ハゲワシ

ハゲワシを買った。ひと月の家賃ほどの値段で、見るからに胡散臭い黒い肌の外国人から買った。彼は私に信用されようとしてか、白い歯を見せた。二本ほど抜けていた。背は低く、私を見上げていたが、それがかえって恐怖心を抱かせた。片言で安いと言って、キャスター付きの豪華な台に乗せた鳥籠と、その中で窮屈そうにしているハゲワシを指さした。私は迷わずにハゲワシを購入した。ハゲワシは私をじろりと睨んで、それからまたどこでもない場所を眺めた。私に対して警戒心を解く様子はない。売り場から立ち去る私を、外国人は大笑いしながら見送った。ぼろ儲けできたと私を笑っているような言葉も聞こえた気がするが、私にとってはそれは些細なことだった。帰り道を歩く私を道行く人々は珍しそうに見ていた。普段ならティッシュを厭味ったらしく押し付けてくる家電量販店の店員も、私を見ただけで一言も声をかけてこなかった。私は家に帰った。一人では持て余すくらいに広い家だった。元々廃墟だった場所を改装したもので、そのためにやや安く自由の利く家として大家に貸してもらっている。ハゲワシの入ったかごを玄関に置いた。それから冷蔵庫の中身を適当に煮た昼飯を適当に食べ、再び鳥籠を見に行った。ハゲワシはあくびのように口を開けて、そしてすぐそれを恥じるように閉じる。「なあ、君」私はハゲワシに話しかける。「今から君をここから出すが、頼むから外に逃げ出すようなことなんてしないでくれよ」すると私の目をはっきりと見て、ハゲワシは答えた。「今のところはそうしないでいてやるよ。お前さんがどういう奴なのか、俺もまだよく分かっちゃいないんだからな」願ってもない返事だった。「よし、なら鳥籠を開けるぞ」私が入り口の留め具に手をかけようとすると、ばさばさと羽を震わせてそれを拒否する。「大きなお世話だよ、こんな留め具くらいは嘴一つでどうにでもなってしまう。それよりも、この家について俺に教えてくれ。どういう経路をたどって飛ぶかということを、しっかりと考えておきたいんだ」「鳥にしては随分注意深いじゃないか」「それはそうだろう。注意深さのおかげで、俺たちは今まで俺たちを俺たちとして生き永らえさせることができているんだからな」納得したようなしていないような気持ちで、私は鳥籠を持ちあげて自分の住む家を案内した。ハゲワシは籠の中に入っている自分の現状を甘んじて受け入れているらしかった。私がまんじりともせず玄関を開ける様子を、からかうように琥珀色の開いた目でじっと落ち着き払って見ている。私は一階の部屋を案内した。台所と洗面所とお手洗いと風呂しかなく、その割に部屋が広いせいで空間に空白が巣食っているはずなのに、狭く感じた。「一階はこんなところだな」「ふむ。なるほど、商人の家よりは十分以上に広いようだな」ハゲワシは私には分からないままでただ納得していた。「狭い場所だったよ。俺以外にも動物がいて、顔ぶれは見慣れることがないままで次々に入れ変わった。まさかお前さんに買われることになるとは思っていなかった」安堵や安心を感じる口調ではなかった。それどころか、不快感を覚えてさえいるような、どこか納得していないような口調だったのが気になったが、あえて問いただす気にはならなかった。階段を登って二階に向かう。鳥籠が大きく揺れる。ハゲワシはいよいよ不機嫌を隠すことがなくなって止まり木に視線を落とした。二階はだだっ広く、まだ何に使うのか決めていなかった。殺風景で、床と壁以外は何もない。「随分広いようだが、何に使うのか決めているのか」ハゲワシが不審な表情で私を観察する。突然、私は彼が気に喰わないと感じ始めたが、ハゲワシに私の内心を察知した様子はない。「とりあえず俺の住処がどこかにほしいんだ。どこにいればいいんだ」「どこでもいいだろう。まずはそれぞれの部屋を何に使うか決めなくては」ハゲワシは考え込んで、あまり大きくない声で私に尋ねた。「誰かと一緒にでも暮らすつもりなのか」この家を契約したとき、私には配偶者がいた。綺麗な黒髪の女性で、佇まいは常に凛として見るものの心を落ち着かせた。声は甘く重く、言葉一つ一つに神秘的な意味が宿ってでもいるかのようだった。目は黄色く鋭く、見られると冷静ではいられない。だが彼女はもう私の前から立ち去り、二度と私の心を荒立たせることはないのだ。「私一人で暮らすつもりだが」私のかすかな不満に、ハゲワシは口をかつかつと鳴らして反応した。「俺も一緒にいる。俺は何かまずいことを訊いたか」「全く訊いていない。それゆえに煩わしく、腹立たしいのだ」正体の分からない不安が怒りの皮を被って喉から吐き出される。私は持っている鳥籠を大きく揺らしたが、ハゲタカは動じずに私の様子を伺っていた。「お前は一体誰だ。誰のつもりで私に話かけているんだ。全て理解したというつもりならば残念だ、お前はもはや何者でもない。二度と口を開かずに大人しくしておくべきだ」ハゲワシが嘴を器用に動かして施錠を外した。その動作が不思議と緩慢に見えたが、きっと実際には一瞬のことだった。ハゲワシが止まり木を見放し、私の喉まで真っ直ぐに飛んできた。左手を掲げたが防ぐことができず、喉に嘴の先端と痛みがするりと突き刺さった。ハゲワシは私の喉から声を発する筋肉を抜き取り、目の前で食いつくした。私は全身の力が失われて膝から崩れ落ちた。鳥籠が鈍重に床を転がった。ハゲワシは心底からの憐れみを浮かべた目で私を見た。「やはりここでも駄目だったな。次にはお前の目を食い破れるような飼い主を探すことにするさ」声はそれが最後だった。窓の外に向かって堂々と、ハゲワシは羽ばたいていった。

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