犯人は誰だ(食べかけのチョコレートケーキ)
帆尊歩
第1話 犯人は誰だ
リビングのテーブルの上に、食べかけのチョコレートケーキが残っている。
しっかりとしたケーキで、三分の二になってもスポンジがきっちり詰まっているせいか、しっかり立っている。
普通これだけ食べられたら、テローンとなってしまうところ、まるで初めからそういう形のケーキなのではと思ってしまうほどにしっかりしている。
嫌そんな事はどうでも良い。
問題はこのチョコレートケーキを誰が食べたかと言うことだ。
無論、あたしではない。
息子はこの春中学に入ったばかり、まだ学校から帰ってきていない。
旦那はびっくりするくらいの甘党で、こんなケーキを置いておいたら、食べかけになんてならない、完全に旦那の胃袋に吸い込まれて消滅している。
第一会社から帰って来ていない。
だとすると。
「さわー。サワー。砂羽―」あたしは一軒家を良いことにさけぶ。
旦那を脅してやっと買った一軒家。
小さな、小さな我が家だけれど、夢のマイホーム。
前の賃貸でこんな声を出したら、管理会社に通報されてしまうレベルだけど、ここは違う。なんせ、マイホーム。
三十五年ローンで、まだ一年くらい。
現実には玄関ドアーくらいしか、うちの物ではないけれど。
マイホーム。
「何、ママ」やっときやがった。
「砂羽、あんた、ここにあるチョコレートケーキ食べたでしょう」
「砂羽、食べてないよ」あくまでもシラを切るつもりか。
この馬鹿娘がー。
「砂羽。小学三年にもなって、そんな誰にでもばれる嘘をつくんじゃありません」
「本当だって」
「嘘おっしゃい。じゃあ誰が食べたのよ」
「砂羽以外」
「砂羽以外って誰よ」
「パパとか」
「一番怪しいけど。会社から帰って来ていない。それにパパなら、残さないから」
「じゃあ、お兄ちゃん」
「あの食い意地の悪さは、パパの次に怪しいけど、まだ帰っていない」
「じゃあ。ママ?」
「ママが、誰だって言っているの。ママだったら、完全に食べて、なかったことにするから。完璧な隠蔽よ」
「なんか、間違って、証拠を残しちゃった。だから被害者を装って、誰かに罪をなすりつけようとしているとか」
「あんたね。パパと一緒で、サスペンス物の見過ぎ」
「とにかく砂羽は食べていないから」と言って砂羽はリビングから出て行った。
このガキは、証拠がないことを良いことに、絶対に尻尾をつかんでやる。
次の日、あたしは昨日にもまして、大きめのチョコレートケーキをリビングのテーブにおいた。
そして張り込み。
しばらくして、リビングに入ってくる人影があった。
やっぱり砂羽じゃないか。
ランドセルのままチョコレートケーキに近づく、そこであたしは、サスペンス物の探偵よろしく、華々しく出て行こうとして考えた。
食べてないと言い張っている。
完全な勝利は口をつけたときだ。
ところが砂羽は、ティッシュを一枚取ると、チョコレートケーキを三分の一にちぎった。
そして、ティッシュに包んだ。
そのまま家を出て行く、かくしてあたしは容疑者、砂羽の尾行を開始するのだった。
三軒先の空き地に来るとホシはしゃがみ込んで、持ってきたチョコレートケーキの欠片を地面に置いた。
すると小さな子猫が茂みから出てきた。
そしてチョコレートケーキを食べる。
そういうことか。
というかあの子猫、三日前に砂羽が拾って来た子猫じゃないか。
そういえばあの時、「猫なんか飼えません。元いたところに戻してらっしゃい」
と言ったっけ。
「砂羽」とあたしは砂羽に声を掛けた。
砂羽は、はっきりと分かるくらいビクッとして、スローモーションのようにこっちを向いた。
「ママ」
「やっぱりそうじゃない砂羽の仕業」
「違うよママ、砂羽チョコレートケーキ食べてないもん」
「確かに砂羽は食べていないね。でも」
「でも」
「パパとお兄ちゃんに、罪をなすりつけようとしたんだからね」
「そんな事してないよ」
「もう少しでパパのお小遣い十分の一減給、三ヶ月の処分が下るところだったよ。
お兄ちゃんは、庭掃除の労役を化されるところだったんだよ」
「減給と労役って何」
「そのうち分かるよ」
その夜、旦那にこの顛末を報告し、最高生活委員会を開催した。
委員長はあたし。
委員は旦那。
旦那一言。
「お前は専制君主か。ネロなのか。カリィギュラなのか」あたしは期待どおりのツッコミに満足して、臣民にチョコレートケーキを振る舞った。
さて子猫なんだけど、マイホームが汚れることは、断腸の思いながら、旦那にゲージや、猫砂など緊急歳出を認めさせることに成功。
かくして子猫という新たなる、臣民を向かい入れることになったのだった。
砂羽は大喜びで子猫はチョコという、かなり安直な名前をつける事になり、今日も元気に走り回っている。
後は砂羽がちゃんと面倒を見るかだけよね。
犯人は誰だ(食べかけのチョコレートケーキ) 帆尊歩 @hosonayumu
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