ギャルに嘘告白されたのでノリでOKしたらなぜか付き合うことになった件
石田おきひと
第1話『大田國光は敗けたくない』
「まただ……また俺は……勝てなかった……!」
二年中間テストの結果が張り出された紙の前で、俺はガックリと膝を折った。
A1サイズのでっかい紙には、こう記されている。
20○○年度私立
二年次
一位
二位
三位 鈴木鈴彦 661点
ここ海神学院の定期テストは、百点満点の五教科七科目。
つまり七百点満点だ。
俺、大田國光の今回の成績は、六百八十七点。
結果だけを見れば、なかなか悪くない。むしろそうとういい。
だが、俺はとうてい満足などできなかった。
「先輩、凄いじゃないッスか。また学年二位なんて。しかも三位の人と二十点差って、やっぱ先輩パないッス。自分なんて五十位にも入ってないんスよ」
アッシュグレーの髪をショートボブにした女子が、俺にねぎらいの言葉をかけてくれる。
彼女の名は
俺が属する海神学院生徒会の会計担当の一年だ。
うちの高校は校則が緩く、多少髪を染める程度なら何も言われない。
眠そうなタレ目と、ダルそうな口調がダウナーな印象を与えてくる、華奢な体格の彼女に、俺は首をブンブン振って答えた。
「二位じゃダメなんだよ
「会長は別格だからしょうがないッスよ。てか、五点差なんて誤差でしょ誤差」
「誤差じゃない! その五点の差で、俺はあいつに敗けた! それがあいつと俺の差なんだ! この差を埋めない限り、俺はいつまで経っても奴には勝てない!」
「ハア……まず
「いや、親は別に関係ない。これは俺の問題だ。俺自身が気に入らないっていう、ただそれだけのことだ。生まれ持った性分って奴だ」
俺は昔から、負けることが大嫌いだった。
負けず嫌いといえば分かりやすいかもしれないが、実際はそんなもんじゃない。
誰かに負けるという事実が、骨身を削るほどに苦痛で、狂おしいほどに耐え難かったのだ。
だから、俺は俺より優れた奴には、必ず勝利してきた。
普通なら、どこかで学ぶものなのかもしれない。
世の中には、どうしても勝てない相手は存在するものなのだと、自分に折り合いをつけるのかもしれない。
だが俺は、勝利することでしか、傷つけられた自尊心を回復する術を知らなかったのだ。
ハア、と灰塚が呆れたようにため息をつく。
「難儀な性格ッスねえ……何事もほどほどで満足しといた方が人生楽ッスよ?
「もちろん知っている。『最大の努力が最高の結果を生むとは限らない』って奴だろう。俺はそういう意見を否定しない。だが、採用することもない。目下、城ヶ崎に勝利することだけが俺の人生の全てだ」
「あっれれ~? もしかして今、ウチの話してた?
人をバカにしたような甘ったるい声に、俺は飛び退くようにして振り向いた。
「くっ……城ヶ崎……! 何故ここに」
「いや、テストの結果見に来たんじゃないッスか?。こんちはッス、会長」
「うっしーテストお疲れー! ……あーよかった。ウチ、今回ぜんっぜん勉強してなかったから、もしかしたら一位取れてないんじゃないかと思って心配しちゃった~~。えーっと、どれどれ? あ! 良かったじゃんオタクぅ、学年二位とか超頭いいじゃ~~ん? ウチほどじゃないけど、ぷっぷぷー」
「ぐぎぎぎぎ……! 侮辱したな!? 俺を侮辱しやがったな城ヶ崎いいいい……!」
「先輩。落ち着いてください。その顔ヤバいッス。女子引いてます」
ギリギリと歯ぎしりをしながら、俺は目の前にいる女子生徒を睨みつけた。
城ヶ崎咲妃。
亜麻色のサイドテールに、バッチバチのメイクをキメた、いわゆるギャル系女子。
第二ボタンまで開けたワイシャツの胸元は、その下に隠された巨乳にぐいっと押し上げられている。
『あ、会長! おめでとうございます! 定期テスト六回連続学年一位なんて凄すぎます!』
『いいなあ……わたしも生徒会入りたいなあ……』
『うわ、また一位かよ城ヶ崎。バケモンだな』
『あいつにゃ敵わねえよ』
城ヶ崎が来た瞬間、結果用紙の前に群がっていた生徒たちの視線と話題が、彼女に集中する。
まさに、空気が変わるって奴だ。
美少女と呼んで差し支えない容姿に、学年一位の学力。
おまけに神は、城ヶ崎にさらなる祝福を与えた。
それが、一年生の時点で、創立百年を誇る名門海神学院の生徒会長の座を射止める、圧倒的カリスマ性。
どんな言動をしても『城ヶ崎だから』で許されてしまう不条理がそこにあった。
奴は中等部からの『生え抜き』だから、元々校内に知り合いが多いというのも、大いに影響しているだろう。
ちなみに、『オタク』というのは城ヶ崎がつけた俺のあだ名だ。
俺の本名である
周囲からの賞賛に、軽い笑みで応えてから、城ヶ崎は俺の方に向き直った。
「ほ~んと、頑張ってるよねーオタク。毎回毎回勝てもしないのにテストで競ってきたり、人望で勝とうとして生徒会選挙に立候補してみたり。ま、それで副会長になれちゃうんだから、
「ぐううっ……!」
毎年九月に行われる生徒会長選挙では、その年度の生徒会長と副会長が同時に選ばれる。
というより、投票で二位だった生徒が、自動的に副会長に選ばれる方式だ。
つまり、副会長という肩書は、名誉でもなんでもない。
ただ単に、会長になれなかった奴に与えられる、いわば敗北者の役職なのだ。
「くっそおおおまた侮辱されたあああ!!! 今、侮辱されたよなあ灰塚!?」
「いやいや、去年って確か、生徒会長の立候補者六人もいたんでしょ? しかも先輩以外全員生え抜き。それで二位だったんだから、本当に凄いッスよ」
「だが敗けてるだろう! 城ヶ崎に! それだけが全てだ!」
「何スかそのゼロかイチしかない思考。二進法ッスか? コンピューターなんスか?」
「そうそう、ちょっとオタクさあ、大事な話あるから、あとで生徒会室来てくれない?」
「大事な話? ここじゃできない話か?」
「そ。あんまり人に聞かれたくないんだよネ……とぉ~っても、大事な話だ・か・ら」
きゃあああああ――! と、周りの女子生徒たちから黄色い歓声が上がる。
完全に、告白の前フリとしか思えない誘いに、しかし俺はゴクリと生唾を飲み込んだ。
「……何を企んでいる、城ヶ崎」
「別に何も~? それじゃ、生徒会室で。まったねー」
軽い足取りで去っていく城ヶ崎を、俺は疑心暗鬼になりながら見送った。
城ヶ崎が俺に告白? 冗談じゃない。そんなはずがない。
いつも俺を侮辱し、敗北させているあいつに惚れられる理由などない。
ならば、一体何の用だ?
考え込んでいると、キュッと制服の袖口が、灰塚に引っ張られた。
見ると、灰塚は不安そうに俺の顔を見上げている。
「先輩、行くんスか?」
「そりゃあ……行くだろ。大事な話っつってんだから」
「そう……ッスよね。別に、自分に止める権利とか、ないッスもんね……」
「灰塚……お前」
その思わせぶりな態度に、俺はハッと気が付いた。
「もしかして、奴の企みを知っているのか?」
「は? 企み? いや、ぜんぜん……」
「そうか……少しでも情報が得られればと思ったんだが、やはり身一つで切り込むよりほかにないか」
「すいません、ちょっと何言ってるのか分かんないッス」
「城ヶ崎だよ! あいつはきっと、また俺に屈辱を味わわせる新手を思いついたんだ! いつまでも敗けっぱなしじゃいられない! 何か、逆転の秘策を練っていかなければ……!」
「いやあ~……どうッスかね。告白と思わせといて、実は~くらいのひねりはあるかもッスけど」
「そうだな。テスト直後のタイミングであることを考慮すると、反省会をしようとかか? それとも、上から目線で『アンタが間違えたところ、ウチが教えてあげる~』とか見下してくるかもしれん!」
くうううう! 考えただけでも腹が立ってきた!
断固として、そんな申し出は拒絶してやる!
自分のミスくらい、自分で直すわ! それか先生に聞く!
絶対に城ヶ崎にだけは聞かん!
「じゃあ、行ってくる」
「あの、先輩!」
いつもとは違う、灰塚の切実な声音に、俺は驚いて振り向いた。
灰塚はもじもじしながら、ボソッと小声でつぶやいた。
「き、きっと、会長は……何か企んでるッス」
「? そうだろうな」
「だ、だから! 絶対騙されたりとかしちゃ、ダメッスからね!」
ふ……まったく可愛い後輩め。
俺が城ヶ崎に惑わされないか心配なんだろう。
俺はニヤリと余裕を示す笑顔を浮かべた。
「ああ。分かってる。じゃあ、また明日」
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