9-1(完結)

千影は、朝から何回も洗濯機をまわし、榛名月御門神社の奥殿で使用されている大量の布団のシーツとタオルを洗った。

山ほどたまった洗濯物を、奥殿の裏庭いっぱいに並んでいる物干し竿に、せっせと干す。


「やあ、ご苦労さま。チカくん」

そばを通りがかった星尾が、ジャージ姿の千影に声をかける。


甘いマスクに浮かんだ笑顔を見れば、若い女性ならすぐにポッとなりそうだが、千影は違うから、

「もともとオレとホッシー2人の当番なんだから、ちょっとは手伝ってけよ、薄情者っ!」

と、綺麗な白い顔を怒りで赤く変えた。


星尾は、栗色の髪をサラリとカキあげながら、肩をすくめた。

「いやあ。でも、賭けを決めたのはチカくんだろ? 負けたほうが奥殿の洗濯を全部1人でやるって、強引にオレに約束させたじゃないか」


「そうじゃ。約束は守らなきゃあ、いけんじゃ」

と、おっとりした口をはさみながら、星尾の横からヒョイッと小柄な姿をあらわしたのは、鈴だった。

星尾と同じく、権禰宜の平服である和装の上衣と芥子色の袴を身につけている。


千影は、濡れたタオルを持った手をハラダチまぎれにブンまわした。

「テメェ、鈴! オマエがノコノコ舞い戻ってきたせいで賭けに負けたんだかんな、オレはっ」


「知らんじゃ、そんなこと」


「てか、オマエ、ホッシーを呪い殺そうとしてたクセに! いつの間にか金魚のフンみたいになりやがって。どーなってんのよ、いったい!?」


鈴は、タレ目がちのポッテリしたマブタをゆるりとしばたたかせながら、小麦色のなめらかな頬をほんのり上気させると、

「フンっ」

と、鼻を鳴らしてソッポを向き、星尾の上衣のソデをクイッと引っぱった。

「ほら、早く社務所に行かんな。もう参拝の客がくるじゃ」


そのとき、奥殿の外廊下を、紫紺の袴のスソをはずませ歩いてきた陽向が、

「千影、もうすぐ雨がふりそうだよ」


「は? こんなに晴れてんのに、雨がふるわけ……」

と青い空を見上げたとたん、ポツポツと雫が頬を濡らす。

「うわわわーっ!? なんだよ、やっとここまで干したのにぃっ!」

千影は悲鳴をあげて、あわてて洗濯物をカゴに戻しはじめた。


陽向も庭に降りて手伝いはじめたので、星尾と鈴も、ナリユキ上、手を貸すことになった。


真っ青に晴れわたった空から、やけにユックリと軽やかに、小さな雨粒がそそいでくる。


「うわっ! ……ちょっと、ホッシー、それ取って!」

気まぐれな一陣の風が、千影の手から白いシーツを奪い去った。


天高くに一瞬で吹き飛んでから、ヒラリヒラリと優雅に舞いおりてくるそれを、星尾は、両手を広げて受け止めた。

空から降ってきた天女を抱きあげるように、優しく……。


(完)

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雨ふり女子のみる夢は こぼねサワー @kobone_sonar

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