第7話 無明の酒に酔う

◆登場人物一覧


 板出 相次(いたで・あいつぐ)……窃盗犯被疑者

 身削 まつり(みそぎ・───)……信者1


 湯田 感治(ゆだ・かんじ)…………信者2

 上野 保(うえの・たもつ)…………信者3

 神泉 与絶(しんせん・あたえ)……支部長


 痣布座 無様(あざぶざ・ぶざま)…探偵


 折紙 千鶴(おりがみ・ちづる)……刑事



 ────────────────────────



「あ、探偵さん。このわからずやな刑事さんに説明してあげてください」

「探偵さん? そういえばあなたも板出と同じように部外者ですね? 怪しいです」


「ずいぶんとまぁ、仲良くなっちまったなぁ身削。俺もお前も板出も、ほぼ初対面の顔だっただろう?」


 板出と身削は、友人の知り合い同士だってな?

 それはもう、ほぼ初対面ってことだ。


「ほぼ初対面、板出 相次に関して何も知らない。俺とほとんど同じ状況だろう。身削にとって板出は初対面のよく知らない男。それなのに、板出が酒泥棒じゃないってどうして分かったんだ?」


「どうしてって……」


 盗まれた酒。酒の匂いがする物言わぬ男。

 大してよく知らない男だ。ちっとは疑ってしかるべき。


 ただ自分が連れてきた男だったとしても、酒に酔って眠っているのは誰の目にも明らかだ。普通はこいつが酒を盗んだって考える。


 だが、お前はただの一回も、板出を疑わなかった。

 それが分からなかった。


「分からねぇな。全く分からねぇ。分かるはずもねぇだろう。全てお見通しなんて、神様でもなければ、犯人しかいねぇだろうが」



 板出が酒泥棒じゃないと。

 それが事実だと、どうして分かった?


『睡神教』の集会に来た信者たちの中で、その事実を知っていて、それを信じて疑わなかったのはお前だけだ。

 身削 まつり。


「そうだよなぁ。お前が持ってきた御神酒には毒が入っていた。致死量たっぷりの毒だ。御神酒を盗んだ奴が、それを飲んでのんきにイビキかいて寝ているわけがない。だからこそお前は板出が酒泥棒じゃないって心から信じて疑わなかったんだ」


「知らない。そんなこと、私だって知らなかった」


「そうだ。俺たち人間は知らなくても、神様とやらは全て知っていたはずだ。お前が信じる通り、あの御神酒に毒が入っていたとしても、神はお見通しで、それをきちんと廃棄すれば、何も起こらない。そうやってお前は選別していたんだ。この宗教が自分にとって真に信じるべき宗教なのかどうか。ここの信者が、清らかな信者なのかどうかを」


 毒を見抜き、酒に惑わず、心を貫くことが出来るのか。

 何も起きなければ、お前の願いは叶う。毒を捧げることで、『睡神教』の浄化を願った。


 毒を見抜けず、酒に惑い、心を汚した人だけが死に至る。


 犯人は、板出のような部外者でも、信者たちが疑うような敵対者でもない。

 睡神教のことを誰よりも信じ、睡神教の未来を誰よりも憂いていた。

 まさか犯人がお前だとは、信じたくはなかった。


「人間ごときが、人間を選別するたぁ。神様気取りの気に食わない奴だ。人殺し。お前の方が罪が重く、汚れているんだ」


「違う! 私は!! 神様になりたかったんじゃない!!!」


 身削は声を荒げた。

 その声は誰に向けられたものなのか。会場にいる全ての人間に聞こえる声量で。それでもまだ声を張り上げる。


「神様は私たちを見てくれている! 優しくて、強くて、輝かしい! それでも甘やかしすぎて、不純物が入り込んでいる、そんな予感がしたの。神様はお見通し。私が毒を捧げたとしても、そんなもので神の目は曇らない! 支部長様はきっと酒などでは惑わない! 不純な異物だけが死ぬ。私が神様のためにしてあげられることは、この身を捧げること。他の誰にもできないことよ。私だけがしてあげられること!!」


「うるせぇな。黙れよ」


 キッと、睨め付けるような目と目が合った。

 身削の目には何が見えているのか。

 痣布座をまるで見ていない。


「神様なら、そんな大声張り上げなくても、お見通しなんだろう? お前が浄化を願い、神のことを思う。その祈りだけでも十分伝わっていたはずじゃねぇのかよ」


 身削の目が泳ぐ。

 自分のした事。

 自分のしでかした事を。


 その身に刻め。


「本当に神が全てお見通しなら、名乗り出なくても良かったはずだ。お前のそれは正義でも信仰心でもない。自己顕示欲、エゴ。人間の汚らしい欲望。それ以外でも何物でも無い。

 社会的地位を投げ打って、お前の命を捧げたところで、所詮は愚かな犯罪者の命。神は見てくれているだろうよ。お前の目の前の未来がどんな風に広がっていくのか。寝言は寝て言えよ。俺は興味ないがね」



 ◆◆◆


 事件当日の流れ。


 会場に着いた身削と板出はトイレに行く。

 身削はトイレに行く振りをして、睡神像に御神酒を置いた。毒の入った酒の小瓶。その後トイレに戻る。板出はトイレから出た後、何も知らずに会場に行き、身削を探す。像の近くに置かれているお供え物に気づき、朝ご飯に持ってきていたバナナをお供えし、トイレに戻った。


 身削が板出について、お供え物をしていない、と言っていたが、当の板出はバナナのお供え物をしていた。会場についてずっと一緒に居たというのが嘘だったということ。身削にも御神酒を供える機会はあったということ。


 板出が起きればわかることだが、『事件に遭いませんように』だなんてのは、探偵たちの間で『容疑者学部冤罪学科特待生』と噂されている板出の書きそうなことだ。

 板出は【真実直通】のヘビーユーザーだ。板出と初対面だったとしても、勝手に情報は流れてくるもんだ。

 結局あいつはずっと寝ていたから、まだ顔合わせも出来ていないが。



「事件解決へのご協力、感謝します。痣布座さん」

 ビシッっと敬礼をする折紙なんとかって刑事。

「知らねぇよ。警察に知り合いは作らねぇ主義だ」

 もちろん、被害者にもな。板出と知り合いになるとつまらねぇ事件に遭いそうだ。あのバナナは本当、捨てちまった方が身のためだぞ。


 呪われている。

 板出 相次。あの野郎は、な。


 しかしま、あの野郎は何も悪くなかった。

 事件が起こらないことを願い、祈っていたんだ。

 その祈りは通じなかったが、せめて夢の中だけは穏やかにな。


 未だ目覚めぬ夢の中で、「ランクA……むにゃむにゃ」と寝言を言っている板出を置いて、俺は現場を後にした。




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