第8話

「なんと、石榴姫の塚を!」


 仁左衛門は言葉を失くした。シラカバが顔を近づけ小声で囁く。


「塚は崩れてしまいましたが、出来るだけ元の形に戻し、儀式は続けてください。そうしないと、金子が下賜されなくなりますから」


「いや、しかしそんな、朝廷を欺くようなことは……」


 シラカバは無邪気に、にこりと笑う。


「お気になさらぬことです。塚がなくなっても、自由にはなれないのですから」


「それはどういう意味で……」


 仁左衛門の言葉を最後まで聞かず、シラカバは深く頭を下げた。


「なにからなにまでお世話になりました。この恩は忘れません」


「とんでもない! お世話になったのは私だけです。術師様には助けていただくばかりで」


 シラカバはすっと立ち上がる。ヒノキも荷物をすべて背負い、お辞儀をすると部屋を出た。仁左衛門が呼び止めようと廊下を追ってきたが、二人は振り返ることなく外に出た。


 日がすっかり傾いて、もう日の入り間近だ。


「ヒノキ、今日は満月ではなかったか?」


「はい、御師様。そろそろ昇る刻限でしょう」


 シラカバは空を見上げる。


「では、道がよく見えるね」


「はい」


 ぴたりと立ち止まり、シラカバはヒノキに笑顔を向けた。


「黄昏時の間、手を引いてあげよう」


 手を優しく握られ、ヒノキの頬に笑みが浮かぶ。この手と共に行けるなら、闇の中でも恐ろしくなはい。

 どこまでも歩いていこう。


月がまだ昇らぬようにと、ヒノキはそっと願った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異形杖奇譚 かめかめ @kamekame

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ