倒的な力が必要なんだ。その点君は最高さ。」と男がまくし立てる。ニヒルな笑みを浮かべながら饒舌に話す彼は、悪趣味なサングラスの奥にある目を細めて、ねぶるように少女を見つめる。

「えぇと...すまない。私は人間を『個』として識別するのが苦手でね...もう一度君の名前を言ってもらっていいかな?」

「坂岡のぼりです。」

「そうだそうだ。のぼりチャン。私の名前は行通立原いきどおりたちはらだ。」

「それ、もう聞いたから結構ですよ。」

そんな会話をしながらも、2人は死体の処理に取り掛かる。まるでそれが決定されていた運命かのように。こんなものは前戯にすらならないかのように。

「しかし、私はまだ理由を聞いていませんでしたね。どうしてあなたは私に魔法少女を殺させようとするのですか?」

理由も分からずに、ただ殺せるというのが異常なんだけどな...と思いつつも、立原は答える。

「うん、そうだね。簡潔に言うと、彼女たちはあまりにも輝きすぎたんだよ。光があるところには影がある。光が大きくなるにつれ、影も覆いきれないほど大きくなってしまう。いわゆる害虫駆除のようなものさ。精神が未熟な彼女たちにはさすがに大きな力は扱いきれない。」

悪魔を殺す彼女たちが害虫扱いというのも、なんだか妙な感覚だがね。言うなれば益虫駆除さ。とつけ加える、

「んん...?いまいちピンと来ませんね。彼女たちは増えすぎたってことですか?その力の強大さが見過ごせないほどに。」

「概ねその理解で構わないよ。」

「もうひとついいですか?」

「なんだい?」

ゴミ袋に死体を詰め終わり、着せていたコスチュームとステッキを回収し終わったので、お互いが向き合うような形になった。

「行通さんが私にくださった魔法の話なんですけど、どうして『身体能力強化』なんていう魔法っぽくない魔法なんですか?」

欲を言えばビーム砲や派手な炎などを操りたいものなのだが、その答えは

「君がアンチヒーローだからさ。」

という至極シンプルなものだった。

「魔法少女を狩る魔法少女...それが似たような魔法で応戦していたらいつしか情が湧くかもしれないし、なにより君に、自分がアンチヒーローだという自覚を持ってもらわないと困る。ステッキを操るのではなく、棍棒を振り回すというスタイルも、つまりはそういうことなんだよ」

「はぁ...そうですか。」

よくわかっていないが、どうやら理解する必要のない疑問だったようだと判断し、ビニール袋を担ぐ。

「コレ、どこに廃棄しましょうか?」

「ああ、私が預るよ。こっちで処理しておくから、今日はもう休みなさい。」

さすがに人一人分というのはかなりの重量で、魔法がなければ担げないほどだったが、行通が運んでくれるのならば問題ない。

「そうですか。わかりました。それではおやすみなさい。」

「ああ、おやすみ。」

風が強い夜だった。


「今1度企画を説明させていただきます!ただいま日本では、ランダムに少女1万人を魔法少女に任命し、彼女ら同士で殺伐とした殺し合いをするように指示しています。もちろんその真の目的―この催しのための人形としての役割―は伝えておりません。その中で誰が、何人を殺すことが出来るかというのを皆さんに予想して頂きます!先陣を切るのは彼女!」

映画館のような場所に、張り上げた声が響く。目の前の大きなスクリーンには、自宅へと向かうのぼりの姿が大きく映し出されていた。

「エントリーNo.48、坂岡のぼりチャンです!」

行通と同じ見た目をした司会が出てきて、企画の説明及びロットの仕切りを始める。

「先程の映像の通り、彼女は人を殺すことに何の嫌悪感も罪悪感も抱くことの無い稀有な存在となっております。」

説明を受けている面々としては、諸外国の大統領から世界的に有名なインフルエンサー、名前を知らない人などいないレベルの画家など、様々な分野の重要人物が集まっている。手元のデバイスをいじってロットしているようだ。

そう、彼女らは世界のトップに立つ人々を楽しませるための催しとして魔法少女にさせられたのだ。

「血で血を洗う彼女らに、どうかとびきりの声援を送って頂けることが、私共の望みです。」

恭しく腰を曲げた下の顔は、凄惨な笑みで満ちていた。

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