宗教科学
高黄森哉
暗い人
「なあ、やっぱり無理があると思うんだよ」
「なにが」
それは大学生だった。大学生は、同士に語り掛ける。
「やっぱり、雷からの合成で、生命が生まれるなんて嘘だ」
「なんで」
「だって、じゃあ、例えば原始の海に雷が落ちるだろ。すると、確かに生命の元が生まれるかもしれない。でもな、雷でその周りの水は沸騰してるはずなんだ」
「それのなにが問題なんだ」
「だって、生命の元ってのは、タンパク質なんだろ」
「はあ」
「淡白質ってのは熱変性がある」
「なるほど」
薄暗い地下室で、照明に照らされた大学生の顔は、堀が深く見えた。
「でも、それが嘘だとして、なんでそんな嘘をつく必要があるんだ」
「これは噂なんだが、宗教的意図が含まれているらしい」
「というと」
「まず、初めにその説を唱えたのは、ヨーロッパの某科学者なのだが、よくよく調べると彼は例の宗教なのだ。そして、例の宗教では、雷を操る全知全能の神がいる」
「じゃあ、彼はその宗教にのめり込んで自分の考えを押し付けようと ……………………」
「いや。それはちがうかもしれない。彼は宗教にのめり込むあまり、きっと、この世の中は、宗教的だという偏見をもっていたんだ。それで、その思想が知らず知らずのうちに、彼の研究に染み出てしまったんだ」
研究者の願望が、研究結果を歪めてしまう、というのは、多々あることである。たとえば、誤差や端数として切り捨てられる結果を、確定的な証拠だとして、提出した者もいる。
「でも、そんな有名な話が嘘なのか。中学生の教科書にも載っていた話なのに!」
「人々は権威に弱い。理論が理解の範囲外にあれば、それが正しいか正しくないか、判断できないため ―――、いいか、ここからが問題だ、――― 判断できないために、疑うことを放棄して、無条件で受け入れてしまうのだ」
「他にもあるのか。こういう例は」
「ある。ビッグバンも、怪しい。これも、神話になぞらえた、でっちあげかもしれない。奴ら、俺達が理解できないのを、いいことにでっち上げてるんだ」
「これじゃあ、昔と変わらないじゃないか。科学も、神話と同じように、手の届かないところにあって、そして、権威を利用して、それが本物の現象であることを、無条件に飲み込まされている。俺達は、怠惰で閉じたアカデミックのせいで、無知であり、それゆえに、謝ってるかもしれない情報を、飲まざるを得ない場所に立たされつづけているんだ」
「そうだ。科学、というだけで、どんなむちゃくちゃも、受け入れろ、と言わんばかりだ」
「くそ。全ての理系学部は、神学部に名前を変えるべきだ」
暗闇に電灯、そして机には二人の大学生が向かい合い、嘆いている。その部屋の扉、そこには、『陰謀論研究会』、の文字があった。そして、その文字を読む者がいる。腕章には、ラテン語で、『信仰保護班第一課』の文字。もちろん、右手には十字架のショットガンを携えているのだ。そして、左手には聖典を抱えてなければならない。やはり、服装は祭服でお願いしたいところ。確実に、ネックレスには聖母の木彫り。当然、イヤリングは、銀製。それとそれと、後は …………………… なにがいいかと思う?
宗教科学 高黄森哉 @kamikawa2001
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