美味しいよ。世界一だ。

紫陽花の花びら

第1話

 私は本当はガドーショコラが大好き。

でも家のケーキはね、普通のスポンジのチョコレートケーキ。

父親がそれが良いって言うもんだから、イベントの時はすべてこれだった。家族の誕生日、バレンタイン、クリスマス、父の日、母の日。考えればおかしい話しなんだけど、父親の笑顔が見たいのだろう。ふたりは仲良しだからね。

 母親は嬉しそうに作る。

娘は諦めている。家庭平和が一番だし。ただ、たまに父親がいない時は、市販のケーキを買って母と二人で食べる。

そんな時母の口癖、

「やっぱり、プロのを食べて勉強しないとね。流行に遅れちゃうでしょ」

なんて言いながら嬉しそうに食べてる。何言ってんだか。そう言うとき、母は絶対チョコレートケーキを食べないもの。飽きているに違いない。

「ねえ、なんでチョコレートケーキなの? シュークリームやシフォンケーキ、ショートケーキとかあったのに」

母は笑いながら、

「お父さんは律儀なのよ。結婚して初めて作ったのがチョコレートケーキでね。初めて食べたんだって。こんな美味しいケーキ初めてだよって大喜びして、その時宣言したの。これからはチョコレートケーキ以外食べないって」

「それを忠実に守ってるの? 父は」

「そうなのよ。そうなると私も色々考えて工夫するでしょ。溶かすチョコレートを替えるとか。だから、雪には可哀想なことしたねって話してるの。でもね譲ら無いの。可愛いでしよあなたのお父さん」

「はいはい、ですね~ だからこそ母娘の至福の時も与えて貰っているので良しとしますよ」

「そうよ、雪だって好きなケーキ買うぐらいはお給料頂いてるでしょ。うふふ」

確かにそりゃそうだ。

 その年父は七十二才になった。恒例のメインイベント!

母のチョコレートケーキに大きいローソク七本と小さいローソク二本飾り、ハッピーバースデーの歌を歌いローソクを消す。ここまでしっかりやるのだ。

父親は満面に笑み。見てるこちらの方が照れる。

「有難う! いつも有難う。

お父さん嬉しいよ。美菜子さんには感謝しているよ。何たって世界で一番美味しいチョコレートケーキを作ってくれる奥さんだもの。では頂きます!」

私と母顔を見合わせて笑ってしまった。

「お父さんったら、大袈裟なんだ」

「ばかいえ、こう言う事はチャンスがあるときに言って置かないと」

「じゃぁ 愛してるって言った方が喜ぶでしょうが」

「お前の前で言えるか……なっ母さん」

「はいはい~後でたくさん言って貰いますね。それよりは美味しい?」

「今年はチョコレートが違うな。

高いのか?」

「さあ如何かしら。高ければいい訳でも無いみたい」

「母さんの愛の分量が多めかな?」

「もういい加減にして、親を揶揄うの」

そんなたわいもない話しをしながら食べたチョコレートケーキの味を思い出す。


 同じ年のクリスマスの日父はケーキを食べている途中で倒れ、結局帰らぬ人になってしまったのだ。

あまりの突然な事に、私たちは実感の無いまま葬儀を終えた。


「ねえ、おせちとかは作らないけど、チョコレートケーキは作ろと思うの。良いかしら」

「喜ぶよ……何たって世界一なんだから」

母は何も言わず笑っていた。

 大晦日の夜母は黙々とケーキを作っていた。私は少し小さくなった母の姿を見るのが辛くて、部屋に上がってしまった。

 どれくらい経ったのか。時計を見ると新年がもうすぐそこまで来ていた。

慌て下に降りていくと母の声がする。誰か来たのか?そんなわけない。リビングには居ない。和室の襖をそっと開けてみる。

母は仏壇の前に座っていた。

「あなた……出来ましてよ。世界一のチョコレートケーキ。今日のはねえあなたに初めて作ったレシピですから。チョコレートもスーパーで買ったブラックチョコレートとミルクチョコレート混ぜたのもの。人と違うものを作りたくてて、友達から聞いたレシピに手を加えたの。そしたらその友達が試食して不味いて言ったのよ。

でも……もう時間が無いから、

仕方ない!ごめんねって思いながら出したら、あなたは美味し美味しって食べてくれた。優しい笑顔だった。それから本当飽きもせずに食べてくれて感謝してる。もしかして、あなたは世界一たくさんチョコレートケーキを食べたお父さんかもね。本当ギネスものね。うふふ。あっ午前零時! 明けましておめでとうございます。

七十二年間お疲れさまでした。

そして四十五年間夫婦でいてくれてありがとう! ほら!チョコレートケーキでギネスに載れる!

まあまあそれは又別の話しだけど。

あなたが倒れたあの日……食べかけのチョコレートケーキね、

誰も手を付けられなくて冷凍しちゃった。まさか帰って来ないなんて思わないもの。今もそのまま。だって食べて欲しかったのよ。

えっ? 嫌だ! 勿論あなたには焼きたて。解凍したのは私が頂くの」

淡々とケーキを切り分け、父のお皿に載せる。

「美味しい?……そう~懐かしい味ね。これ? あなたの食べかけのチョコレートケーキだもの。美味しくて寂しい味がするわ」


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美味しいよ。世界一だ。 紫陽花の花びら @hina311311

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