ー35ー
わふぅ……
今や哀れな可愛い子犬。ちっちゃなモカちゃんに抱き抱えられたらほとんど動けない。いや、正確には顔と尻尾はぶんぶん動かせるが些細なこと。
さっきまでの俺は逞しい腕でモカちゃんを担いでいたっていうのに……なんて有様だ。
胸に去来する悲しみ。しなしなに萎む心だったが、よくよく考えれば自分で歩く必要がない。むしろ便利だろう。
なんか、ドヤ顔をかましたくなってきた。
ふんすぅー!!
観葉植物ママの一番弟子ならぬ、一番息子の俺はママの真似をして鼻から息を吐き出した。それが合図になったのか、存分に俺という愛玩動物を堪能していたモカちゃんが歩き出す。
トテトテトテ、と擬音が出そうな感じで危ない筋肉マッチョの脇を通りぬけようとする。
そのまま通り過ぎようとした瞬間、筋肉マッチョの悪魔……というよりフルチン変態悪魔はわざとらしく大きく足を伸ばし、モカちゃんを通せんぼ。
「のじゃ?」
立ち止まったモカちゃんが頭を傾け、フルチン変態悪魔を見上げる。俺も汚いそれをできるだけ目に入れないように、ちらりっ。
そこには変態がいた。やっべぇ変質者がいた。
顔をニタリと歪め、鼻息がどんどん荒くなる犯罪者。
目も血走ってきて、いよいよ手がよびてきそうな雰囲気。
……お、お、おまわりさーん!!!
「キャン、キャンキャン!!!!」
精一杯モカちゃんの腕の中で吠え続ける俺。それが功を奏したようで公園の管理人らしき人たちが走ってきた。
服装はいかにも警備員。
帽子を深く被っていて最初は訝しげに俺とモカちゃんを見ていたが、フルチン変態悪魔に気づくと漫画に出てきそう感じで後ろへ尻餅をついた。
帽子がひらりと地面に落ち、口をわなわなと振るわせながらフルチン変態悪魔を指差し。
「へ、へんしつしゃだぁぁぁ!! 幼女を誘拐しようとしてるやつがいるぞぉぉぉ!! お、応援を頼むぅぅ!!」
警備員さんは肩につけているトランシーバーらしき機械へ大声で叫ぶ。本当に数秒もせず、上空から強そうな装備をつけたメカ警備員がヒュンヒュン飛んできた。
「……貴様ッ!! その見た目と魔力量。魔人族か!? どうやって入ってきたァァ!!」
顔を怒らせ、全裸の変態悪魔を睨みつけるメカ警備員一同。
魔人族? なんぞや。
魔族云々はズッ友解消したおっさんが言ってたけど、なんか違いがあんの?
疑問が浮かぶ俺を他所にフルチン変態悪魔が指パッチンをした。ぱちんっ、それだけでメカ警備員は死んだように地面に崩れる。
すわ! こいつ殺したのか! っと思ったが、警備員さんたちをみれば胸は上下に動いていてる。なんか摩訶不思議な魔法で眠らせたようだ。
「この程度でッ……弱すぎるッ」
お、おう。何が弱いのか知らんが、とりあえず服着ろ。
指パッチンしたときにお前のふるてぃんがふるふるしてたぞ。
俺がきゃんきゃん抗議していると、触手本先輩が背後から飛んできた。大量の触手を使い、フルチン変態悪魔を頭から本の中へ押し込んでいる。
絵面がひどい……お、おい!
あばれるな! お前の悪魔さんがぷるんぷるんしてるぞ!
フルチン変態悪魔はジタバタするが、所詮は変質者。先輩に勝てるはずもなく、どんどん飲み込まれていく。
「ゲプッ」
再度収納し終えると、触手本先輩がゲップをかました。ふと触手本先輩と殴り合いをしていた観葉植物ママが何をしているのか気になって、ちらりっ。
小さなインコに黒い木の実を上げて餌付けをしていた。見るからにやっべぇ液体が滴っているがインコは美味しそうに食べている。
観葉植物ママは俺に気づくとサムズアップ。
……お、おう。
キャン、と一鳴きして顔を戻す。
「ウギャー!! オレサマにソンナ趣味はナイゾー!!」
先輩の本からフルチン変態悪魔の頭や手が飛び出てきて、すっげぇ喚き散らかしていた。B級映画さながらの光景に思わず顔を遠ざけたくなった。
触手先輩もなんちゃら封印が弱まっているせいでフルチン変態悪魔をぶち込むのが大変そう。しかしそれでも先輩は先輩。フルチン変態悪魔を触手でがんじがらめにすると、ようやく出てこなくなった。
「よーし! 気を取り直して街に繰り出すのじゃ!!」
モカちゃんは何度も意味ありたげに頷くとそんなことを放った。いろいろとツッコミたいが、一言だけ聞きたい。
俺はいつになったら元のサイズに戻るんですか?
わー! ワーム君、みてみて! 車が飛んでるよー!
アハハハハ!
あっ! 観葉植物ママ見てよぉー!
あそこに三メートルぐらいある巨大妖精さんがサングラスをかけて、禍々しい機械みたいな装具つけてるよ!
ウフフ!
……アハハ、ウフフじゃねーよ! 今の日本どうなってんだ! おかしすぎやろ!!
周囲をみればファンタジーと近未来を融合させた光景。半端ない街並みと住人の姿に俺はぶんぶん顔を振り回して周囲を見渡していた。
はろー!!
俺が凄まじく頭を動かしていたせいだろう、俺の頭に座っていた汚い妖精が文句を言ってくるがそんなことを気にしていられない。
意味がわからなすぎる。
横断歩道の向こう側で四足歩行のザ・虎が髭だるまのドワーフっぽいおっさんと談笑しているのは当然疑問を持つが、それ以上にワーム君がインコになっているのは理解不明。
俺の眼前で未だ騒いでいる汚い妖精のところにインコ姿のワーム君もやってきた。ぴーぴーと両者が軽く会話をすると、汚い妖精がワーム君に跨る。
……い、意味わからん。
汚い妖精もインコバージョンのワーム君もなぜかドヤ顔している雰囲気。
地下にいた時、俺を除いたみんなはやっべぇ化け物感だったけど、地上もほとんど変わらない形相。
むしろ俺たちは超馴染んちゃっていた。
「あれれぇ? のじゃ。五十年ぐらいで地上がすっごい変わってるのじゃー!!」
そりゃー変わるだろ。
……えっ!? ご、五十年!?
ギョッとしてモカちゃん見上げた瞬間、モカちゃんの胸からぽいっと投げ捨てられた。
ウギャ!
地面へ顔からダイブして濃厚なキス。
いきなり投げるなよ、イテテ……。
小さな前足で顔をさすりながら、モカちゃんを見れば短い足を回して走っていた。
「ほぉ、魔導具がいっぱい売ってるな。おっ? これなんて昔流行ってたやつの改良版じゃないのか? 随分懐かしいものまであるんだな……素晴らしいのじゃ」
ファンタジーと機械を魔融合した装備を販売しているショーウィンドウのガラスケースに張り付いているモカちゃん。
普通ならほっこりするが俺は気まずい。なぜなら、ちょうど青信号になってこっちへ渡ってきたドワーフと虎がモカちゃんを見て、くすくす笑っているからだ。
顔まで熱くなっていると、ワーム君インコバージョンがモカちゃんの方へ飛んでいき、髪を引っ張り回す。
「い、痛いのじゃ!! なんなのじゃ!! まったくもう!!」
モカちゃんは引っ張られた髪の頭皮部分を摩りながら戻ってきた。
「ぴーぴー」
「さっきの警備兵が言ってた魔人族がなんだって? あぁ、あれらは魔因子……まぁ、簡単に言えば魔力汚染の影響で世界がぶっ壊れた後に出現した忌々しい種族だ。正直あれらは私たち人間を元に変異したのか、SFでよくある架空の仮定になるが別世界や宇宙から飛んできた説がある。私も数百年、研究に研究をしてきたが、未だ私の頭脳と新人類の科学力を持ってしてもわからない。戦闘チーム……現在、地上ではなんて呼称しているが知らないが、当時私がまだ地上にいた時は冒険者と呼ばれる集」
「ぴー?」
「うん? そうだな、冒険者なんて呼んでいるがほとんど蔑称だ。冒険心や秘境を探す者という意味を持つが、ただの頭がイカれた集団だな。脳みそまで魔力汚染でぶっ飛んだ気狂いの冒険者たち。話を戻すが、そいつらが魔力汚染に塗れた世界で稀に魔人族を捕獲してくるんだ。その時には私もよく携わって何体もの魔人族を解剖し、多くの薬品に漬けたが、それでもお手上げ状態」
「ぴーぴー?」
「あぁ、そうだ。私たちと反応が違いすぎてほとんど亀の歩み。いや、唯一違うことがあるな。現在の人間である新人類は****……お? 理解ができるのか。やはり彼の影響が色濃いのかな?」
「ぴーぴー!!」
「おっと、すまない。君はまるで優秀な生徒のようでね、ついつい色々と補足を付け加えたくなる。そう、****に対して多くの新人類は二つの感覚を持ち合わせている。一つ目、ひたすら無関心でそもそもの話、理解する領域にすら至っていない。二つ目、君達のように進化した魔族ないし魔染生命体となれば、基本的に単語を聞いただけで発狂し、憤怒に駆られ、憎悪を振りまく、『憎悪反応』を示す。が、君達はまるで別の存在。以前は憎悪反応が顕著に現れていたのに更に適用したのか進化したのか…………実に興味深い。そして魔人族も新人類と同様、****に対して二つの反応に分かれる。一つが****という単語を目の前で口を動かしただけで発狂し、憎悪反応を繰り返す。もう一つが厄介でね、私は憎悪反応を示す魔人族しかバラしたことがなく、私も数体しか見たことがないが、そいつらは普通の魔人族と違い****を信望している。数度会話したことがあるが、支離滅裂で****を神のように讃え、まさしく狂信者であり盲信者。本当ロクでもないやつらだったよ。そういえば、話は逸れるが先ほど警備兵が太古の悪魔を見て魔人族だと勘違いしていたが、まぁわからんでもない。魔力の動きは魔人族と瓜二つ。しかし悪魔の古代魔術の起動方法を見ただろう? 魔人族も確かに恐ろしく強力で残忍の上、狡猾極まりない畜生だがそこまで化物染みていない。そんなに強ければ捕獲なんてできるわけないし、私たち人類はすでに数千回は滅ぼされている。ほとんど話が通じない……少し訂正しよう。こちらとまともに対話をしようとしないが正解かな? まぁ、魔人族のやつらが本当に悪魔ほどの強さがあったら、私たちはすでに檻に入れられ飼育されているね」
なにやら鳴いたワーム君へ、モカちゃんの口から堰を切ったのように言葉の羅列を吐き出した。
正直何を言っているかほとんどわからなかったが、ちらほら聞こえた単語をなんとか頭の中に入れる。
ふむふむ!
全然わからんがな。
まだまだ話が止まる気配がない。これ以上はもう聴いていられない俺は耳をヘタらせてシャットアウト。
とことこと歩いていると、一軒のペット……ショップ? を見つけた。
なんでハテナがついてるかって?
スライムやゴブリンがゲージにいるからだよ!!
い、意味わからん。
さっきさぁ、明らかに服を着てたゴブリンがオークと談笑しながら歩いてたんだけど?
「ぴー、ぴーっ!!」
「それによって……うん? いきなりなんだ。まだまだ話足りないっていうのに……」
「ぴーー!!」
「はぁ。あぁ、今さっき通って行ったのは知性あるゴブリン族、人間から進化した新人類。この中にいるのは外で生まれ、変異と変態を何代にも続けた魔染生命体だろ。見てみろ、この知性のかけらもない間抜けづら。気持ち悪くて反吐が出る」
モカちゃん……口悪すぎない?
ガン、ガンガン!!
モカちゃんに気づくと目を爛々に光らせ、ゲージを掴んで暴れ回るゴブリン。実にファンタジーに出てきそうなゴブリンだった。
「ぴーぴー」
「ん? こいつは魔人族からもらった個体だろう。あぁ、先ほどまともに対話しないといったが、全てが全てじゃない、と補足していなかったな。近隣の魔国である魔人族たちの国は比較的友好関係にあって一応は取引などもしているし、一部では新人類と魔人族が暮らしている場所もある。ただ、それは文明的な魔国に限るがな。辺鄙な場所にある魔国はほとんど魔族と変わらないイカれ集団だ。新人類を見れば獲物を見つけたかのように襲ってくる。そいつらは日夜、巨大な魔染生命体と喰い喰われの頭のおかしい生活を延々としているよ。話を戻すが、その比較的友好関係にある魔国は私たち新人類の作り上げた物にかなり興味があるようで、様々な武器から生物の取引をしている。まぁ、こんなところで長々と立ち話もあれだし今度また説明しよう」
神妙な顔で話をしていたが、突然断ち切ったモカちゃん。やたら不自然な言い方に顔を向ければすっごい熱心に何かを読んでいる。
そっちに視線をずらせば、看板にデカデカとあるケーキをまじまじと見ていた。
「ふ、ふぅむなのじゃ。少し疲れたからここに入るのじゃ!」
……よだれ出てるぞ。
さっきまでボインさんの喋り方だったのに「のじゃ」を付け直すモカちゃん。疲れた風を装っているが、どう見てもケーキを食べ出そうな顔。
まだ誰も返事していないのにモカちゃんは喫茶店に吸い込まれていった。
目を覚ましたら実験動物になってたんだけど・・・ 羽場 伊織 @HabaIori
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