第2話『城ヶ崎咲妃は君臨したい』

「城ヶ崎。俺に話ってのは何だ」


 十分後。

 生徒会室にやって来た俺は、窓の外を眺めていた城ヶ崎に問いただした。

 夕陽が差し込む室内は真っ赤に染まり、どこかノスタルジックな雰囲気を醸し出している。

 こちらを向いた城ヶ崎は、ニンマリといたずらっぽく笑った。


「オタク~。何怖い顔してんのよ。緊張してる?」


「べ、別にしてねーよ。それより、さっさと話せよ。そろそろ下校時刻だぞ」


「はいはい。じゃ、さっそく本題入りましょうか」


 そう言うと、城ヶ崎はゆっくりと俺の方へ身体を向けた。


「オタクさあ、ウチと付き合わない?」


 一周回って予想内のセリフ。

 覚悟はしていたが、その破壊力は凄まじい。

 夕焼けのせいで、城ヶ崎の顔まで赤らんで見えて、卑怯なほど可愛かった。

 

「ウチさあ、オタクのこと、結構前からいいと思ってたんだよね~。努力家だし、結果出してるし、どう? 何だかんで、割りとウチらお似合いだと思わない? 会長と副会長。学年一位と二位。釣り合ってるっしょ」


「ま、まあ、そうかもな」


「ならよくない? アンタはさ、ウチのことどう思ってんの? 好き? 嫌い? どっち?」


「ど、どっちって聞かれても……別に、どっちでもねえよ」


「ダメー。どっちかで答えて。――ウチ、アンタの本音が知りたいから」


 上目遣いでこちらを覗き込んでくる城ヶ崎。

 思わず、ドキッとした。

 も、もしかして、こいつ、俺のこと、マジで好きなんじゃ――。


『絶対、騙されたりとかしちゃダメッスからね!』

  

 ハッ! 危なかった!

 マジで勘違いするところだった!

 そうだ、城ヶ崎が俺に惚れているだって? ありえない!

 俺は悔しいことに、全てにおいてこいつに敗けているんだ!

 故に、この告白も嘘! 世にいう嘘告白!

 この光景自体も、きっと生徒会室のどこかに仕掛けられたスマホとかで録画されているはず。

 そして、俺がキョドりまくったところを記録し、SNSで流して笑いものにしてやろうって算段だろう!

 この女、俺を徹底的に侮辱しようとしていやがる! 許せねえ許せねえ許せねえ!

 そんなこと、絶対にさせはしない!

 俺のキョドりが見たいというのなら……。

 テンパった陰キャが恥を晒すところが見たいというのなら……!

 裏をかく……! ヤツの目論見……その計画……!

 瓦解せしめる……! 徹底的に……!

 

「――そうだな。どっちかっていうと大好きだ」


「ふぇっ!?」


 決まった! 城ヶ崎の表情が崩れた!

『好き』か『嫌い』かの二択を迫ったにも関わらず、返ってきた答えは理外の『大好き』!

 完全に意表を突いたに違いない!

 

 無論、こんなことを口に出す俺も結構恥ずかしい。

 というか、人生で初めて女子に面と向かって好きって言ったしな。

 だが、城ヶ崎に勝利するためなら、この程度の恥など、どうということはない!

 どうせ、城ヶ崎だって嘘で告白してるんだ。

 だったら、こっちも出まかせで告白してやるまでのこと!

  

「ちょ、ちょちょおちょちょちょ、ちょっと待って! 大好きって何!? アンタがウチを!?」


「そう言ったはずだが、聞こえなかったか? ならもう一度言ってやろう。俺はお前が大好きだ!」


「~~~っ! い、いいから! 一回で! 聞こえてるし、ちゃんと!」


「なら決まりだな。俺と付き合おう、城ヶ崎」


「あ、あー、あうあうあう……」


 俺の返答が完全に想定を超えていたのか、城ヶ崎がバグっている。

 これは……勝ったな。完全に勝った。

 勉強でも、人望でも、一度も勝てなかった城ヶ崎に、俺はついに勝利した。

 その満足感に浸りながら、俺はくるりと踵を返した。


「なんなら返事は明日でもいいぞ。焦ることはない。それじゃ」


「あ、ちょ、待っ……!」

 

 実質的な勝利宣言。

 引き止める城ヶ崎を無視して、俺は爽やかな気分で生徒会室を後にした。


 ◆


「あの、母さん。今日腹痛いから学校休みたいんだけど」


「トイレ行った?」


「いや、そういうんじゃないから。それになんか、熱もあるし、ほら」


「ないじゃない。ほら、お母さんもうパート行くから、アンタも支度しなさい」


「頼む母さん! マジで腹痛いし熱もあるし、ほら手も震えてるでしょ!? 俺、今日学校行ったら死ぬよ! 本当に!」


「はいはい。アンタ仮病使うときいっつもそれじゃない。どうせまたろくでもないことやらかしたんでしょ」


「違うんだって! 母さん、俺が死んでもいいの!?」


「それでバカが治るならいくらでも死ねばいいわ」


「ひどいっ!」


 非情な母さんは、俺に家の鍵を託して、さっさと玄関を出ていった。

 息子の心の悲鳴に耳を傾けないなんて、あの人は本当に俺の母親なんだろうか。

 今度、戸籍を取り寄せてみようと思う。

 

「あーあ……久々にやっちまった……」


 俺は重い足取りで、学校までの道のりを歩いていた。

 勝利に固執するあまり、我ながらおかしなことをしでかすことはままあった。

 小学生の頃、身長の低さをバカにされたがために骨延長手術を受けたいと親に頼んだり(自然に延びるわバカと一蹴された)。

 中学生の頃、高校生にカツアゲされたのが悔しくて、山籠やまごもりをして強くなろうとしたり(危うく遭難しかけて親にブチ怒られた)。

 だが、今回のはさすがに格別だ。

 あああもう! 俺のバカ! バカ! 何が『俺はお前が大好きだ!』だよおおおんもおおお! 恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい!

 テストで敗けて頭に血が上ってたからって、あれはないだろ!

 

「学校行きたくねえ……」

 

 しかし、仮にも生徒会副会長が、くだらない理由で学校をサボるわけにもいかない。

 俺は恐る恐る教室のドアを開けた。

 

『よっ、彼氏クン登場~~~~~!!』


『やるねえオタクくぅ~~ん!』


『昨日の切り抜き動画、もう再生数五十万超えとか、ヤバすぎんだろ~~~!』


『お前アカウント作れや! 絶対インフルエンサーなれるって~~~!』


 ぐわあああ! 尊厳が! 俺の尊厳がもてあそばれている!


「あ、あはは……あれはちょっと、俺もビビったっていうかなんていうか」


 適当な言い訳をしながら、俺は陽キャたちからの精神攻撃に耐える。

 こらえろ! こらえるんだ!

 俺はこいつらより頭がいい! 偏差値が高い! だから負けてない、負けてないんだあああ!


「……ちょっと、オタク。顔貸して」


 ここでついに真打ち・城ヶ崎の登場。

 とっさに身構える俺に、城ヶ崎は人混みをかき分けながら、ずんずんと迫ってくる。


『ヘーイ、会長ちゃーん! もう彼氏とはキスしたん~~?』


『付き合ってあげなよ、あんなに大声で告られちゃったんだからさ~~』

 

「うっさい、死ね!」


『うっひょ~~修羅場~~』


 いつもはイジる側の城ヶ崎が、なんとイジられる側に回っている。

 一瞬、嗜虐的な愉悦を得た俺だったが、城ヶ崎の目を見た瞬間、背筋が凍りついた。

 ヤバい。こいつ、マジでキレてる。

 ああ、俺今日、死ぬんだ……。


「あ、あ、で、でも、これから、ショートホームルーム……」


「パス。よっちんだから余裕」


 ちなみによっちんとは、新卒二年目のうちの担任のことである。

 この呼ばわりようからも分かる通り、死ぬほど生徒から舐められている。


(母さん。さよなら……親不孝でごめん……)


 俺はグワシと城ヶ崎に首根っこを捕まれ、ズルズルと引きずられていった。


 ◆


「オタクさあ……ほんとありえない。マジでない。光の粒になって消えてほしい」


「なんか、すまん……」


 それは無理。

 連れて行かれたのは、屋上に続く階段の踊り場だった。

 城ヶ崎は茶髪の頭をガリガリと掻きむしった。


「昨日の告白、あれ生配信だったからさあ~~~編集とかできなかったの! おかげでウチの変な声とか全部まるっと流出したわけ。分かる? これもうリベンジポルノよね実質」

「違うだろ」


 自業自得以外のなにものでもない。

 つーか生配信!? どこのプラットフォームで流れてたんだ!?

 

「うっさい! とにかく、アンタがトチ狂ったせいで、ウチのイメージ台無しなの! 今までは自由奔放な女王様って感じに気持ちよく君臨してたのに、今じゃ恋愛よわよわのチョロイン扱いなんですけど!? どうしてくれんの!?」


 どうしてくれるって言われてもな……。

 元を辿れば、こいつが俺を笑い者にしようとしたのが原因であって。

 それで逆襲されて自爆したからって俺を恨むのは、逆恨みとしか言いようがない。

 つーか何でこれ、俺が怒られてんだ?

 なんか勢いに圧されて謝っちゃったけど、今の謝罪は不当に強いられたものだったんじゃないか?

 俺の尊厳が、人権が、自由が――踏みにじられたってことじゃないか?

 ぐおおお考えたら腹が立ってきた!

 回復してやる! 傷つけられたプライドを!

 そのためには、もう一度こいつに不意打ちするしかない!


「分かった。責任とって俺がお前と付き合ってやる」


「ふぇええっ!?」


 っしゃ勝ったあああ! またこいつ変な声出したぞおおお!

 城ヶ崎が顔を真っ赤にして食って掛かってくる。


「は、はあ!? 意味わかんない! ガチでキモい! 何でアンタごときがウチと付き合うのが責任とることになるわけ!?」


「ビビってんのか?」


「は?」


「お前が言い出したことだろ、そもそも。自分から告白しておいて、いざオーケーされたら尻込みするとか、完全にビビってんだろ。俺に敗北したってことだろ、なあ!? そうだよなあ、負けてるよなあ、お前は俺になあ!?」


「は、はあああ~~~!? 負けてないし! ぜんっぜん一ミリもアンタなんかに負けてないから! 実際、テストでも選挙でも、アンタ一回もウチに勝ててないじゃない!」


「だが、今俺はお前に勝った! お前は自分の言ったことを曲げた! 口論に負けた! つまり、敗北者はお前の方だ! 女王様が聞いて呆れるぜえ!」


「負けてない負けてない負けてない! ウチがアンタなんかに負けるわけない!」


 ふはははは! 気持ちがいいぜ、負け犬の遠吠えはよおお!

 高級ヘッドホンで聞くハイレゾ音源のように心地よく鼓膜に響くぜ~~!!


「む~~~~!」


 気がつけば、城ヶ崎は目尻に涙を浮かべ、プルプルと震えていた。

 ……はっ、何してんだ俺は。

 またか? またやっちまったのか?

 ぬわあああ最悪だあああ!

 嘘告白に乗っかるだけならまだしも、真っ向から城ヶ崎を煽り散らして、あまつさえ勝利宣言までかましちまうなんて、痛々しいにも程がある!

 何やってんだ國光ううう!!

 パニック状態に陥った俺は、そそくさとその場を後にしようとした。


「じゃ、じゃあそういうことで」

 

「待ちな」


 スケバンみたいな口調で、城ヶ崎は俺の襟元を掴んだ。


「どうやら、アンタもウチと『同じ』みたいね」


「お、同じ? どこが?」


 城ヶ崎は飢えた肉食獣のような目つきで吠えた。


「従いたくないの。負けたくないの。下につきたくないの! アンタに見下されたって事実が許せないの!」


「そ、それにつきましては、謹んで謝罪申し上げます……」


「ダメ。ウチの君臨を邪魔したアンタは絶対に許さない。ウチ、決めたから。アンタの存在そのものを、魂まで完全に敗北させてやるって……!」


「お、おおお俺に何しろってんだよおお――!」


 吊らされるのか!? 沈められるのか!? 刻まれるのか!?

 本気で怒ったこいつ、マジで怖い!


「一度口にしたことを曲げたら口論では負け。なら、ウチは曲げない。アンタと付き合って、完璧に落としきって、死ぬまでウチ以外を好きになれない身体にしてやる!」


「はあ!?」


 な、何言ってんだこいつは!

 そんな理由で、本気で俺と付き合うつもりなのか!?

 冷静になれ!

 そう城ヶ崎に言ってやろうとして、


「恋は惚れた方が敗けって言うでしょ!? つまり、アンタがウチに惚れれば、一生勝てなくなる! アンタはウチにとって、永遠の敗北者になるのよ!」


「ハア……ハア……敗北者……? この俺が……?」


 再び怒りが再燃し、俺は売り言葉に買い言葉で叫んだ。


「やってやろうじゃねえか! 吐いたツバ、二度と飲むんじゃねえぞ!」


「上等! こちとら命がけで君臨してんのよ、アンタとは覚悟が違うんだから!」


「負けられねえのは俺も同じだ! こうなりゃ俺だってお前を負かしてやる! テストでも恋愛でも、完膚なきまでに敗北させてやっからなああああ!」


「できるもんならやってみなさいよ、このバカオタク!!!!」


 怒鳴るだけ怒鳴ると、城ヶ崎は俺を突き飛ばして走り去っていった。

 仕方ない、こうなりゃ全面戦争だ! 恥ずかしいだの何だの言ってられるか!

 あいつの弱点を、突いて突いて突きまくってやる!

 そして俺は、城ヶ崎咲妃に勝利するんだ!

 俺は窓から顔を出し、咆哮した。

 

「っしゃああああ! やってやんぞおらああああ!」


「大田くん。今はショートホームルームの時間ですよ? 何を叫んでいるんですか?」


「あ、すいません坂月先生。ちょっとトイレ行ってまして……」


 通りがかりの先生に怒られ、俺は急いで教室に戻った。

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