GO FOR IT!(完結)

気がついたとき、君は、隣にいた。

せまいシングルベッドの上。僕の隣にいた。

横向きに寝そべりながら、ひじ枕で。目覚めたばかりの僕を見つめてた。

君はバスローブを羽織ってるのに、僕だけ丸裸。恥ずかしくて。

腰にかかってた布団を胸元まで引っぱり上げた。なるべく、そーっと。

甘ったるい夢の残り香をとどめた静寂が心地よかったから。だから、そーっと。


ふいに、君は、ふっと目を細めた。

レースのカーテンごしに差し込んでくる朝日が瞳を照らしたから?

君は、まぶしそうに目を細めて、柔らかく微笑んで。

「なんか可愛いな、あんた。これからも会える?」


ああ、なんて無神経で傍若無人な君。

僕は、こらえきれずにボロボロ泣いた。

「13年前だって、そんなことを言ったけど。すっかり僕を忘れてたくせに。うそつきだ君は。うそつきだ」

昨日の夜のギムレットの名残りと感傷に酔いながら、君をなじった。


「忘れるもなにも。ホントに知らなかったんだよ、あんたのこと」

と、君は苦笑して、

「だいたい13年前って言ったら、オレが7歳のときの話になるんだけど」


「は……?」


なんて大バカなんだ、僕ときたら。

どうりで君は、「あの日の君」のまま。変わらず若々しかったはずだ。

まるっきりの僕の勘違い。人違いだったんだ。


本気で君を「あの日の君」だと思い込んでたなんて。

微塵も気付かなかったなんて。

僕はどうかしてた。


だって。君のこととなると夢中になって。

思考回路がショートしてしまうんだ。

それもこれも、あの日の君の呪文のせい。

「忘れないで。きっと会いにくる」って。

そう言って君が僕を魔法にかけたから。

僕は、僕よりずっと年下の「君」を、「あの日の君」だと思い込んで。

少しも疑わなかったんだ。


出張先のホテルで、見知らぬ年下の誰かに抱かれてたんだ、昨夜の僕。

僕はあわただしく寝がえりをうって。君の視線から逃げた。

驚きと恥ずかしさでカァッと熱くなった全身を頭からスッポリ布団にくるんで。


君は、その布団ごと僕を背中からギュッと抱きしめて、

「忘れちゃいなよ、そんな昔のヤツ。オレが新しい思い出作ってやるよ。もっと楽しくて気持ちいい思い出」

キザなセリフを、てらいもなく。真っすぐな明るさで、ささやいてくれた。


忘れることはできない。きっと。

真っすぐな君に嘘はつけない。僕は、あの日の彼を忘れられないよ。これからもきっと。

ごめんね。

13年間もずっと、記憶のテッペンで守ってきた思い出だから。


でも、この先、新しい思い出を積み重ねていけたら。あの日の思い出の上に。

楽しくて気持ちのいい思い出を。どんどん積み重ねていけたなら……

記憶のテッペンに、別のシーンが輝きだすだろうか。


君は、布団の中から僕の顔を発掘して、のぞきこんだ。両手で ほっぺたをはさみ込んで。

「次の休み、いつ? オレ、春休みだから。会いにいくよ。絶対」

朝日に映える澄んだ茶色の瞳をまぶしそうに細めて。


僕も、目を細める。君のその真っすぐな瞳がまぶしいから。

スーッと小さく深呼吸して。息を整えてから、君に伝えよう。……僕の週末のスケジュール。

あの日の僕を超えて、新しい僕をはじめたいから。


初恋の甘い思い出は、忘れられやしないけど。

「君」の瞳の鮮やかな茶色の虹彩に包まれて、セピア色の風景の一部に溶け込みはじめるのは、きっと、もう間もなく。



 あの日……僕にとっては、13年前の日の約束が自然と導いてくれたに違いない「必然の再会」。

 君にとっては「運命の出会い」だったと、君は、思い出すたびに笑ってくれる。




     □ END □


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【BL】ありふれた奇跡、あるいは回転ドアと君と僕 こぼねサワァ @kobone_sonar

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ