「食べかけのチョコレートケーキ」(第34回)

小椋夏己

食べかけのチョコレートケーキ

「おっそい!」


 私はバン! と、両手でテーブルを叩いて憤慨する。


『ちょっと仕事が立て込んで行くの遅くなる、ごめんね』


 彼がそんなメッセージを送ってきたまま、それっきりなしのつぶてで連絡もくれないからだ。


「おっそい!」


 今日は私の誕生日、それで一緒にお祝いしようって、それで、わざわざお気に入りのお店に足を伸ばして、お誕生日の丸いケーキを買ってきたっていうのにね!


「もう、8時には来るって言ったのに!」


 もう時間は10時を過ぎた。


「おそい!! 遅すぎる!!」


 仕事でアクシデントがあったとかで、それで遅くなるのは仕方がない。

 運が悪かった、そう思う。


「けどさ、だったら大体何時になるとかぐらい言ってきてもよくない? はあ?」


 なんてバースデーなんだ。

 お腹は空くし、腹立つし、何よりさびしいじゃないの。


「あ~あ、こんなだったらお祝いしてもらっておけばよかったなー」


 職場の友人たちがお誕生日だから食事にでも行こうって誘ってくれたのに、


「ごっめ~ん、彼と約束してるんだ」

「うわっ、友達より彼とるのか!」

「こいつー逆に今度おごれよな!」


 そう言って、冷やかされながら断って帰ったのにい!


「今度の誕生日はどうしたい?」


 そう聞かれたので、


「平日だし、二人だけでご馳走とケーキ食べて、後はのんびりテレビ見たりだらだらして過ごしたいかな」

「じゃあそうしよう」


 毎年お誕生日にはおめかしして外で食事して、映画でも見て、ちょっと落ち着いたお店でお酒飲んでって、絵に描いたようなお誕生日を過ごしていたけど、それもちょっと飽きてきた。


 そうやって背伸びする時期はもう終わったんだなと思う。

 今は二人でゆっくりするのが一番楽しい。

 たまにはお出かけもしたいけど、なんだろう、安心してそばにいられる時間がとても幸せって思えてる。


「だから今年はそうしようねって言ってたのに!」


 なんか、すんごいむかついてきた。


 むかむかむかむかむかむかむかむか…………


「こういうのが釣った魚には餌をやらないってやつかあ!」


 左手薬指の指輪を見てさらにむかっとする。


 そう、この間正式に婚約した。

 もうすぐ一緒に暮らす部屋も決まり、近々引っ越すことになっている。


「だから、思い出のあるこの部屋でできる最後の誕生日、ゆっくり過ごそうって言ってたのにい!」


 ご馳走はデリバリーを頼んだ。

 平日で私も仕事だったし、作ってる時間はなかったから。

 休みをとってもよかったかなとも思ったけど、普通の生活してその中に普通のお誕生日を入れたかった。きっと、これから毎年そうなるように、何もかも生活の一部にしたかった。

 

 ケーキだけは仕事の帰りにお気に入りのケーキ屋さんに寄って、予約してあったチョコのデコレーションケーキを受け取って冷蔵庫に入れてある。


「ケーキ……」


 ふっと思いついて冷蔵庫に近づく。


 カチャリ


 扉を開くとひんやりした空気が流れ出て、真っ白なケーキの箱が目に留まった。


「ふ……」


 なんかやけくそな気分で箱を取り出し冷蔵庫の扉を閉めた。


「こうなったらこうしてやる……」


 私は箱からきれいに飾り付けられたケーキを取り出した。


「えい!」


 丸いケーキのど真ん中、真っ赤なベリーを盛り上げてデコレートしてあるそこに思いっきりフォークを突き刺す!


 ぐりぐりぐりぐり


 ぐるっとケーキのど真ん中をほじくって、口に投入!


「う~ん、やっぱりここのケーキは最高よね~」


 今住んでるアパート近くの有名店じゃない小さなお店。

 たまたま二人で立ち寄った町のケーキ屋さんのケーキがとてもおいしくて、それから二人のお気に入りのお店になった。


「もういっちょ!」


 口の中の甘いほわっとしたケーキがなくなり、もう一度真ん中に空いた穴からフォークですくい取る。

 層になったチョコクリームとカスタードクリームの断面を見ながらぱくっ!


「う~ん、クリームも絶品!」


 洋酒がしみたスポンジに甘すぎない大人のチョコとクリーム、とろける~


 そうやって一人でケーキを削っては食べ、食べては削りを繰り返し、半分以上を食べてお腹がいっぱいになってきた。


「はあ、満足満足」


 ケーキもフォークも何もかもをほったらかして、ベッドの上にどかっと仰向けに倒れ込み、そのまま眠ってしまったようだ。


――しばしの後――


「遅くなってごめん!」


 彼が来たのは結局日付が変わるちょっと前だった。


「って、なんだこりゃ……」


 彼はテーブルの上の惨状を見て、何が起こったか瞬時に理解したみたい。


「そっかあ、ごめんよ」


 彼はゆっくりと私がふて寝している横に座り込むと、そっと髪をかきあげて、何回か頭を撫でていた。

 

「悪かったなあ、どうしても帰れないアクシデントがあったんだよ、ごめんね」

 

 もう一度そう言うと、眠ったままの私の唇にそっと自分の唇を押し付けて、


「チョコの味がする」


 そう言って笑う。


 本当はもう目が覚めてたんだけど、いじわるして寝た振りしてたらそんなことになっちゃって、バカ、今更起きられなくなったじゃない。

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「食べかけのチョコレートケーキ」(第34回) 小椋夏己 @oguranatuki

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