玄関先にて

うつりと

カオル

 時代柄のせいなのか、宅配が増えた。生協然り通販然り。スーパーにわざわざ行って人混みのなか食材を買うより、宅配で買って届けてもらった方が便利で安全ということなのだろう。そのおかげで商売繁盛ではあるのだが労働環境は激務と化した。儲けているのはトップの一つまみで、手足となって働く配達員の労働環境は恵まれている訳ではない。基本が肉体労働。何せ荷物が多く、回るところが多い。

配達員と別に商品の詰め込みの係がいるのだが、その詰め込み方が甘いせいでこっちが

被害を被ることがある。玄関先まで運ぶのは我々配達員なので、たまごが欠けていたとかトマトが少し潰れていたとかは、文句を言われるのは俺、ということになる。

もちろん消費者にはこちらの事情はなにも関係がないことなので、落ち度はこちらにあるのだが、なにかやるせない気にはなる。

色々な家庭を宅配で回っていると、当たり前だが何かしらの人間の領域に踏み込む。

実際足を踏み入れるところといえば住居の周辺と玄関先だけではあるのだが、それだけである程度のことは見えてしまう。想像できてしまう。

玄関先に大量のアロエとサボテンばかりの家に当たると家主が好きなだけかもしれないのに、所詮傷つけては癒すの繰り返しかとなにか勘繰ってしまうし、その中にいるご高齢の女性が訝しんで出てくるのをみると、やるせない。

高齢女性とは対照的に家の中に飾られている皇族カレンダーの天皇皇后陛下だけが俺ににこやかに笑いかける。ご婦人は俺の姿を確認すると、その表情をパッと変えて、

「アンタの顔が見られるから嬉しい。実の娘は気にかけてくれやしない。」

と、帰りがけ手をぎゅっと握りしめてみかんを握らせてくれたりもする。

気持ちはありがたいのだが、気持ちだけにとどめてもらいたかったのが正直なところだ。家の中は老人特有の匂いが充満していた。

他にもまだまだやんちゃ盛りの子どもに対して、お母さんの怒号が辺り一面に響き渡る家もある。子どもを叱りつけている声がこちらに聞こえていたのにも関わらず、チャイムを押した瞬間、綺麗なアーチを描いた眉と隙のない笑顔と澄ました声で、はぁい!と言っているから人間はなかなかわからないものだ。

大家族の中、母親がスウェットでスリッパをつっかけて出てくる家もある。

子どもを抱え、玄関先に、そこ置いておいて、なんて日常茶飯事。子どもの靴が大量にあって、ひっちゃかめっちゃかな足場をかいくぐり、ひと踏ん張り、荷物を置こうとするが下が見えずに子どもの靴を踏んでしまった。

それを母親に抱きかかえられた子どもが目撃していて

「おじさんがひなのおくつふんだー」

と、騒ぐものだから、クレームになってしまった。


 今日も疲れた。疲れた身体を引きづって帰ったところで、別に誰が迎え入れてくれるわけでもない。今日はカレーか肉じゃがか、そんな小さな幸せが風に乗って運ばれることもない。

一人、玄関の電気を点ける。ポストを見ると、結婚式の招待状が届いていた。喜ばしいことではあるのだが、ため息が勝手に口からついて出た。もう年齢が年齢だからか頃合いとバタバタ人は腰を落ち着けるのか、ここのところ結婚ラッシュがひどかった。また金はかかる。なかなか行けていない銀行口座の残高を思った。


繰り返しの日々の中、ポストを開けると

一通の封筒が入っていた。

「養育費。滞っていたから。」

その中に一筆箋と交通安全のお守り、おしごとがんばってね、とだけ書かれた手紙が入っていた。宛名は娘の名前。文字が書けるようになったのか。封筒は妻、いや、元妻が書いたものだろう。元妻に御礼を言いたいが、連絡は控えるように言われている。

だが、それだけでよかった。本当によかった。


別日、あの老人の玄関先にサボテンの花が咲いていた。こういったとき、やはり顔はほころぶ。また何か大きな変化が起こらない限り、明日も明後日もその次の日も、俺は重い荷物を運んで苦情を受けるのだろう。

アクセルをかけると、車の中に交通安全のお守りがそれだけが確かなものであるように揺れていた。

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玄関先にて うつりと @hottori

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