第3話 御神酒上がらぬ神はない
【真実直通】に呼ばれて現場に来た
捜査と言っても科学捜査などできるはずもなく、関係者の話を聞くだけではあったが。
状況を考える限り最も怪しいのは依頼者である板出 相次だった。
「『睡神の儀』中には誰も目を開けられない。像の前にあった貢ぎ物の中の酒をちょろまかすには訳ないだろうな。皆眠っていたんだから」
物的証拠は無いが、状況証拠は揃っていた。
無くなった酒に、酒の匂いがする眠りこけた被疑者。
推理をするまでも無い。
「大方、この宗教のことをよく知らないこいつが、儀式中に目を開けて、像の前に置いてある酒に手を出したんだ。で、一人楽しく酒を飲んで寝ちまった。こんなことで【真実直通】を呼ぶたぁ、酔っ払って訳も分からなくなっていたんだろうな」
「刑事さん、こいつをとっとととっ捕まえてくれよ!!」
年配の男性が近づいてきて声を荒げて言った。
「あんたは、名前は?」
「う。俺は湯田だ。
「ほう、わかりやすい被害者がいたもんだな。どんな酒を持ってきたんだ?」
「紙パックに入った安い酒だよ。だがあいつはもっと高価な酒も盗みやがった」
「……というと?」
「俺が像の前に酒を置いたとき、純米大吟醸『夢の
ずいぶんと熱くまくし立てているが、この男からは酒の匂いはしなかった。こういう場合、盗まれた物の価値を知っているものが怪しいんだが、まぁ普通酒を盗んだからと言って、その場で飲む奴はいない。
逆張りってやつか。酒を飲んでいるからこそ、板出は犯人ではない。そう見えてしまう。先入観は禁物だが。
白装束に身を包んだいかにも偉そうな人間に話を聞いてみる。
「おい、話を聞かせてくれないか」
「はい、私にわかることでしたら」
声を聞いて初めてわかったが、女性のようだった。サイズの大きい白装束とフードをかぶっているせいで、性別がわからなかったせいだ。
「名前と職業を聞いておこうか」
「はい。
「ほう。お前に確認したいことがある。まず貢ぎ物の集め方はどうやっていた?」
「はい。献上物は強制ではありませんので、各々が『睡神像』の前に持ち寄って置いて、その後『睡神の儀』の睡眠スペースにて各々がお祈りしつつ、眠りについていただくようにしておりました。『睡神像』の前に人だかりができるおそれがあるため、お祈りは像の前では無く、離れたスペースで行なっていただいておりました」
「コロナ対策ってやつか。まぁ、それはわかった。次に、貢ぎ物はその後どうするんだ? 支部長様がもらっちまうのか?」
「いいえ。神様に献上なされたものを私どもがいただくわけには参りません。睡神様が夢の世界に持ち寄り、私どもの悩み事を昇華するためのエネルギーとしてお使いいただくため、まことに勝手ではありますが、全て廃棄処分させていただいております。『睡神の儀』の後に残った物は現世では『空虚の欠片』と申しまして……」
「そういう『宗教上の定義』とやらは興味ねぇな」
「……ここだけの話、献上物にイタズラをする方がいらっしゃるため、安全の意味も込めて、そのまま廃棄するようにしております」
「ほう。それは大変だな」
仮にも『信者』がやることだ。目を瞑るしか無いって事か。
本来ならば廃棄されるはずの神への献上物が盗まれた。
物的証拠が欲しいところだ。状況証拠だけで帰ったら天下の警察と同じだ。
「像の一番前で寝ていた奴は誰だ?」
「はい、それは上野さんです。敬虔な信者です」
支部長に紹介されたのは、サラリーマン風の男だ。
目元にクマができている。睡眠不足であることがみてとれる。
「おい、ちょっといいか」
「は、はい。刑事さん」
「…………」
痣布座は刑事ではないが、話を進めることにする。
「お前は睡神の像の一番近くで寝ていたそうだな。誰がどの貢ぎ物をしていたか見ていないのか?」
「はい。睡神様の一番近くで夢を見るために、誰よりも一番近くで一番早く目を閉じました。私が目を瞑る時、誰かが瓶を置いたのが見えました」
「瓶?」
「はい。『大吟醸』という字が見えましたから、お酒のようでした。御神酒上がらぬ神はない、と言いますし、献上物の中ではかなりポピュラーかと」
「誰が置いたかは見ていないと」
「あまり見るものではありませんから。睡神様への感謝を込めたものです。祈りを込めたものですから」
「何か分かりましたか? 探偵さん」
身削が近づいて聞く。
「分からねぇな。何も分からねぇよ。せめて盗まれた酒の瓶でも見つかれば何か分かるかもしれないな。あの酔っ払いが酒を飲んだのなら、空き瓶でも転がっているはずだろう」
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