第4話 盗人の昼寝


「板出 相次は酒を飲んで眠っちまっている。それが自分から飲んだのか、誰かに飲まされたのかはわからねぇが。ただ、俺は誰かに飲まされたんだと睨んでいる」


「それは、どういうことですか?」


 身削は大人しく話を聞いている。

「簡単な話だ。酒を飲んで寝ちまった奴の近くには、酒が転がっているはずだろう。それなのに板出の近くには何もない。紙のパックの酒も、小瓶の酒もな」


 首つり自殺をしている人の近くに椅子が転がっていない。

 ホテルのメモにダイイングメッセージを書きしるした遺体。しかしその字を書いたペンが見つからない。

 そういう簡単なほころびにこそ、事件の謎をこじ開ける鍵が眠っている。そう痣布座は考えていた。


「酒を飲んで寝ちまっている奴の近くに酒が無い。誰かが持ち去ったか、はじめからそこに無かったか。板出はめられたんだよ。本当の盗人にな」


「そう、だったんですね……」


 身削の表情が緊張でこわばっているように見えた。

「探偵さんってすごいんですね。まるで神様のようです。ここに来たのも初めてなのに、板出さんに会ったのも初めて。それなのにここであったこと何でもお見通しみたいに」


「分からねぇよ。分かるはずないだろう。今はまだな」


 今は物的証拠が欲しい。

 人は嘘をつく。真実を隠す。本当のことを言わない。ただそれだけで、その日その場所にあったことが見えなくなる。

 物言わぬ証拠があればこそ、そこで本当にあったことが見えてくるものだ。


「探偵さん、すみませんが少し喉が渇きました。飲み物を買ってきてもよろしいですか?」


「あぁ、良いな。俺もちょうど行こうと思っていたんだ。案内してくれないか」




 ◆◆◆


 トイレの前にある休憩スペース。そこには自動販売機が数台置かれていた。

 そして缶・瓶・ペットボトル用のゴミ箱が置いてある。


 痣布座は来て早々、そのゴミ箱の蓋をひっぺがした。

「な!! 何をしてるんだあんた!!」

 湯田っつったか。天然水のペットボトルを手に持っている。ずいぶんとまぁ、健康志向だ。


「うるせぇよ。黙っとけ。探偵の調査はゴミ漁りが基本なんだよ」


 三つのゴミ箱を漁ったが、目的の物は見つからなかった。

「ふん。ここ以外に自販機はないのか?」

「えぇ、ありません」

「そうか」


「元に戻して置いていただければ、大丈夫ですよ」

 支部長の神泉が俺の目の前でジャスミンティを購入した。ペットボトルのキャップを開けて一口飲む。


「探偵さんの仕事をこんなに間近で見たのは初めてです。大変な仕事なんですね……」


 上野は缶コーヒーの無糖を飲んでいた。お前はそんなものを飲んでいるから眠れないんじゃねぇのかと口に出しそうになった。


 後ろからその光景を眺めていた身削は痣布座が何も購入しないのを見て、目の前でフルーツ牛乳を購入した。


「…………」

「な、なにかおかしいですか?」

「いや」

 フルーツ牛乳のチョイスがおかしいとは思わないが。個性的ではある。

「板出さんとお会いしたときに、板出さんが持参していた朝食のフルーツが目に焼き付いていて、つい買ってしまいました」


 板出のやつかよ。あいつには起きてたっぷりと鳴いてもらいたいところだ。重要参考人であるのは変わらない。水でも買っておいてやるか。


「………………。なるほどな」

「???」


「いや、いい。ちっと用足してくる」

「はぁ」


 身削との会話を終わらせ、トイレに入る。

 目的はトイレの中のゴミ箱だ。


「ひゅうっ」


 トイレで口笛なんて吹く奴はいない。

 ゴミを漁って喜ぶ奴なんていない。

 ただ、思っていたことが証明されて少しだけ嬉しい気持ちになっただけだ。


 ゴミ箱の中には酒の紙パックと、空っぽの瓶が残されていた。

 純米大吟醸『夢の逆夢』。湯田が言っていた通りの小瓶が捨てられていた。



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