第5話 酒は百毒の長

◆登場人物一覧


 板出 相次(いたで・あいつぐ)……窃盗犯被疑者

 身削 まつり(みそぎ・───)……信者1


 湯田 感治(ゆだ・かんじ)…………信者2

 上野 保(うえの・たもつ)…………信者3

 神泉 与絶(しんせん・あたえ)……支部長


 痣布座 無様(あざぶざ・ぶざま)…探偵



 ────────────────────────


 トイレから戻ると、そこには身削しかいなかった。

「あと十分ほどで支部長からの禊ぎのお言葉を拝聴する時間があります。皆さんは既に『睡神像の間』の方に行かれたと思いますよ」


「俺を待ってくれたのか?」

「探偵さんは部外者と言って差し支えありませんからね。板出さんと同じで、タイムスケジュールを把握されていないでしょう」


 人を殺された訳でもないんだ。

 集会は滞りなく進む。

 昼寝の後は、ありがたい『おことば』、ねぇ。


「まだ十分ある。犯人特定までは十分だな」

「なんですか? オヤジギャグですか?」

「ちっ、少しは笑えよ。お前が信じていた板出に罪をなすりつけた犯人がわかったんだ。いや、もうすぐわかる」

「???」


「おそらく犯人は、湯田っつーおっさんだな。あいつが酒を盗んで、板出に酒を飲ませて罪を着せたんだ」



 ◆◆◆


 俺が物的証拠を欲しがってからすぐさま酒の小瓶が見つかったよな?

 酒の小瓶を用意するためには、中身を飲み干すか、中に入っている酒をどこかに移さなければならない。

 現場で酒の匂いがしていたのは板出だけだが、あいつの近くには酒の類いは転がっていなかった。酒を持ち運んでいる奴は別にいるって事だ。


 さて、純米大吟醸、日本酒を持ち運ぶに適した容れ物が必要だよな。

 それは缶コーヒーじゃねぇ。缶は液体を運び保存するには適さねぇ容れ物だ。缶は一度開けたら蓋ができない。容量も小さい。香りを楽しむ酒を容れるのにコーヒーの匂いは邪魔だ。

 ならペットボトルがいいよな? ペットボトルを買っていたのは神泉と、湯田。どちらかが怪しい。


 ただ、神泉が購入したのはジャスミンティ。色が付いている。ジャスミンティを飲み干した後、酒を中に移し替えたら、ジャスミンティのペットボトルの中に違う液体が入っているとばれちまう。

 その点、湯田が購入していた天然水のペットボトル。中が水ではなく、日本酒が入っていたとしてもぱっと見は分からねぇ。酒を飲まずに移し替えることが出来るのは、湯田だけってことだ。


 さて、と。

 湯田のおっさんを糾弾しに行こうぜ。

 ちったぁ酔いも醒めることだろうぜ。




 ◆◆◆



 へっへっへ。

 変な野郎が来たときは肝が冷えたが、上手くいったな。

 まさかこんな上物に出会えるとは思わなかった。


 純米大吟醸『夢の逆夢』。

 簡単には手が出ないほどの上等な酒。喉から手が出るほどの上質な酒。



 酒ならなんでもいいって訳じゃない。いつもは安い酒で舌を誤魔化しておくのさ。こういうときのために。おっと、よだれが出ちまう。


 大丈夫だ。

 集会で見たことの無い、初顔の部外者の男に酒入りの水を『禊ぎの水』だといって飲ませた途端、すぐに破顔しやがった。

 酒に弱い、酒に溺れる、弱者。

「よく眠れる睡神様の水だ」と言うとすぐに信じた。

 信者の鑑だな。よく信じ、よく騙される。


 もう会えなくなると思うと寂しいぜ。

 起きたらムショの中だろうからなぁ。


 帰ったらこいつで晩酌だ。何を食べようか。精米のフレッシュな味わいとコクを邪魔しない食べ物がいいなぁ。


 あぁ、一口だけならいいか。

 味見して、どんな料理が合うか決めよう。

 端から見れば、俺が水を飲んでいるようにしか見えないだろうが、この中には幻の酒が入ってるんだぜ。


 俺しか分からない。神様だって気付かない。

 ずっと眠ってて良いんだぜ。俺は現世で夢を見る。幻の夢を。



 ゴクリ。


 確かなのどごし。舌にくるピリリとした味わい。

 話に聞いていたものより鋭い味わいだな。舌が痺れる。おっと、ペットボトルを落としそうになっちまった。右手が痺れる。

 なんだ、これ、は────。



 ◆◆◆



 湯田は『睡神像の間』には居なかった。

 自販機の前にもトイレにもいない。


 会場の入り口から横に入った行き止まり。湯田が倒れていた。

 目は見開き、開きっぱなしの口。酒の匂いがした。横に転がっているのは天然水のペットボトル。透明の液体が零れている。どうやらこのペットボトルから酒の匂いがするようだ。


 湯田の首筋に手を当てる。

 まだ温かい。痙攣しているが、これは。


「死んでいる。おい、身削。警察と救急車だ。連絡しろ」

「はい。でも、まさか……」

「神に捧げた貢ぎ物、御神酒に毒が入っていた」


「そんなことが……?」


「誰がその御神酒を神に捧げたのか。とどのつまり──」


 痣布座は乾いた笑みを浮かべた。

 笑えねぇ時こそ笑みがこぼれる。


 支部長が言っていた。

 だが、どうだ? イタズラにしては度が過ぎている。


「この中に、神を殺そうとした奴が居るってことだ」




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