第2話 下手の考え休むに似たり

「彼はやっていません。信じてください」


「そう言われてもね、状況を見る限り、あいつは完全に犯人クロだ」


 強面の男に詰め寄られるが、女性は引くそぶりも見せない。疑われている彼をそこまで信じるに足るものが、信頼関係のようなものがあるのか。


「こちらも仕事なんでね、やるべきことをやってさっさと退散したい」

 強面の男はあごひげを右手の親指でなぞった。

「あなたのやるべきこととは、”冤罪”を生み出すことだったんですか?」

「……ちっ」


 強面の男は舌打ちをすると、大げさにため息をついて、椅子に腰を下ろした。

「じゃあもう一度、はじめから話を聞こう。もしさっきと食い違う点があれば容赦なく疑うつもりだからそのつもりでな」


「はい。事実は変わりません」


 女性はあくまで冷静にそう言った。




 ◆◆◆


 ここは睡神教の定例集会です。月に一度行われ、睡神様の御前で『睡神の儀』を執り行います。────、一般の方からすると神の像の前でお昼寝をする儀式と言い換えて差し支えはありませんね。極めて平和的でしょう。

 儀式の前に、中には睡神様へ貢ぎ物を献上する信者もいますが、私も板出さんも何も持ってきていませんでした。一度トイレに立ち寄っただけで、『睡神儀の間』に二人で一緒に行きましたから。

 『睡神儀の間』には『睡神様』の像があり、御前には信者の眠るスペースが有ります、像の前にまんじゅうや御神酒などが捧げられ、信者が眠りについている間に睡神様が悩みや苦しみを夢の中に吸い上げ、少しずつつぶしてくださる……、えぇ。解釈は人それぞれですものね、『睡神の儀』に含まれる要点は「神の像の前に貢ぎ物が置かれ」、「その前で信者たちは眠る」というただそれだけです。

 本当に眠っていなくてもいいのですが、仮にも睡眠の神様の御前ですから、『睡神の儀』終了までの間はという決まりがあります。

 睡神様の前で『眠る』と言ったにも関わらず、『眠らなかった』ということは、『睡神様』から背いたことに他なりませんから。

 今までそういったことをした人は聞いたことありませんが、何らかの罰がくだされるのではないでしょうか。

 そして、儀式終了後、貢ぎ物は『睡神様』が夢の世界に持って行ったとされ、支部長が廃棄なさるそうです。

 現実の世界に残った物はいわば残りカス。人が口にするものではないのです。

『睡神の儀』において、現世のしがらみを全て夢の世界に置いていき、すっきりとした気持ちで起き上がり、神に感謝する。それがこの集会の意義なのです。

 どうです? あなたも一度『睡神の儀』を体験してみませんか? その眉間のしわが一つでも減るでしょう。夢の世界に全てを置いていくのですから。




 ◆◆◆


「お誘いいただいて恐縮だが、あいにく俺は神なんて願い下げだな。俺は俺しか信じないんでね」


 強面の男は逸れた話を強引に戻す。



「当日の流れは分かった。あとは他の関係者の話を聞くだけだが、『睡神の儀』の後、眠りこけて席を立たなかった奴は板出 相次、ただ一人だけだったんだろう?」


「はい。その通りです」


「そして神とやらに捧げられていた貢ぎ物の中の酒類が数点なくなっていた」


「はい。その通りです」


「そして眠りこけている板出からはがした」


「はい。その通りです」


「これで貢ぎ物泥棒ネコババ犯は板出 相次じゃない方がおかしいだろうが。たとえここに警察がやってきても同じ事を言うだろうよ」




 ◆◆◆


 強面の男、【真実直通】に所属する探偵、ランクAのハードボイルド探偵、痣布座あざぶざ 無様ぶざまはそう吐き捨てた。

 本来彼は依頼者、つまり板出いたで 相次あいつぐに着せられた冤罪を晴らす立場にあるわけだが、状況を見て彼が貢ぎ物を盗んだ犯人なのは明らかだと痣布座は考えていた。

 何故だか彼と同行していた女性、身削みそぎ まつりだけが断固として彼をかばっていた。


「彼は犯人ではありません。警察にもそう伝えてはくれませんか?」

「ふん。たかが酒の盗難に、天下の警察が出張ってくるわけないだろうが。このままこいつを警察に突き出して終わりだよ。眠っているなら好都合だ」

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