願い捧げ申し上げます

ぎざ

第1話 果報は寝て待て


 果報は寝て待て。待てば海路の日和あり。

 どちらも『待て』ば良い事があるだろう、という意味で使われがちだけれど、その実は少し違っている。


 待てば海路の日和あり、は読んで字の通り。海路とは海の道、漁船で培われてきた言葉だ。今は悪天候でも、待てば雨風は止む。グッと堪えて今は耐えよう、みたいな意味だ。


 しかし果報は寝て待て、は『寝て』『待って』いればそのうちいい事があるさ、という楽観的な言葉ではないようだ。

 やるべき事を全てやり尽くした後で、狼狽うろたえても無意味だ。人事を尽くして天命を待つ。万策やり尽くしたあとは『寝て』『待って』いれば結果はいずれ表れる。

 そう言った意味があるようだ。ただ『寝て』『待って』いたものに結果が付いてくるわけもない。


 そう、そんな僕も今実際に重たいまぶたが閉じられようとしている。


 友人の知り合いに誘われやってきた新興宗教『睡神教』の集会。彼女に強く勧められ、1回だけなら話を聞いてみようかな〜と思ってノコノコとやって来た。

 しかし、彼女は僕のことを深くは知らなかったようだ。僕自身も自分のことがわかっていなかった。ついつい忘れていた。


 僕は神にも仏からも見放された不運の持ち主。僕が歩けば事件がもれなく付いてくる。さらに冤罪がセットでついてお買い得だ。否、もれなく損をする。死神の呪いが僕には付いているのだから。

 宗教の集会だなんて、いかにも何かが起きそうな雰囲気しかないじゃないか。


 そんな折、僕は謎の眠気に襲われた。

 睡神教は『睡眠』を『幸せ』と説く宗教だという。この集会でも、睡神様の御前でひと時のお昼寝をして、身を清める『睡神の儀』を行なうと聞いていた。寝たフリでも構わないと聞いていたので、特に何も考えていなかったが、僕はその儀式中に有り得ないほどの睡魔に襲われ、あと数十秒で眠りに落ちるだろうことは明らかだった。

 これはおかしい。昨夜の睡眠時間は申し分無かったため、睡魔に襲われるいわれはない。僕の身に何かが振りかかろうとしている。そんな直感があった。僕の直感は当たる。特に、僕に不利益が降りかかる場合において。


 今僕に出来ることは全てやっておくべきだ。

 果報は寝て待て、と言うじゃないか。


 僕はまぶたが降りる数秒の間に、スマホを取り出し、いつものダイヤルをプッシュした。

【真実直通】。真実を探究する第三者機関。

 僕が睡魔に襲われ眠りについた後、もし事件が起きてしまったら。寝ている僕には何も出来ない。そのまま警察に連行されて目覚めたら牢屋の中、ということは十分考えられる。

 もし僕が冤罪に巻き込まれたその時は、助けて欲しい。神にも仏にも見放された僕が縋ることが出来るのは、彼らだけだ。


【真実直通】はランダムに、そこに所属している探偵が調査にやって来る。名も顔も知らない探偵。そこに忖度は無い。全ては真実追及のために。唯一信じられる存在だ。

 ランダムにやってくる探偵のことを、僕は密かに『探偵ガチャ』と呼び、あがたてまつり、おそおののいている。僕の人生を確実に左右する存在だからだ。


 以前、ランクEの探偵見習いがやってきた時は散々だった。これから僕の身に何が起こるかは分からないが、常にランクB以上の探偵がやってきてくれることに越したことはない。依頼料無料で警察とは縁の切れた第三者に助けを呼べるという点では確かに重宝するのだけれど。


 これから来る探偵さん、どうかランクの高い探偵さんが来てくれますように。

 どんな強面の刑事さんたちに睨まれても、毅然として立ち向かって欲しい。僕のために。真実の追及のために。


 さて、僕に出来ることは全てやり切った。

 果報は寝て待つ事にしよう。

 せめて、何も起きていなければいいのだけれど。


 寝覚めが悪いものにならなければいいと、脳裏によぎる嫌な予感は微睡まどろむ意識の泥沼に共に沈んだ。

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