海釣り

釣りのために突堤に立っていた。立ち入りの許可が下りるまで長くかかったが、それはきっとこの場所が格好の漁場であり、所有者が収穫を独占したいがために違いないと踏んでいた。使い慣れた釣り竿以外の道具はこの時のために全て新調した。そうして待ち侘びていた海釣りで得体のしれないものを釣った。大人の胴体ほどの大きさのがらくたの塊だった。重かったが、金属に特有の腹の底まで引っ張られる重さではなく、前を歩く子供に引っ張られるような有機的な重さだった。突堤の所有者に聞いても、こんなものは心当たりがないと言った。妙なものが釣れるという理由のために立ち入りを禁じたわけではなく、単に工事の後しばらくの間、大気中と海水中の有害物質を除去するのに手間取ったためであるとのことだった。そうなると、ますます見当がつかない。釣りあげてしばらく、私はそれを見て立ち尽くしていた。小魚であれば海に逃がした。大きな魚であれば持ってきたバケツに海水とともに投げ入れただろう。しかしこれは自分ではどうしようもないほどの大きなガラクタの塊で、海に返すわけにもいかず、放置するわけにもいかなかった。悩んでいると、それがぐらぐらと動き出した。何か嫌な予感がして、私は動きを止めようと触れた。突然、釣り上げたものの断片が悲鳴を上げた。そのとたんに私は昏倒した。次に目を覚ましたのは学生時代の恩師の膝の上だった。私が断片に起こったことを具に説明すると、恩師の表情は苦々しいものに変わり、納得いかない様子で「分かった。覚えておこう」とだけ言った。私たちはまだ突堤にいて潮風を浴びていた。がらくたはずっとそこに転がっていた。誰の干渉をも拒否するように見えて、愛撫を求めているかのようにも見えた。先生は私が倒れている間に、知り合いの水族館の館長に電話をかけていた。釣り上げたものの処置を尋ねるとのことだった。館長はすぐに姿を現した。太っていて息切れを起こしており、煙草がズボンのポケットから覗いていた。がちゃがちゃと震え始めたその塊を眺めて、仔細に観察し始めたが、表情は徐々に暗く思わしくないものに変わっていった。やがて私と先生の方を見て首を横に振った。「なんでこんなものなんか釣り上げてしまったんです?」私が返す言葉を失っていると、館長は額をハンカチで拭きながらぶつぶつと文句のように私たちに警告した。「これは到底我々の手に負えるものではありませんよ。かといって再び海に返すわけにもいきません。これはそういうものです。放っておくのがいいでしょう」先生は釈然としない表情で分かりましたと言った。私もそれに従うよりほかなかった。私たちと先生は連絡先を交換して別れた。そのがらくたは痙攣して、内側から嫌な色の液体を吐き出していたので、私が乗ってきた車の後部座席にゴミ袋を敷いてからそれを積み込んだ。私は私の知り合いのところを訪れることにした。彼は古物商を営んでおり、こういう私の理解の及ばないものに対しても詳しく答えてくれるはずだ。店に着くと、彼は私を見るなり吸っていたタバコの先端を灰皿に擦り付けて立ち上がった。「今日は何を持ってきたんだ」一見すると不愛想に見えるが、彼は冗談をよく笑う性格だった。私の案内に従って車の後部座席をのぞき込んだとたん、彼は顔を顰めた。「どこでこれを?」「釣り上げたんだ」最初、私は彼ががらくたの放つ異臭のためにそんな表情を浮かべているのだと思ったが、そうではないらしかった。「俺はこれがなんなのか知っているが、教えることはできないし引き取ることもできない。お前ができるのは、これをもう一度海に戻すことだけだ」私はお礼を言って再び運転席に乗り込んだ。彼は別れ際に、ある住所を教えてくれた。それは狩人の小屋の所在地を示す住所だった。半信半疑で私はそこに向かうことにした。店の駐車場を出て、閑静な住宅街を抜け、沿岸を通過して、曲がりくねった山道に入り込んだ。山の斜面に点在する建物の不気味な静けさを感じ取りながら車を走らせる。住所が示す建物は貧相で、窓がなく傾いていた。首のないカラスが吊るされている禿げた平坦な裏庭らしき土地から伸びる獣道を辿ると、そこには猟銃を背負った狩人がいた。狩人の右目は大きな傷によってふさがれていた。声をかけようとしたが、どこか超然として天を仰ぎ見ていたので話しかけようにも話しかけられずにいた。「人間だな」私が突然声をかけられて返事をできずにいると、彼は身振りで私に立ち止まるよう示した。「用があるのか」私は後部座席に積んだがらくたのことを話した。「鳥に従え」狩人は言った。彼ははるか上空に円を描いて飛ぶ一匹の大きな鳶を見ているらしかった。彼とは何の関係もないその鳥を見ても、私には彼が何を言いたいのか分からなかった。狩人は銃を構え、その鳥を撃ち落とした。「食え、食うために殺したんだろ」彼は墜ちてきた鳥の首を掴みながらそう言った。結局彼は一度も私の方を見なかった。お礼を言って私はその場を去った。私は家に帰って、狩人の言葉を信じることにした。車からがらくたをリビングに持ってきて、机の上に置いた。自分の運命を諦めたらしく、がらくたは動くことも叫ぶこともなくじっとしていた。私はそれに齧り付いた。金属が口の中を満たして傷つけるが、気にせず食べ続けた。それが何なのかは最早どうでもよく、血と金属の味の区別も、痛みもなくなってきた。長い時間をかけて全てを飲み込んだあと、部屋中に異臭が立ち込めていた。

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短編集-敗北の徒 虚言挫折 @kyogenzasetuover

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