噂の神妃様と気になる人(双子視点)

 双子の兄弟であるシュイとシュエは、長らく華国に滞在していたが、華国に永住することを決めた妹を置いて再び旅に出た。


 その際、カウカイに立ち寄ったのだが、頑なに家を出ようとしなかった兄が、男を作って異国の地へ嫁に行ったというから驚きだ。


 ホアダイ訪問に同行するかとトゥアに尋ねられた二人は、彼らとは別に、のんびり旅をしながら南下することを決めた。


 それから半年余りが過ぎた頃、二人はついにホアダイ王国の中心部へとたどり着いたのだ。


「おー、ここが王都かぁ。明るく賑やかで南の国って感じ!」

「華国とはまた全然違うな」


 王都には検問所があったので、入れるか心配したのだが、兄を探していることを身振り手振りで伝えると、あっさり通してもらえた。

 いい加減さ――いや、寛容さも華国と大きく異なるところだ。


「あの魚、美味そうだ」

「俺は肉が良いけど」


 海が近いだけあって、市場には見たこともないような魚が並んでいる。

 果物の種類も様々で、二人はあれはどうだ、これはどうだと話しながら、華国語を話せる人間を探して歩く。


「うわ、すごっ」

「何だろ。お祭りか?」


 広場の中心で、女性たちが笛と太鼓の音に合わせて踊っていた。

 花びらがふんだんに撒かれ、地面は黄色で埋め尽くされている。


「君たち、華国の人間かい?」


 美しい情景に見惚れる二人に、大きな荷車を押す、行商人らしき男が声をかけてきた。


「はい、そうなんです。今日は特別な日ですか?」


 シュイは顔を輝かせて返事する。


 横でシュエが「折角、華国語を話す人が見つかったのだから、先に兄のことを聞くべきだろう」という顔をするが、シュイはそれよりもこの地の文化に興味津々だ。


「今日は前日祭だ。明日が神妃様の誕生日なのさ」

「神妃様……お妃様ですか?」

「ああそうだ。それはもう、美しい方でねぇ」


 男はうっとりした表情で言う。


 国民たちに、こうして生まれた日を祝ってもらえるなんて、妃はとても愛されているのだろう。


 なんでも、その妃は神の化身で、二年ほど前に王子が旅先で出会って連れてきたのだという。


 どこかで聞いたことのある話だな、とシュイが思っていると、しっかり者のシュエが兄についてを尋ねてくれる。


「俺たち兄を探していて。リィエンと言うんですけど、知りませんか?」

「うーん。聞いたことがないな」


 男は首を捻ってから、シュイとシュエが来た道とは正反対を指差す。


「華国人を探すなら、港の方に行ってみるといい。華国から移り住んできた者たちの村がある」


 双子は顔を見合わせ、行ってみようと頷いた。



 ひとまず海岸に出たものの、村の場所が分からず彷徨い歩き、ようやく漁師に場所を教えてもらったところだった。


 夕暮れ時の海に人の姿がある。

 ただならぬ様子に、シュイは考えるよりも先に駆け出していた。


「そこのおにーさん!」


 波に足を浸して佇む、赤茶の髪をした美しい人は、泣きそうな顔でシュイを見る。

 目を合わせた瞬間、時間の流れが止まったかと思った。


 甘い匂いが鼻をかすめ、どくりと心臓が跳ねる。


 ――これは……発情? 


 発情期でもないのにどうして急に。

 シュイは初めての事象に戸惑い、瞬きを繰り返す。


 華国語を話すその人は、「放っておいてくれ」と言うわりにフラフラで、倒れそうになったところをシュエが支えた。


 普段、人を労ることをあまりしないシュエが、珍しく「体調、良くないんでしょう。無理したら駄目ですよ」と言う。


 シュエがそんな言葉をかけざるを得ないくらい、赤茶髪の男は弱っているように見えた。

 放っておいたら、このまま海に身を投げて死んでしまいそうだ。


 双子は男からどうにか『ユン』という名前を教えてもらい、彼を連れて村で宿を探した。



「寝ちゃったね」

「何か思い詰めていたんだろ。兄さんのことを知ってるようだし、元気になったら案内してもらおう」


 横たわって眠るユンの側で、双子はひそひそ話をする。


 小さな村に宿屋があるはずもなく、結局、部屋が余っている村人の家に泊めてもらうことになった。


 初めは嫌そうにしていたユンだが、一人で二人分の大きな寝台を占領し、あっという間に眠ってしまった。


「この人、綺麗だし、いい匂いもするし、気になるな」


 男にしては線の細いユンの寝顔を、シュイはじっと見つめて言う。すると横で、シュエが溜め息をついた。


「やっぱりそうなるか」

「……もしかして、シュエも?」


 シュエはこくりと頷く。


「はぁ〜。俺たちっていつもそうだよね」

「そんなところまで似なくていいのにな」


 二人はごろりと床に転がった。


 一つしかない寝台はユンに譲り、二人はこのまま床に雑魚寝だ。

 虎の半獣なので、それくらいなんてことはない。旅の途中もこんなのは日常茶飯事だった。


 二人とも気になる人が一緒――というのも、いつものことである。


 翌朝、シュイとシュエは寝台の上にいた。


 どちらが先に口説くかという話をしているうちに、どちらが添い寝をするのかの争いが始まり、結局二人とも無理やり寝台に乗り上げたのだ。


「何だこれは!?」


 朝、目覚めたユンはそう叫んで上体を起こす。


「ユン、おはよう〜」


 寝ぼけ眼のシュイは、ふにゃりと笑って「もう少し寝ようよ」とユンにしがみつく。


 先に起きてユンの寝顔を眺めていたシュエは、「俺たちは起きるから、シュイは一人で寝れば」と言って、背中側からユンの体に手を回す。


 取り合いの対象となったユンは、わなわな体を震わせた。


「〜っ!!! 二人とも今すぐ離れろ!!」


 乾いた音が二発。朝を告げる雄鶏の声の代わりに村に響いたとか、響かなかったとか。



 添い寝事件の後、ユンの機嫌は大層悪かったが、なんだかんだ宮殿まで案内してくれた。


 海で出会った時の、今にも消えてしまいそうな儚い雰囲気はなくなっていて、双子は内心ほっとする。


 ユンは宮殿内のとある部屋の前まで来ると、扉をゴンゴン叩いた。


「うるさいっ!! そんなに強く叩かなくても分かるって何度――」


 中から出てきた青年はユンに怒るが、その後ろに控える双子を見て目を見開く。


「シュイ!? シュエ!?」


 名前を呼ばれてようやく、双子は目の前の青年が自分たちの兄だと気づく。

 一瞬誰だか分からないほど、リィエンは美しく磨かれていた。


「「兄さん!!」」

「本当に来てくれたんだ! 元気にしてる?」


 リィエンは満面の笑みで、嬉しそうに尋ねてくる。


 二人の知るリィエンは、いつもブスッとした顔をして、影を背負っているような感じがあったので、キラキラとした明るい表情に驚いてしまう。


「元気だよ。兄さんも元気そうで何よりだ」

「今晩はご馳走らしいから、一緒に食べよう」


 それから双子は手厚いもてなしを受けた。

 ユンは渋々、という感じだったが、二人を追い出そうとはしなかった。


 夕食時にはリィエンの言う通り、食べきれないほど豪華な料理が机に並んだ。

 丁度、誕生日のご馳走が準備されていたらしい。


「良かったな、リィエン」


 リィエンの隣には、金の装飾をまとった若く美しい男が座る。


「うん。まさか弟たちと、誕生日を過ごせるとは思ってなかった。クアンが計画してくれたの?」

「いや、偶然だ。ここへはユンが連れてきてくれたようだが」


 シュイも、シュエも、二人の間に流れる甘やかな空気と匂いで、クアンと呼ばれた彼こそがリィエンの番だと悟る。


 誕生日という大切な日に突然押しかけたというのに、リィエンの番は嫌な顔一つせず、むしろ「素晴らしい誕生日の贈り物だ」と言って歓迎してくれた。


 リィエンのことが気がかりでここまで来たが、一目見れば十分だ。

 兄はこの国で、愛し、愛され、幸せな日々を送っているのだろう。


 そして――。


「えええええええ!!!! 神妃様って兄さんのことだったの?」

「誕生日が一緒だとは思っていたけど、まさか本人とは……」


 双子は市場で話を聞いた「神妃様」が兄のことだと知って、衝撃を受ける。


 会わない間に、見た目や雰囲気が変わったどころか、一国の王子と結婚しているだなんて、誰が想像できようか。


「あれ、トゥアたちから何も聞いてない?」


 リィエンはきょとんとした様子で尋ねる。

 シュイはぶんぶん首を横に振る。シュエは「教えておいてくれよ……」と呟いた。


 それから、しばらく歓談を楽しんだところで、リィエンが神妙な顔で尋ねてくる。


「これから二人はどうするの? まだ旅を続ける?」


 双子は顔を見合わせ微笑んで、壁際に控えるユンの方を見た。

 彼はぷいっとそっぽを向いてしまう。


「しばらくはここにいるかも」

「色々、気になるしね」


 幸せそうな兄を見ていたら、一つの場所に留まり、愛する人と暮らすのも良いのではないかと思えてくる。


 昨日、一瞬香った甘い匂いを思い出し、双子はペロリと唇を舐めた。

 

 ――さて、どうやって落とそうか。






番外編〈了〉

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孤虎は今宵、黄花の国で愛に鳴く 藤乃 早雪 @re_hoa_sen

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