黄色いピストル

こぼねサワー

【一話完結・読切】

深夜の峠道を疾走する古びた白いワンボックスカー。あたりは鬱蒼うっそうとした森に包まれ、他に車は1台も見当たらないが、舗装されたアスファルトの道路は滑らかで、ヘッドライトを鮮明に照らし返す。


運転席の女は右手でハンドルにしがみつきながら、空いた方の左手でヒザの上に置いた小さなハンドバッグを丹念に愛撫した。

ピンク色のスパンコールを散りばめた派手なバッグのイビツなフクラミが、彼女の殺意を絶え間なく勇気づけてくれるからだ。


――あたしの最愛の推しを奪った、あの女あの女あの女。

許さない許さない。

彼の甘い歌声、ステージの上から偶然を装ってコッソリ投げかけてくれる微笑みも、SNSのツブヤキだって、全部全部あたしに向けてのものなのに。

ドラマで共演したのがキッカケって? あの女。きっと、その撮影のときに、あたしの存在に気付いたんだ。それで彼ピを脅したんだ。ファンとのスキャンダルを暴露されたくなかったら自分と付き合えって。そうに決まってる。性悪女。あの女あの女あの女。


――そのうえ、反社まがいの芸能プロの連中を使って、あたしを山奥の施設に拉致らちして閉じ込めやがった!

あの女あの女あの女。卑劣で薄汚いメス豚。

でももう終わりよ。見張りの目をごまかして、施設の車を奪って逃げだしてやったもの。調理場の隠し金庫の中から偶然に手に入れたこのピストルで、あんたの顔をブチ抜いてやるからね。待ってなさいよ。

テレビで見かけるたび、いつもだらしなく口を開けてバカ笑いしてる、そのまん丸い顔を。何発も何発も銃弾をブチ込んで、穴だらけにしてやる。タヌキ顔のブス女。ブスブスブス! あたしのほうがずっと小顔でキレイなんだから。彼ピのために必死でダイエットもした。食べたものはすぐに吐き出して。こんなに痩せて美人になったんだから。ほら、見なさいよ。


女は、心の中で罵倒を繰り返しながら、バックミラーをのぞく。

頬骨ほおぼねが張りだし眼球が飛び出しそうなほど目の周囲がゲッソリと落ちくぼんだ、若い女の青白い顔の上部が映し出される。白髪交じりのパサパサの前髪がほつれ落ちたヒタイも、血管がふくれあがって見えるほど肉が削げていた。


「ああ、キレイ……」


ウットリつぶやいた瞬間、ヒザの上のハンドバッグが足元に落下し、ブレーキペダルの下に滑り込んでしまった。

おりしもワンボックスカーは急なカーブに差しかかっていたが、骨ばった白い素足がどんなに踏みこもうとしてもペダルは沈まず、下り坂のイキオイも加わってむしろ加速しながらガードレールに突っ込んだ。


崖を何回も転がりながら、ワンボックスカーは谷底に墜落して大破した。

運転席の女は即死だった。彼女が身に着けていた心療病院の患者用のスモックは血にまみれて、その近くには、ハンドバッグから転げだしたバナナが1本、女と同様につぶれて落ちていた。



----オワリ----

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