サル山の人々

多賀 夢(元・みきてぃ)

サル山の人々

 小さな世界を観察すると、大きな社会が分かるという。

 たとえば動物園のサル山。サル山にいるのは主にニホンザルだが、強いオスザルがボスとなり、餌を独占している。彼の周りには複数のメスが群がり、他のオスザルは餌とメスを獲得するため争う。サル山が腕力によるピラミッド構造であることは、かなり知られている事だと思う。


 それは人間社会の縮図だと、真顔で語る人はいる。だけど私の考えは、少し違う。



 30年振りの、クラス会。

「みんな変わってないねえ」

 私はその会場を、向かいのビルから見下ろしていた。幹事の加納さんには、仕事のため不参加だと伝えてある。ところがその出張先のオフィスというのが、飲み屋の様子を知るのにちょうどいい位置と高さだったのだ。

 当時を思い出した私は、ただの好奇心だけで彼らを見物することにしたのである。


 上座にどっかり胡座をかいているのは、学級委員長だった豊田だ。冷酷な性格のイケメンは、いけ好かない目つきだけ残して立派なメタボに育っていた。

 ビクつきながらお酌しているのは加納さん。私と同じでスクールカーストの最底辺だった。派遣社員は辛いだの旦那が厳しいだの、一方的な愚痴を勝手に寄越す。適当に放置してるけど。

 その周囲には、名前も覚えていないカースト上位の面々。男共の顔は営業スマイルで、こっそり吐く真似をしているやつもいる。女共は結婚して厚化粧になって、ますます誰が誰だか分からない。


「……閉じた世界のまんまで、よくもまあ大人になれたもんね」


 カバンに入れていたミネラルウォーターを飲みながら、眼下で繰り広げられる生態を観察する。スマホが定期的に震えている。おそらく加納さんが、不参加を伝えた私にSOSを送っているのだろう。


「綿貫さん」

 呼ばれて振り向くと、クライアントのチームリーダーがコートと鞄を持って小走りに近づいてきた。私と歳の近い、可愛らしい女性だ。

「お待たせしました。何見てらしたんですか?」

 私は皮肉っぽく目を細めた。

「昔いたサル山を」

「は?」

 変な顔をした彼女に笑いを堪えながら、私は下を指さした。

「あそこで、同級生がクラス会やってるんです。私は不参加ですけど」

「それは残念でしたねえ。お仕事と重なるなんて」

 相手の的はずれななぐさめに、私は軽く肩をそびやかした。

 私と同じ所を眺めた彼女は、不意に表情を曇らせた。私はそれを見逃さなかった。

「どうかされたんです?」

「いえ。見た顔がいたもので」

「もしかして豊田です?」

 私の問いに、彼女はため息をついて私に耳打ちをした。

「あの方、取引先の支店長なんですが。なんというか、視野が狭いと言いますか、男尊女卑といいますか……あら。こんなこと言ったっていうの、内緒にいておいてくださいね」

「言いませんよ。私も嫌いだし」

 私はくくっと含み笑いをして、一瞬だけ眼下の集まりに目を移した。豊田が加納さんの肩に手を回し、嫌がる彼女を抱き寄せようとしている。元エロガキが、エロオヤジにグレードアップしとるやないかい。

「さて!」

 私は少し声を張って、彼女の方に向き直った。

「そろそろ駅に向かいますね。ちょうどいい頃合いですし」

「あら、クラス会に顔を出すんですか?」

「いいえ。会いたくない人間ばかりなんで」

 再び宴会場を見下ろすと、加納さんが私に気づいたらしく指をさしていた。周囲もこちらを見上げている。もちろん豊田も。

 私は余裕の笑みを浮かべた顔で、無視するように顔を背けた。

 サル山はね、見物するためにあるの。存分に観察されなさい。




 自然界のニホンザルには、ボスがいないと聞いたことがある。

 そもそも群れないんだそうだ。大人になったオスは単独で行動し、メスは子育てのためだけに近しいものと集まっているだけ。

 本来自由なサルを人間の都合で閉じ込めた結果、オスを頂点としたあのサル山構造が出来上がったのが真相らしい。


 その話を聞いてから、私は学校がサル山に見えてならなかった。自分の意志に関係なく教室に閉じ込められて、競い競わされ過ごす義務教育の9年間。田舎の土地では中学になってもメンツは変わらず、ゆえにどんどん強固になっていくピラミッド構造。

 

 私と加納さんは、運動ができないという理由で最下層になった。表立った暴力はなかったが、無視や人格否定、性的いたずらの標的にされた。


 だから私は観察者になった。群れに属するのをやめて、一人で動くことにしたのだ。しかし加納さんは、彼らの『おもちゃ』であり続けた。媚びた醜い笑顔を貼り付け、周囲に粘着した。

 飼い犬や飼い猫は、長く慣らされると檻から出なくなるという。きっと彼女も同じだったのだろう。

 私を仲間だと思い込んでいる彼女は、私にも執着した。だけど私は、徹底的に一匹狼を貫いた。私はサルには絶対になりたくなかった。

 高校はわざと遠くの学校に行き、そこでやっと自由を手に入れた。対等な友人が大勢できてからは、ますます地元の人間に興味がなくなった。




 駅についてから、私はやっとスマホを取り出した。メッセージを確認すると、案の定加納さんの愚痴と泣き言がつづられていた。そして最後に一行、『助けて』。

 ――いい加減、自力で出なさいよ。サル山の鍵はとっくに開いてんでしょうが。

 私は既読スルーを決め込んで、他のメッセージを確認した。職場の友達から遊びの誘いが来ていたので、直ぐにOKの返事を出した。





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サル山の人々 多賀 夢(元・みきてぃ) @Nico_kusunoki

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