第3話『灰塚潮は信じている』
「さて。どうしたもんか……」
放課後。
俺は生徒会室で一人、雑務を片付けながら今後の方策を練っていた。
朝、よく分からない流れで付き合うことになった城ヶ崎だったが、意外にも今に至るまでアクションを起こしてはこなかった。
というより、部外者に付き合っていることがバレるのが嫌だったのかもしれない。
なるほど、あの流れで実際に交際を始めてしまったら、あいつが俺にほだされたように見えてしまう。
つまり、仕掛けてくるとしたら、この生徒会室だ。
城ヶ崎は俺を自分に惚れさせ、恋愛的に敗北させると宣言していた。
しかし、それをわざわざ俺の前で明言したのは失策だったな。
惚れてはいけないと分かっている相手のアプローチに、心惹かれることなどありえない。
奴もあのときは、相当頭に血が上っていたと見える。
ふん、君臨したいんだか何だか知らないが、まだまだ甘っちょろいな。
ギイイ
ドアが開いて、灰塚が入ってきた。
「あ、先輩。お疲れッス。一人ッスか?」
「おう。お疲れ。見ての通りだ」
「ふーん……」
灰塚は荷物を役員用ロッカーに置くと、応接用の三人がけソファーに腰を下ろした。
そのまま、スカートから伸びる膝をこすり合わせ、何かもの言いたげにしている。
いつもなら、背もたれに身体を預けて、スマホいじりを始めるところなのに、様子がおかしい。
「どうした? 灰塚」
「……き、昨日、会長とは、どんなお話をされてたんスか?」
「ああ、そのことか。実は、城ヶ崎に告白を受けてな」
「や、やっぱりそうだったんスか!?」
「まあ、そうとしか思えんフリだったしな。少々深読みしすぎたようだ」
「で、ですよね……」
灰塚はソファーからガタッと立ち上がり、あわあわと両手を震わせている。
やはり、彼女なりに俺のことを気遣ってくれていたようだ。
俺が城ヶ崎の毒牙にかけられ、敗北させられてはいないかと。
「安心しろ、灰塚。俺なら無事だ」
「無事?」
「実は、昨日の告白は一部始終を生配信されていたようでな」
「生配信!?」
「しかも切り抜きがクラス中に出回っていたらしい」
「えらいことになってるじゃないッスか!? ま、まさか会長、既成事実を作ろうとしてたんじゃ……狙った男は外堀から埋めていくタイプ……いや外堀っていうかもう本丸に土砂崩れレベルッスけど……」
「既成事実?」
「会長からの告白を絶対にうやむやにさせないように、逃げ場をなくそうとしてたってことッス! そ、それで……へ、返事は、どうしたんスか……?」
返事、か。
そもそも、昨日のアレは嘘告白だったわけだし、返事もクソもない。
だから、俺は正直に答えた。
「城ヶ崎のことをどう思ってるか、好きか嫌いかで答えろと聞かれたから、大好きだと言ってやった」
「大好き!?」
「俺のことが気になっていたとも言っていたし、何なら付き合おうと提案したのだが、俺の男らしさに恐れをなしたようでな。答えに困っていたから、返事は明日……というか今日でもいいと言ってやった」
「そ、それで……どうなったんスか」
いつの間にか、灰塚が俺のすぐそばにまで近寄ってきていた。
真剣そのものの眼差しで、俺の次の言葉を待っている。
さて、どう答えたものか。
『互いの敗北をかけて惚れさせ合いバトルをすることになった』なんて意味不明なことをあまり言いふらしたくないし、ここは事実ベースで話を進めていくか。
「結果から言うと、俺はヤツと付き合うことになった。やむを得ずな」
すると、灰塚は大きく目を見開き、後ろに一歩よろめいた。
色素の薄い茶色の瞳は焦点が合っていなかった。
「……そ、そう、ッスか……よ、よかったッスね、おめでとうございます……心よりお喜び申し上げるッス……」
「あー、待て待て。勘違いするな」
「勘違い?」
「ヤツの告白は狂言だ。嘘告白だ」
「…………???」
灰塚が目をまんまるにし、首をかしげた。
「え? でも付き合ったんスよね?」
「ああ。付き合った」
「でも、告白は嘘だったんスか?」
「嘘だ」
「じゃあ何で付き合ったんスか?」
「それはお前……なんか、そういう流れになったんだよ」
「流れで付き合うって……それ、完全にもとから出来てたパターンじゃないッスか! 出来レースじゃないッスか! なんなんスか、もう! いつも会長に勝ちたい勝ちたい言うから協力してきたのに、結局そういうことだったんスね! 自分、完全にピエロじゃないッスか!」
「違う違う違う! なんか勘違いしてないか灰塚!」
「どこが勘違いなんスか! 説明してくださいよ!」
「――その説明はウチがするわ、うっしー」
「会長……!」
「城ヶ崎……! いつからそこに」
「さっきから入るタイミングを伺っていたわ」
城ヶ崎は悠然と歩を進めると、会長専用チェアにどっかりと座り込んだ。
その余裕に満ちた振る舞いに、今朝までの取り乱しようは微塵もない。
もしやこいつ、何か策を練ってきたな……!
身構える俺を横目に見ながら、城ヶ崎は衝撃のセリフを言い放った。
「そもそも、ウチとオタクは別に付き合ってなんかないわよ?」
「なっ……!」
「ええっ!? でも、さっき、先輩が自分で付き合ってるって……!」
「ハア? 何それ。オタクさあ~昨日のアレは嘘ってちゃんと説明したよね? なのに、何でウチらが付き合ってるみたいに言いふらしちゃってるワケ? え、何。もしかしてアンタさ――」
城ヶ崎はニヤリと犬歯をのぞかせた。
「――ウチと付き合いたいの?」
「き、さま。城ヶ崎……!」
俺はいっぱい食わされたことに気が付き、拳を握りしめた。
そういうことだったのか! 今朝から放課後まで、何も仕掛けてこなかった理由!
それは、俺だけが一方的に城ヶ崎と付き合っていると思い込ませるため!
「ごまかされるな、灰塚! ヤツは嘘をついている! 確かに城ヶ崎は今朝! ショートホームルームの時間に、俺と付き合うことを宣言したんだ!」
「なにそれ。知らない。証拠でもあるの? それ」
「ぐっ……!」
昨日の嘘告白は、全て動画として記録されている。
だが、今朝のやり取りは秘密裏に行われたもの。当然、データなど残っていない。
証拠になるのは、俺の記憶だけだ。
城ヶ崎が憎たらしい仕草で肩をすくめる。
「ほ~んと苦労したわー。オタクがウチの
生徒会室に遅れてきたのも、それが理由か!
この女、今までの全てを
結果、残ったのは、嘘告白を本気にした俺が、学年一の才女の彼氏になったと思い込んで、後輩に自慢していたという痛々しい事実のみ!
なんて――なんて手の込んだ侮辱だ! ちっくしょおおお!
こんなの、一生モンの大恥じゃねえかあああ!
「先輩……」
「違うんだ灰塚! お前なら、お前なら信じてくれるよな!? 俺がそんなダサいヤツじゃないって、分かってくれるよな!?」
複雑な表情で俺を見下ろす灰塚にすがりつき、俺は必死に弁明する。
しかし、
「な、なーんだ! やっぱりそうだったんスね! 先輩なんかが会長と付き合えるわけないってずっと思ってましたし!」
「灰塚あああああ!!」
灰塚はキラキラした笑顔でポンと手を打った。
こ、こいつ! 俺が敗北している様を見て喜んでないか!?
ちくしょう、灰塚だけは俺の味方だと思っていたのに!
お前も城ヶ崎側の人間だったのか!?
「ほ、本当なんだって! 俺はたしかに、城ヶ崎と……!」
「やだなー先輩。自分の前では見栄なんて張らなくていいんスよ? 等身大の先輩のままでいいんスから」
「やめろ! 慰める風の言い回しで俺を侮辱するんじゃねえええ――!」
「あっはっはっはっは! オタク最高ー! ほんと、アンタって、イジられキャラが様になってるっていうか、ウチにイジられるために生まれてきたって感じー」
「城ヶ崎……! 貴様、この屈辱は忘れねえ! 月が綺麗な夜には気をつけるんだな!」
「それを言うなら月のない夜ッスよ。なに風流な告白みたいな言い回ししてんスか」
「うるさい! 明るい方が闇討ちし易いだろ!」
と、城ヶ崎がパンパンと手を叩いて注目を惹きつけた。
「はいはい、もーこんな話どうでもいいから。今日は生徒会の仕事もないし、テストの打ち上げでこれからカラオケでもいかない? ウチの学年一位の祝勝会も兼ねて。あ・と、オタクの学年二位の残念会も兼ねて。ぷっぷぷー」
「ぐぎぎぎぎ……! 誰がそんなふざけた催しなぞに! お前と灰塚と
「え、先輩、来ないんスか……?」
「う……」
灰塚のせつなそうな声音に、俺は出口を目指す足が止まってしまう。
灰塚がこちらに駆け寄ってきて、スクールバッグを掴んだ。
「さっき笑ったことなら謝るッス! 自分は、先輩が会長に勝利するのをいつだって応援してるッス!」
「灰塚……」
「てかさ、据え膳食わぬは男の恥っしょ? せっかくうっしーが誘ってくれてるのに断るってことはさ――それ、アンタが男として敗けてるってことじゃない?」
「違う! 俺は敗けてねえ! 分かったよ! 行けばいいんだろ、行けば!」
「はーい、それじゃ決定~!」
「会長、先輩の転がし方、慣れてるッスね」
「だって分かりやすいし~」
「カモちゃんにも連絡しときます?」
「あ、もう声かけといたからだいじょーぶ」
くっ……なんか乗せられたような気がするが、一旦忘れよう!
打ち上げはカラオケって言ってたな。
見てろよ、そこで城ヶ崎に復讐してやる!
俺が、やられっぱなしの男だと思うなよ!
ギャルに嘘告白されたのでノリでOKしたらなぜか付き合うことになった件 石田おきひと @Ishida_oki
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