第6話 聖人に夢なし

◆登場人物一覧


 板出 相次(いたで・あいつぐ)……窃盗犯被疑者

 身削 まつり(みそぎ・───)……信者1


 湯田 感治(ゆだ・かんじ)…………信者2

 上野 保(うえの・たもつ)…………信者3

 神泉 与絶(しんせん・あたえ)……支部長


 痣布座 無様(あざぶざ・ぶざま)…探偵



 ────────────────────────


「湯田さんが……死んだ? 殺された!?」

「落ち着いてください、上野さん。警察の方がいらしていますので、待合室の方で待ちましょう」


 先程のサラリーマンが少し怯えているようだ。支部長の神泉と話をしている。


「一体誰が……! 睡神様の前で人殺しなんて……そんな人が私たちの中に居るとは思えません! 今日ここに初めて来たっていう、あの人じゃありませんか?」

「確かに……信者の中に居るとは思いたくはありませんが……。警察に任せましょう。さ、こちらです」


 神の前でも、神の前じゃなくても人殺しは重罪だ。殺されたのが盗みを働いたとしても信者だった。信者を殺したのが同じ信者だとは思いたくはないか。

 しかし、先程まで冤罪を被っていた板出は、今回に限っては犯人候補から外れるだろう。



「彼はやっていません。信じてください」


「そう言われてもね、状況を見る限り、彼は完全に犯人クロです」


 やってきた警察にそう詰め寄られても、女性は引くそぶりも見せない。疑われている彼をそこまで信じるに足るものが、信頼関係のようなものがあるのか。


 というか何を言ってやがるんだ。

 完全に板出はシロだろうが。


「お前、所属と名前は?」

 痣布座は二人の間に割って入った。

「私は警始庁捜査一課 湿黎署の刑事、折紙おりがみ 千鶴ちづる。あなたは? 犯人?」

「痣布座 無様、探偵だ」


「そ。ならすっこんでなさい。もう犯人はこの中にいるのだから」

 話にならない。独自に調査をすることにする。

 情報だけは頂くがな。


 警察が来て、現場検証が行われ、科学捜査が行われたが、決定的な証拠は見つからなかった。


 被害者は湯田 感治。凶器はペットボトルに入った酒。成分分析をした結果、元は小瓶に入っていた『夢の逆夢』の酒。その中に毒が含まれていたとのこと。小瓶の内側からも毒の成分が検出される。

『睡神像』に捧げられた御神酒に毒が入っていて、それを盗んだ湯田がペットボトルに酒を移し替えた後、それを飲み、死亡。おおかた推理通りだった。


 しかし、その毒が入った御神酒を一体誰が神に捧げたのかは全くわからない。御神酒の小瓶の指紋はしっかりと拭き取られていた。湯田の指紋が付いていないことから、彼が盗んだ後、しっかりと証拠隠滅したようだった。


「犯人は、そう。『睡神教』に騙された元信者ね。神を殺すために御神酒に毒を仕込んだの。そうすれば、スタッフが持ち帰ってその毒を飲み、死に至る。神に捧げたはずの酒でスタッフが死んだとなれば、信者の神に対する疑いが増える。睡神が死ぬか、睡神教のスタッフが死に、宗教共々瓦解するか。これは『睡神教』に恨みをもつ犯行よ! だからこそ、この現場にいるタダ一人の部外者、板出 相次が怪しいわ!!」


「いいえ、彼は犯人ではありません。それに、『睡神様』は全てお見通しです。たとえ献上物に毒が入っていても、夢の世界に毒物を持って行かれなかった。夢に持って行っていたら御神酒は『空虚の欠片』となっているはず。現世でそれを飲んで『毒』となるはずがありません。神は御神酒の毒を見抜いていた。だから現世に毒が残っていたのです」


「なんですかあなたは。さっきから何を言っているんですか?」


 刑事の折紙と信者の身削が言い争っている。同レベルだからこそ口げんかが成り立っているとも見える。


 ただ、これは前提が間違っている。

 支部長の神泉が言っていたように、あの御神酒は正しく廃棄される予定だった。

 たとえ御神酒に毒が入っていたとしても、その毒は誰の口にも入ることなく廃棄されたはずだ。


 これは、起こるはずの無かった毒殺事件だ。

 被害者が酒を盗まなければ起こらなかった事件。


 被害者に酒を盛られ、『睡神の儀』から今の今まで夢の中に居る板出が犯人のはずがない。


 毒は神に捧げられたのか? 誰かを殺すために捧げられたのか?

 睡神を恨んでいる者の犯行か?



 睡神像の前には、いくつかの食べ物が供えられていた。

 神を信じ、神に祈りを捧げるために供えられたもの。

 これらは夢の世界に持ち寄られ、既に『空虚の欠片』となったのか。


「はっ。笑えねぇ冗談だ」


 現世に置いていかれた残りカスのうちのひとつ。

 その物的証拠に俺は破顔した。




『事件に遭いませんように』


 黄色い皮に黒マジックでそう書かれたバナナが像の前に置かれていた。

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