一字違いで“おう”違い

小石原淳

筆談には気を付けて

 ルン太。

 僕が今からする話は、誰にも内緒だよ。これは、君のような人間そっくりなロボットと知り合えたからこそ、できるお願いなんだ。


 まず、先んじて命じた、声によるコミュニケーションを禁止し、こうして筆談のみを認めることにした理由を説明しよう。


 この部屋は盗聴されている可能性があるんだ。


 誰からと問われたら、答は一つ。僕の恋人・槙瓜康太郎まきうりこうたろうだ。普段はそんな素振そぶり、微塵も見せないのに、嫉妬深いんだよね。


 ルン太も知っての通り、槙瓜は身体が大きい割には気が小さいというか弱い。


 僕と槙瓜は剣道場で知り合ったんだけれども、槙瓜は一人でできる練習だと、とても力強くて、風圧を感じるくらいさ。それが格好いいんだよ。でも、竹刀を交えて勝負すると、体格で劣る僕が大きく勝ち越している。頼りないったらないよ。


 盗聴器を心配するのだって、前例があるからなんだ。僕が他の奴と浮気していないか、心配で盗聴器をつけたんだって。ほんと、いらぬ心配で気を揉んで、ばかみたい。


 けど、そんな槙瓜でも一度だけ、凄い力を発揮して、僕を守ってくれたことがあった。高校生ぐらいの不良に囲まれて、僕が脅されているのを見て、槙瓜は全速力で駆け付け、連中をぶっ飛ばした。頼もしかった。


 しかし、そのとき限りだった。あれから変わってくれたらよかったのに、全然だめ。あれっきりで終わっている。


 そこで君への頼みなんだ。


 今一度、僕が襲われてピンチに陥ってる状況を作り出そうと思う。


 襲う役がルン太、君だ。君じゃなければならないんだ。


 何故かというと、君がロボットで頑丈だから。


 槙瓜が僕のピンチを目撃して、前みたいに実力を発揮したとする。とてもじゃないけど、並の人間では耐えられない。実は前に僕に絡んできた不良の中には、再起不能になったのもいるんだよ。


 その点、君はとても頑丈だ。しかも我慢強い。


 こんなことを命じて気を悪くしないで欲しい。僕はルン太のことも大好きだ。道具だなんて思っていない。大切な友達だ。ただ、今は僕と槙瓜のために力を貸して欲しい。それだけなんだよ。


 分かってくれて嬉しいよ、ルン太。いつか近い内にお礼をする。約束するよ。


 それで、槙瓜を試すための段取りなんだけど、こういうのを考えている。


 学校帰りの僕に、君が因縁を付ける。僕は反抗するから、君は殴れ。もちろん本気で殴るんじゃないよ。当てる素振りでいいんだ。


 あと、中止するときのタイミングも決めておこう。いくら待っても槙瓜が飛び出してこなかったら中止にせざるを得ないからねえ。


 そのタイミングは、君が僕を百回殴ったときにしよう。もちろん当てる素振りで百回だよ。

 計画を決行する詳しい日時は、槙瓜の予定が分かったあとに決めて、ルン太にも知らせるよ。


 リハーサルは必要ないってば。ルン太を今までずっと見てきて、ルン太と接してきて、だめだなとか不便だなとか思ったことは一度もないもの。たまーに間違えたり、ドジをやったり。人間以上に人間らしい。そういうところを含めて、大好きな友達だ。


 さすがロボ之介シリーズの最新機。たとえ次世代のが出たとしても、ルン太とはずっと一緒だよ。


   ~   ~   ~


<四月六日午前十一時頃、※※の路上にて、市内の大学に通う学生の上沼繁樹かみぬましげきさん二十歳が、人型ロボットに竹刀で百回殴られ重傷を負いました。上沼さんは病院へ搬送され、死亡が確認されました。


 上沼さんを襲ったのはA社発売の人型友人ロボット・ロボ之介シリーズのRo-X3の一台で、上沼さん自身がルン太と命名し使用していた物とのことです。


 現在、警察とA社担当者が立ち会いのもと、政府機関の人型ロボット諸権利研究院にて、容疑者Ro-X3ルン太の詳しい解析が行われています>


   ~   ~   ~


「解析結果が出ました。ご覧ください。ルン太は上沼さんの文字による命令を、このように解釈した形跡がありました」


 ……


 学校帰りの僕に、君が因縁を付ける。僕は反抗するから、君は殴れ。もちろん本気じゃなくていいよ。殴る素振すぶりでいいんだ。


 あと、中止するときのタイミングも決めておこう。


 いくら待っても槙瓜が飛び出してこなかったら中止にせざるを得ない。そのタイミングは、君が僕を百回殴ったときにしよう。もちろん素振すぶりだよ。


 ……


「そう、“そぶり”を“すぶり”と受け取ったのです。


 その前段階、最初に出て来た“素振り”は正しく“そぶり”と解釈していますが、その後、間に剣道の話を挟まれたがために、誤動作を起こした可能性が考えられます」


「うーん、予想外だ。しかし、ちょっと変な気もしますな」


「何がでしょう?」


「ロボットがこの漢字を“そぶり”と解釈したとして、だよ。“そぶり”の国語的意味では、当てないのではなかったかな?」


「確かにその通りです。そこもまたロボットの誤動作があったと推測しています。よろしいですか? 上沼さんは、“当てる素振り”と繰り返し書いていました。


 ロボットはこう解釈したのではないか。通常、当てないものである“すぶり”にわざわざ“当てる”と付けたのには理由があるに違いない。ここで指示されている“すぶり”は当てなければならない、と」


「なるほど……不幸な偶然の積み重ねが、誤解を引き出したのか。SOとSUのわずかな違いでこんなことが起こるとは、まだまだ改善の余地があるな」


 了

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一字違いで“おう”違い 小石原淳 @koIshiara-Jun

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